第7話 なので最後にもう一つ
帰り道、真琴はコンビニで予定通り恭介にコーヒーを買うと、車の中に乗り込んだ。
「ありがとうございます」
手渡されたコーヒーを受け取ると恭介は笑顔を浮かべる。
「では帰りましょうか」
コーヒーを一口のみ、ドリンクホルダーに固定をすると恭介は車を発車させた。二十分もしないで自宅まで着くだろう。
車はゆっくりとしたスピードで陽に照らされた道を進みだした。
「柏木さん、質問とかしてもいいですか?」
「ええ、お話できることであれば」
真琴はまず何から聞いたものかと少し思案する。聞きたいことが多すぎて頭がまとまらない。
影女のことやあのお守りのこと。恭介がやっていたことも気になるし、これからのことも聞いておいた方が良いだろう。取りあえずは一番自分に関係のある今後について聞いた方が良いだろう、そう真琴は結論付けた。
「まずあの影女ってもう私の前に出てこないですか?」
「ええ、最低でも後何十年かは出て来れないと思います。因果、つまり縁も切りましたし」
「え?完全にやっつけた訳じゃないんですか?」
「もう亡くなっている方をもう一度殺すことは出来ないですよ。私たちを見えないようにしたというのが近いと思います」
「封印!とかいう感じですか?」
真琴の言葉に苦笑すると恭介は頷いた。ニュアンスはあっているらしい。
「まぁ、もしかしたら見れる人には見えるのかもしれませんが、それはごく一部の方に限られると思います。もし七瀬さんがまた見えるようになってしまったら、またお店にお越しください。いつでも歓迎いたします」
「今後一切見えないことを祈ります」
「御尤もです」
「あー、そういえば何ですけども。何でさっきはやっつけたはずの影女がまた出てきたんです?あれがまた出て来るってやつでしょうか」
「それについては危険な目にあわせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「あ、いや、そういうわけではなくてですね」
ハンドルを握りながら恭介はぺこりと頭を下げる。勿論真琴に責めるつもりは無く好奇心から聞いているだけだ。
「昨日のうちに憑き物落としをしておいたのですが……。どうやら影女は分霊していたようで、そちらから出てきたようです」
「分霊?」
「神霊を分けることです。神霊は何度でも分けることが出来て、その分霊も本体も変わらないとされています」
「え、それって無敵なんじゃないですか?」
会話の中では、神霊と心霊の差は全く分からない。真琴はそれに気付くことは無いが、それほど齟齬がうまれることは無い様だ。
「もともと相手は亡くなってたり、神様ですからもう死ぬことは無いですけどね。ある意味では無敵です。――本来分霊は神様などの神格が高いものに対して行わせて頂く、分け御霊であることが多いのですが、影女はおばあさまと同じようにその手の素質を持っていたのかもしれません。素晴らしい才覚です」
「影女って神様なんですか?」
「いえ、それほどまでに神格が高いようでしたら、もう少し準備をしなければ歯が立ちませんよ。影女は一寸長生きしてるお化けか妖怪みたいなものです」
「死んでるのに長生きとはこれいかに……」
「昔話などに現れる鬼なんかは特に長命だと言われていますね。様々な術に精通しており、人の姿を取れる者もいるようです」
「鬼っているんですか……?」
「信じるかどうかはお任せいたしますが」
「こんな目にあったのならもう信じるしかないじゃないですか……」
真琴は溜息を一つ吐く。知らない世界が次々と明らかになっていくが、果たして何時ものあのつまらない日常に戻れるのだろうか。可能ではあるだろうが、見え方が今までと違う在りようになるのは確実だった。
「……折角なのでお聞きしたいのですが、最後のあれは何をしていたんですか?」
なので、気になっていたことを口に出す。好奇心猫を殺すともいうが、毒を食らわば皿までとの格言だってあるほどだ。
「ああ、あれですか。聞いても面白くは無いと思いますけど」
「面白い面白くないよりも、気になっちゃいます。ビー玉と子供用の箸で封印とか意味わからな過ぎるじゃないですか」
「……まぁ、そうですよね。良いでしょう。別に隠すものでもありませんから」
恭介はそう言うと何時もの笑顔をちらりと真琴へ向けた後、とんとんとハンドルを指で叩く。その仕草はふと教師を彷彿とさせた。
「前にも言いましたが、大事なのは器ではなく中身だということをお伝えしましたよね?」
「はい、覚えています」
「お渡ししたものは玉、剣、鏡の象徴となっています。手前味噌で申し訳ありませんが、私が祝詞を上げたそれらはそれなりに霊験が込められております」
「はぁ、成程。有名な三種の神器とかって奴ですよね?」
「その通り、博識でいらっしゃいますね。それらを模してあるため、大御神様のお力をお貸しいただき易いというわけですね」
「大御神様?先ほども出てきましたよね?」
「ええ。所謂伊勢神宮に祀られる最高神ですね。特に八咫鏡は大御神様より授けられたと伝えられております。諸説あるようでは御座いますが、そこは割愛と言うことで」
「勉強になりますが、神様のお力ってそんな簡単にお借りできるんですか?」
真琴が小首をかしげてそう言うと、恭介はにっこりと笑うだけで返事をする気はない様だ。暫くの沈黙のうち、再び恭介が口を開く。
「鏡は向けられたものの姿を映すことで、その存在をずらしたり固定するのですが、あの場合は固定ですね。どこにも逃げられないよう、この現世にその存在を固定して頂いたわけです。玉はその円と言う形から、安定や循環の意味を与えています。あそこでは黒女の動きを留めましたよね?ちょろちょろと動かれると、やりにくいですから。そこを剣で因果その物を断つという訳です。剣はその形状から意味を考えるのは分りやすいですよね。私のやり方はそのようなものです」
初めの二つはいざ知らず、魔法少女物のプリントがされている子供用の箸を剣の代わりにするのは、今どきの幼児でもしなさそうですけど、と言う言葉を真琴は辛うじて飲み込む。
「……成程。色々と理由があるのですね」
それにしても、小難しい話になってきたため真琴は肩をすくめる。そのうちに車は市街地まで走ってきたようだ。先程までは一台もすれ違わなかった車がちらほら見えてきた。
「念のため七瀬さんはもうしばらくお守りをお持ちください。一週間ほどして何も無ければ恐らく大丈夫でしょう。燃えるゴミの日に捨てて頂いても大丈夫です」
「いや、捨てませんけど。本当にありがとうございました」
今度は真琴が深々と頭を下げた。それを横目で見ている恭介は相変わらず笑顔を浮かべていた。
「まだまだお聞きしたいことはあるんですが、きっと理解できないと思うのでやめときます。なので最後にもう一つお聞きしても良いですか?もしかしたらお願いになっちゃうかもしれませんが」
「ええ、構わないですよ」
恭介は待っていましたとばかりに、満面の笑顔を浮かべて返事をした。




