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第6話 縁切り

 一台の車が校門の前に停まっている。勿論中には真琴と恭介がシートに座っていた。

 社内のデジタルの時計は13:13と表示されている。空は数えるほどにしか雲は無く降り注ぐ日光は中々に強烈だった。


「とりあえず降りましょうか。あの日に歩かれたルートを教えて頂きます」

「……分かりました」


 真琴は少し震えだした手を見られないようにきつく握り締めると、お守りが入っている小さなバッグをしっかりと掴み、深呼吸をしてから車を勢い良く降りる。一方恭介はゆっくりと車を降りると、のんびりとリモコンキーでドアをロックした。

 帽子でも持ってくればよかったかな。そんなことを思いながら真琴は廃校を眺める。流石に深夜と昼間では受ける印象はがらりと変わっていた。校庭で遊ぶ子供たちの姿があるわけは無かったが、休日の様子だといわれてしまえばその程度の印象しか抱けないほどに。お化けなんて出る雰囲気は無い。


「あー、ずっといると日焼けしそうだなぁ。七瀬さん日焼け止めクリームいります?」


 恭介は何処からかサングラスを取り出すとそれを掛けていた。正直なところまるで似合ってはいなかった。更に手にはUVカットのクリームを持っており、首元や顔等に手馴れた様子で塗っている最中だった。

 真琴は女子力高いわー、などと思いながらここで断るのも女子として負けたような気がするので、おとなしく好意に甘えることにした。


「私日焼けすると真っ赤になっちゃうんですよね。日焼け止め無かったらこの時期出かけるの本当に大変なんですよ」


 緊張感のかけらも見せず恭介はそういうと、日焼け止めをポケットにしまった。真琴は「ああそうですか」としか返しようが無い。


「それじゃあ行きましょうか」

「そうですね」


 意を決して真琴が歩き出す。グラウンドの向こう側には学校の入り口が見えていた。




「ここで影女を祓うんですね。私何か手伝えることとかありますか?」




 心臓が鼓動を早めている。バッグの持ち手を握る手は、気づけば白くなるほどに力が込められていた。すると恭介の足が止まり、しまったと言いたげな顔で真琴を見つめている。


「何か心配なこととかあるんですか?」


 もう覚悟は決まっていた。あのつまらない日常に戻るために、出来ることをやってやる。この頼りなげな色白男の手伝いくらいは買って出る。邪魔だと言われれば言われた通り邪魔にならない場所で、待機をしているつもりだった。でも出来れば待機が一番良い。




「すっかり伝えるの忘れていましたけど、もうあの影女は落としちゃってます」




「……はい?」




 真琴は今度こそ理解をするのにしばしの時間を要した。私の覚悟を返して。




「もっと先にお伝えするべきでした」

「いや、まったくです。柏木さんお仕事ちゃんと出来てます?」

「いや、面目ありません。申し訳ありません。駄目社会人でごめんなさい」

「なんていうか、こう、やるせなさでいっぱいなんですけど」

「本当に申し訳ありません」


 日差しを避けるために一先ず訪れた学校の玄関内で、恭介は平謝りをしていた。ぺこぺこと頭を何度も下げている。

 真琴は溜息をつきながら改めて周りを見回した。あの日は気付かなかったが、靴箱には何足か子供たちが残していったのだろう、苗字が書かれた上靴が残っている。


「これでも結構緊張して怖かったんですよ?無駄に怖がって緊張して馬鹿みたいじゃないですか」

「……仰るとおりです」


 ふぅ、とわざとらしく溜息をついた後真琴は恭介のほうに向いなおす。それを見た恭介は慌てて頭を下げようとして真琴の手に止められた。


「いえ、頭を下げるのはこちらの方です。……一寸突然すぎて言い過ぎました。ごめんなさい。そして有難う御座います」


 そして深々とお辞儀をした。たっぷりと五秒ほどは頭を下げていただろうか、真琴が頭を上げると恭介はいつもの笑顔を浮かべていた。もっともサングラスのせいでその目は良くは見えなかったが。


「いえいえ、そう言って頂ければ私も助かります。今夜からは良く眠れそうです」


 サングラスを胸ポケットにしまいながら恭介が言う。何時ものメガネに変えた恭介の目の下は、よく見れば薄っすらと隈が出来ていた。帰りはコーヒーくらいは奢ってあげようかな。真琴はそう心に決めた。


「では用事を済ませに行きましょうか」

「分かりました。でも、影女を落としたって言うことは何をしに行くんです?」

「……そうですね、それを伝えるのを忘れていました」

「……まぁ、もういいですけど。で、何をするんですか」


 早速芽生えかけた何かが音を立てて砕けたような気がしたが、真琴はぐっとこらえて先を促す。恭介は一つ咳払いをしてから廊下の方を向きながら口を開く。


「影女の憑き物落としは確かに終わりました。ですが、重要なのは因果。今回のケースで言えば親類としての縁が元ではありますが、それがどのようにして悪縁に作り替えられ、どこでそれが結ばれてしまったのか。それを調査する必要があります」

「悪縁……」

「ええ。その因果、悪縁を切らない限り、何れは再びそれを辿りやって来ることでしょう。向こう側には時間などあってないようなものですから」

「でも、さっきは落としたって……」

「ええ、勿論この手で落としてきましたのでそれは心配ありません。ですが、そもそも大御神様を始め、心霊や物の怪、妖怪と言った類のものは現世の定めには縛られておりません。それ故に何が起こるか分からない。で、あるならばその縁を切り、こちらに辿り着かさなければ良い。そう言うことです」

「成程……?」


 多少知らない言葉が出てきたが、続く言葉に気を取られる。分かったのは縁を切ることが必要という事だった。それだけははっきりと理解した。これから、それをしに行くのだ。




「では、改めて用事を済ませに行きましょう」




 二人は肝試しをした通りにゆっくりと歩いていく。時折恭介が立ち止まり真琴に質問をした。質問というよりは確認に近い聞き方だった。実際その通りだろう、鏡屋に行った際に出来るだけ詳しく説明をしているのだ。


 玄関から三階に上がり教室などを一回りした後二階に降り、一階へ続く階段を半分ほど降りたところだった。




 視界が広がり、一年一組の表札が見えてきた。扉はあの夜のまま開け放たれている。流石にあそこに入るのは嫌だなぁ、そう思ったその時、真琴の視界の端に黒い影が映りこんでいるのが見えた。それはあの夜と同じように教室の中で人のような姿でこちらを見ているようだった。




「あっ」




 思わず声が漏れた。膝が笑う。




 階段の手すりを握り締めていなければ危ないところだった。横では恭介がその声で全てを悟ったのだろう、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。




「柏木さん、今」

「私も気づきました。ここですか、記憶が抜け落ちた場所は」

「そう、だと、思います」

「始めにお渡ししたお守りは持って来られていますか?」

「はい」


 真琴は震える手でバッグの中から紫色の小袋を取り出すと、恭介はそれを手に取った。


「先程落としたと言いましたよね」

「申し訳ありません。これは私の落ち度ですね。もう安全だったと思っていましたが予想外でした」


 恭介は焦った様子も無く、紫の小袋の中から手鏡を取り出す。




「完全に落としたつもりでしたがなるほど、なかなか多芸な様ですね」




 その手鏡を真琴に手渡す。小さい手鏡は窓から差し込む陽の光を天井に反射していた。


「柏木さん、結構な速さで近づいてきてる!」

「その手鏡で影女を映していて下さい」

「え!?はい!」


 真琴の視界の中ではこちらに気づいたのか、影女は地面を滑るようにして小走りくらいの速度で近づいてきていた。ホラー映画などでよく見るその物の動きだった。高低差があるため分かりにくいが、もう距離は二十メートルも無いと言ったところだろうか。鏡屋の階段であったときよりも更に黒さは薄れ、肌色が目立っていた。




 良く見ると襤褸切れの様な何かを纏っている。そこからだらりと伸ばした腕は、がりがりに痩せ細っていて骨が浮いている。(はだ)けた前は胸骨と肋骨が浮き、およそ肉と呼べるものは見当たらなかった。顔はまだ髪に隠れて見えていないが、その顔もゆっくりと持ち上がってきているよう見えた。


 言われたとおり真琴は手鏡を影女に向ける。反射した陽の光が影女に当たるが、意にも介さないのか影女は更に近づいてきている。




「柏木さん!!」




 絶叫に近い声で真琴が叫んだ。言われたとおりにしても何も効果が無いじゃないか!文句を言おうと恭介を見るとその手にビー玉を持っていた。


「ビー玉持って何してるんですか!!もう来ちゃいますよ!」

「直ぐに終わります」


 恭介は左手にビー玉を乗せ、何時取り出したのか右手には魔法少女がプリントされた箸を持ち、影女の方へと階段を下りてゆく。


「ちょ……、もうそこまで!!」


 影女の姿が見えていないのだろうか?

 ひょっとして今まで私騙されてた?

 真琴は必死に鏡で反射した光を影女に向けながら、ここ数日の出来事が走馬灯のように脳裏に浮かび上がるが、何とか歯を食いしばり正気を保つ。その食いしばった歯の隙間から女子が出してはいけない声を漏れ出していたが、そんな事には気付かずに恭介の背中を睨みつけていた。




 あの影女にビー玉と箸を一本持って立ち向かう色白男を、とてもだが正気だとは思えなかった。

 あまりにもシュールすぎる。もし影女が見えない人物がここにいたならば、恐らく見なかったことにするほどの光景だった。




「留まり給え」




 だが、恭介は影女から三メートルほどの距離まで近づくと、左手のビー玉を少しだけ掲げると影女に向けてそう言う。

 途端に影女の動きが止まった。後もう少ししていたらあの顔を見てしまうところだっただろう。少しだけその首が持ち上がっていた。恭介に至っては恐らくまともにその顔を見ているに違いない距離だ。




「玉の緒よ、絶えなば絶えね」




 恭介はそう言うと、指揮棒のように魔法少女がプリントされた箸を持った右手を影女に向って持ち上げた。その格好だけは、あの映画にもなった魔法使いの少年の如く堂に入っていた。

 次にその箸を影女の胸の辺りまで素早く振り下ろすと、もう影女の姿は何処にも無かった。


「七瀬さん、ご協力有難う御座いました」

「え、終わり?」

「はい。終わりました」

「え?ホントに?」

「ほら、見ての通りいなくなりました」


 右手の箸をくるくるとペン回しのように回しながら、恭介が階段を上り真琴の横に戻って来た。左手にはビー玉が握られている。




「さて、では大本の処理といきましょうか」




 固まっている真琴の横で恭介は階段の踊り場を眺める。別段変わったところの無い踊り場で、壁には子供の靴の跡が沢山付いている位だった。だが、恭介には何か別のものが見えているのだろうか、ある一点を眺めている様だった。


「七瀬さん、鏡渡して下さい」

「は、はい」


 真琴は言われた通り手鏡を渡すと緊張が解けたのか、思わず階段に座り込み壁に背中を預けると、恭介の方をボーっと眺めている。


「階段を下る。その行為は黄泉国に向かうために、黄泉比良坂を進むことをを暗示していたのでしょう。丁度この階段の出口が丑寅の向きであったことも、影女には都合が良かったのでしょうね。どうやらここで上手く縁を結ばれてしまったようですね。記憶が抜け落ちた場所とも一致しています。まぁ、なんにせよ、やはり深夜にこのような場所に出向くのはお勧め出来ませんね」


 恭介はそう言うと、手渡された手鏡を踊り場の一部分に向ける。その手鏡の反射した光が映っている場所にゆっくりとビー玉を置き、右手の箸を先程と同じように空中に向って振り下ろした。




「よし、全部終わりました」




 振り返った恭介は笑顔で真琴に手を差し出した。

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