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ラーメン屋のクール系バンギャ店員の匂いがニンニク臭を超えている件。なお、俺の嗅覚と性癖も破壊された模様。  作者: 浅磯航河


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4/5

生で嗅ぎたい

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……(くさ)い」


 目の前のお客さんからソレを言われたあたしが思ったのは。


(あーあ……やっぱり、この人もかぁ)


 そんな、”いつも”の感情だった。


 このニオイのせいで友達と呼べる存在はできたことがないし、彼氏なんてもってのほか。近寄ってきた人が鼻をつまんで逃げていく姿だって、何度も何度も見てきた。それが当たり前だった。体質だからと自分を無理やり納得させて生きてきた。


 今回のことも少しだけ。……うん。少しだけショックだったけど、まぁ受け入れられる。受け入れるしかない。そうやってあたしは生きてきたんだから。


 ラーメン屋で働けば自分の体臭がニンニク臭に紛れて目立たなくなるかも。なんて思って働き始めたけど結局ダメ。このニオイのことで店にクレームが来てしまったら、ここのバイトを続けられるかもわからない。


 こんなニオイのあたしじゃ、バイトもできないのかなぁ……。




「臭い!」


 二回も言われるのは珍しい。よっぽど、だったのだろう。今まであんな至近距離であたしの臭いを嗅ぐ人なんていなかったから。自分から顔を近付けるなんてやめておけばよかったのに。


「くさい! クサい!! 臭い!!!」


 三回目を言われたのは初めてだ。……しかもくさいくさいって連呼されたし。どんだけ腹が立ってんだろ。


 おそるおそる、あたしがお客さんの顔を見てみると。


「えっ……?!」


 お客さんは怒った顔でも苦虫を噛み潰したような顔でもなく、少しだけ泣きそうな顔で。でもその口角は確かに上向きになっていて。つまり、ちょっぴりだけど笑っていた。


「なっ、なん、で……?」


 そういえばこのお客さん。「くさい」と口で言っているけど、あたしと一切距離を取ろうはしていない。一心にワキの部分を見つめて動かない。顔を遠ざけないのだ。


 あたしから逃げるのではなく、あたしのニオイをしっかりと嗅いだ上でくさいと言っている。くさいと言われているのは、まぁ、同じなんだけど……。それでもあたしから逃げない人なんて初めてだ。


「ねぇ、どうしてあなたは……。こんな、臭いあたしから離れていかないの?」


 気付いた時には。あたしはそんな言葉をこの人に投げかけていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ねぇ、どうしてあなたは……。こんな、臭いあたしから離れていかないの?」


 そう聞かれてハッとした。そうか。くさい、くさいと言うだけでは言葉足らずに過ぎるよな。


「臭い! けど臭いのがいいんだっ!!!!!」


「…………はぁっ?!」


 俺の答えを聞いて、呆気に取られた彼女の顔。本気で理解ができないといった表情だった。


「だ、だって、臭いんだよ? こんなワキガ……こんなニオイなんてこれ以上嗅ぎたくないでしょ?!」 


「いや! 断じて! そんなことはない! キミの匂いならもっと嗅いでいたいくらいだ。ほら、スーハ―! スーハ―! お”っふ”っ”っ”……!」


「ちょ、やめなって! また気絶しちゃうよ?!」


 また意識が飛びそうになった俺の醜態を心配そうに見守ってくれている彼女は。さっきの不安げな表情から幾分か和らいだ、苦笑めいたものに変わっていた。




「えぇ……本当にあたしの臭いが好きなんだ……」


「だからそう言ってるじゃないか何度も。スゥハァ、スゥハァ……ア”ア”ッ”!」


「ま、まぁ、こんだけ嗅ぎっぱなしだもんね。……信じるよ」


 やっと彼女に俺の思いが伝わったようだ。……伝わってよかったのか? こんな変態的な嗜好を伝えてしまって。


「変態……だね」


「ぐはぁ!!」


 案の定、本人の口から言われてしまった。そうだよな。人のワキの匂いを嗅いで興奮するなんて、変態以外の何物でもない。まさか、自分がこうなってしまうとは思いもしなかったんだけど。


「でも、ちょっとだけ嬉しい……かも」


「え? それって……」


 どういうことなのか尋ねようとしたが、それを聞くより先に彼女は。


「ね。よかったらなんだけど……。”(ちょく)”で嗅いでみる?」


「!!!!!!!」


 今日一番の衝撃を誇る、とんでもない提案をしてきたのだった。




「ちょっ、直って……まさか……」


「うん……。あ、でも、ちょっと待ってて」


 俺たち二人のいるトイレの個室から。さらにトイレの外に出た彼女は、店内の方へと消えていった。


 しばらくして遠くの方で彼女の声が聞こえた。


(店長ー。やっぱ六番ね。盛大にやってた。ジア撒くからちょっと時間かかりそう)


(あ”いよー)


 彼女の声とそれに答える野太い声のやり取りが、かすかに聞こえる。そして数十秒後。再び彼女は男子トイレへと戻ってきたのだった。


「うん。これで大丈夫」


 俺の座っている個室へと戻ってきた彼女は、鍵を閉めながらそう言った。


「何を言ってきたんだ?」


「えっ? 『トイレでゲロしちゃった客がいて、消毒するからしばらくの間立ち入り禁止』って言ってきただけ」


「それって、俺が吐いたことになるんじゃ……」


「あはは、そうかも」


「ええぇ……」


 こっちはまだ会計を済ませてない身だ。しばらく姿が消えた客なんて店側も把握済みだろう。ああぁ、レジに並んだ時にこいつはゲロしたんだなって目で見られるんだろうなぁ……。


「ごめんごめん。でもさ。おかげで十分ぐらいなら時間、作れたよ」


「……!」


「さっきの続き、しよっか」


 彼女はTシャツの袖を捲り始めた。


 クイクイ。グイグイ。


 捩じりながら、巻き込みながら、捲って、捲って。とうとう肩の部分まで右の袖を捲り上げてしまった。半袖だったTシャツがノースリーブのような格好になってしまった具合だ。


 そして再び開かれるワキ。


 にちゅっ……。


 水音を伴いながら開かれた生のワキは……光り輝いていた。その理由は当然。彼女の汗が多量に分泌されている場所だからである。


「ちょっと……恥ずかしい、な」


 そう言った彼女の顔は確かに赤らんでいた。


 確かにワキなんて滅多に人に見せるものではないし、そういう気持ちは理解できる。でも、彼女のワキは決して恥じるべきものがないものだった。


 丁寧に処理されているワキは、ムダ毛が見当たらなかった。俺としてはムダ毛が少しぐらいあっても全く構わないのだが……。彼女の場合はワキにワキガの臭いが残りにくいように気を使っている面もあるのかもしれない。


「おぉ……」


 ワキ毛がなかったおかげで、白くすべすべとしたワキの皮膚、皺がじっくりと見て取れる。汗で輝いているおかげで、皺の凹凸がはっきりとわかった。


 正直、エロさしかない。


 普段見ることのない体の部位がぬらぬらと夥しい汗で濡れている。美しいよりもエロいに値する光景だった。


 しかし、本番はここからだ。


 直の。生のワキに顔を近付けていく。トイレの便座に座っている俺の顔と、その隣に立っている彼女のワキの位置は大体同じ高さであり、双方が苦労せずとも近寄っていける位置にあった。


 そして、俺の視界には生のワキがドアップで映る。そんな距離まで近付いていた。


 なんて……イヤらしい場所なんだ。止めどなく流れる汗にワキの皺。そして今から嗅げるであろう極上の匂いまでもが付属しているなんて。


 意を決して息を吸う。吸う強度は浅くでも深呼吸でもなく。普段通りで。あるがままの呼吸で彼女の本当の匂いを感じ取る。


「すぅぅぅ……」


 でも、やっぱり長めになってしまった。新たな匂いに逸る心がそうさせてしまったに違いない。


「…………お”っっ?! え”っ……??」


 俺はさっきまでこんな風に思っていた。生で嗅ぐ彼女のワキの匂いはこれまでで一番だろう。強烈で鮮烈なものだろうと。そんな覚悟さえしていたのだ。


 しかし実際はどうだ。


 俺の嗅覚が麻痺しているのでなければ、この匂いはTシャツ越しに嗅いでいたものとそれほど変わらないように思えた。むしろ、匂いの強さとしてはそれよりも少し抑えられているような気さえしてくる。……それでも、えずいてしまうレベルのものではあったんだけど。


 どうして匂いの強度が下がってしまったのか。俺はこう考えた。


 皆も経験があるのではないだろうか。毎日風呂に入り体を清潔にしていても、なぜか自分から汗くさい臭いがしてくるということが。


 それと同じだ。そういう場合、体の方ではなく服の方に原因があることが多い。洗濯しても取り切れなかった汗の臭気、その成分が、服自体に染み付いてしまっているのである。汗をかいたりや水分が服に付着することで、その臭いを再び発散させてしまうのだ。


 彼女の場合もきっとそうなのだろう。店のTシャツに染み付いた臭いが、ワキガ臭をあそこまで強大なものにしていたのだ。直で嗅ぐとそこまで……いや、それなりには臭っているんだけど。


 俺は少しがっかりした……というわけではなかった。


 確かに、より強い彼女の匂いを嗅いでみたかったのは事実だ。それを求めて、接客中の彼女のワキに顔を近づけて見たり、トイレの個室でこんな行為に及んでいるわけなのだから。


 ではなぜ、強い匂いを嗅げなかったのに落胆していないのか。


 それは。


 今までひた隠しにされていた、もう一つの彼女の匂いに気付いたからである。




「すぅぅぅぅ……!」


「ね、ねぇ。そんなに吸い込んで大丈夫? また気絶しない?」


 彼女の心配はありがたかったが、俺にはどうしても確かめなくてはいけないことがあった。


「あ”っ、お”っ、あ”ア”っ……!!」


 毎度の様に獣のような声を上げながら、俺はこの匂いを分析していた。


 やはり、Tシャツの上から嗅いでいた時のワキガ臭が大半を占めるのは事実だ。ツンと来るなんて表現など生易しい。ズドンッと鼻腔に刺さる重厚なスパイス臭。でも、この生のワキから嗅ぎ取った匂いには、それとは違う匂いが微かに混ざっている気がするのだ。


「すぅぅ……お”っ……! はぁぁ……。すぅぅぅ……ウ”っ……! はぁぁァ……。」


「……死んじゃわないでね?」


 ()せながら、吸って吐いてを繰り返す。呼吸することで彼女をもっと深く感じ取る。


 そしてついに。俺は彼女の、本当の匂いを嗅ぎ取った。




 俺も後で知ったことだが。「女の子の匂い」というやつは科学的に証明されているそうだ。なんでも、ラクトンC10とかラクトンC11とかいう成分が体臭に含まれていると、いわゆる女の子の匂いになるそうなのである。昨今ではこれを利用した化粧品や香水みたいなものも売られているそうだ。


 歳を取るにつれて減少していくというその成分。二十歳ぐらいに見える彼女なら、その汗には十分にラクトンなんちゃらが入っていてもおかしくない。というか、俺が嗅ぎ取ったのはきっとそれだ。彼女のワキガではない匂い。女の子としての匂いは確かに存在している。


 目の前に広がる彼女の生のワキには、それら二つの匂いが混然一体となっているのだ。それを意識した途端、俺の視界……いや嗅界は開けた。


 あぁ……。


 刺激的なワキガの匂いが、ココナッツや甘い果実にも似た女の子の匂いと手を取り合っている。お互いを排斥しようとはせず、共存している。お互いを高め合い、融合、進化している。混沌とした蠱惑的な匂いに昇華されている……!


「あっ……」


 彼女が小さく声を上げる。その視線の先には……。


「こっ、これはそのっ……!」


 彼女のワキから発せられる、とんでもなく魅力的な体臭。異なる二つの匂いが絡み合い、今や媚薬にも等しい香りに成ったものを嗅ぎ続けた俺は。


 ……正確には俺の下腹部では。


 天に向かって真っすぐ伸びる、見事な塔を建立していた。




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