一話の一。 御守学園の日常
成人男性がいきなり女子高校生にナイフで襲いかかり、成人男性が負けたという話を聞いたら「その犯罪者、男のくせに弱くね」という感想を抱く人間は多いだろう。
男のくせにとか女のくせという価値判断は良くない……っていうのはおいておくとして、殴り合った二人のプロフィール次第では”男が弱い”ではなく”女子高校生側が強い”に印象が変わる。
例えばその女子高生が毎日戦闘訓練を受けていたとしたら、そういう印象になるのではなかろうか。
そういうわけで、三日前に発生した御守高等学園の女子生徒が不審な成人男性を殴り倒した事件は、"その女子生徒強いなぁ"と世間で評されるにとどまった。
御守学園の生徒は、毎日戦闘訓練してるし"実戦"もしているからだ。
御守学園の1年10組は、朝礼前から大盛りあがりだった。
三日前に襲い掛かって来た不審男性をボコボコにした結果、取り調べなどで登校できていなかった女子生徒のカズコが登校してきたからだ。
御守学園の生徒は日常的に戦っているのだが、学外で一般人と戦った生徒はほぼいない。
故に人と戦ったカズコは目立つ。
元々高身長だったり美形だったり声が良かったりしてクラス内の人気はあるのでなおのこと人を集めた。
「なんで相手の両腕と両足の骨折ったのー?やりすぎじゃない?」
とカズコに女子生徒が聞く。
「だって相手がナイフ持っていきなり襲い掛かってきたから、警戒してね」
カズコは普通に答えた。
「カズコちゃんホント凄いよ!"学校の中"で襲われるってのはいつもの事だけど、"学校の外"だと全然違ううのに戦えるなんて!」
男子生徒がカズコを本音で褒めた。
他にもたくさんの生徒がカズコに質問したり賞賛を飛ばす。
クラスメイトのほぼ全てである38人が、カズコの周りに集まっていたからとてもうるさい。
だがしかし、たった一人カズコの事に興味を持っていない者がいた、隅っこの席にいる内藤勘助……ナイトウ カンスケである。
カンスケは数学の問題を解くという、学生として素晴らしい行いをしていた。
クラスメイトの盛り上がりに一切興味をもたず勉学に励む姿はある種学生としては素晴らしい。
ただ、カンスケの周りに人はいない。人が集まっているカズコの周りと対称的と言えるだろう。
そんな朝礼前の朗らかな時間に突然激しいドラムのような音が響いた、音の出処は放送用のスピーカー。
これは襲撃を受けた際のお知らせ音声である。
『今日の担当者は、敵の処理をお願いします』
それだけ放送は言った。
敵が何か?だとか、担当者は誰だ?なんて説明はもちろんない。
なぜならコレは御守学園の日常であり、特筆すべき事項ではない。
しかも今のアラームは、弱い敵がやって来た時になるものだからなおさら誰も騒がない。
御守学園には、五年ほど前から突如として色々な敵が襲撃してくるようになった。
……敵の種類は多種多様で、毒針を二本持つ蜂の群れみたいなヤツから、ドラゴンまで色々だ。
そしてそんな敵どもは、学校を壊したり人を傷つけたりする。
だから御守学園の生徒達は武器を取り戦うのだ。
とはいえカンスケとカズコのクラスは、今日の担当じゃないので戦う必要が無い。
だからクラスの大半は、平然としていた。
どうせ今日は戦う担当じゃないんだから、油断しててもいいと考えていたのだ。
だがしかし、カンスケとカズコという対照的な二人の行動だけが他と違った。
しかも、そんな二人のとった行動は一致していた。
彼らは放送を受けて、まず自分の武器を手にとった、どちらもナイフだ。
そして窓の外を見て、敵を確認する。
背中から羽を生やした落ち武者達数十匹が、遠くから自分達に向かって飛んでいるのを二人は確かに見た。
一匹が、担当クラスからの銃撃が当たったのかきりもみ落下していった。
アレは敵だと二人とも確信する。
ここに入学してから一月ほどしか経ってないカンスケ達でも、羽落ち武者は二回も戦闘経験がある敵だ。
要するに、しょっちゅう羽落ち武者は現れるのである。
「銃使ってるヤツ!迎撃頼む!」
しかし、カンスケは叫んだ。
自分達のクラスは今日、戦いをする担当じゃないとわかっていながらも。
なぜなら羽落ち武者らがこれまでより微妙に速く見えたからだ。
「えっ?!」「急に!何?!」
しかしカンスケの言葉は、聞き取って貰えなかった。
クラスの連中が完全に油断していたからというのもあるのだが、カンスケの日常にも問題があった。
先程カズコの周りが盛り上がっているのを横目にカンスケは勉強をしていた、それが悪いとはいわないが彼は普段からあんな感じである。
要するに人付き合いとか、友達付き合いとかしてない。
だからカンスケが咄嗟に何かを伝えようとした時、周りは”なんかこいつ急に喋ったぞ!?”という驚きが強くなって、話す内容に意識が回らない。
「窓を開けてくれ!」
「窓開けて!」
カンスケと共にカズコが叫ぶ。
「ま、窓を開ける?」
「そう!」
クラスメートの一人が、困惑しながらも窓を開けた。
三階なので、少し冷たい空気が入り込んで来る。
しかしそんな事を気にしている場合ではない、羽落ち武者達はこのクラスに突っ込んできている。
他のクラスからの銃撃で何匹も撃墜されてはいるのだが、おそらく数匹はこの教室まで突っ込んで来るだろう。
「銃持ちは迎撃して!」
担当クラスだけに戦いを任せていては不十分だった、だからカズコが叫ぶ。
その言葉で、クラスメイト七名がバッグから各々の武器を手に取る。
三人がハンドガンで四人がアサルトライフルだ。
御守学園の生徒は戦いのため、学校から最低一つは武器を支給してもらえる。
ただ、支給される武器は生徒個人で選ぶことが出来てしまうのだ。
偶然このクラスは銃を選んだ者が少なかったせいで、遠距離攻撃が出来る人材に欠けていた。
羽落ち武者達に対し、担当のクラスとカズコらのクラスから撃たれる銃弾の量は大量で、十匹以上が体に穴を空けて落下していった。
あっさりと羽落ち武者達はやられていった、銃を持った集団の強さは凄まじい。
しかし――
「まだだ!」 カンスケが叫ぶ。
―――完全無欠の強さではない。
最初にきりもみ落下した羽落ち武者が、クラスの窓すぐそこまでやって来ていた。
あの落下は”やられたフリ”をしていたのだ、隙をつくために。
「近接戦闘に切り替えろ!」
カンスケが叫ぶ。
銃の迎撃は間に合わず、羽落ち武者が教室の中に入ってきそう。
そうなれば、室内を高速で飛び回る敵との戦いになる。
屋内だと味方同士で撃ち合わないよう気を付けないといけない銃はリスキー、しかも相手は高速で動いているのだから狙いをつけるのも困難だろう。
だから近接戦闘の準備をすべき、というのがカンスケの考えだった。
さて、ここまでカズコとカンスケは概ね似たような考えの元でクラスメイトに指示を出していた。
だがしかし、ここに来て二人はまったく違う考えをしていた。
突如窓の外にカズコが飛び出した、あえて"利き手と反対側"の左手にナイフを持って。
それはカンスケにとっては予想外で、取る意味が解らない作戦だった。
そしてカズコは今にも教室に飛び込もうとしていた羽落ち武者の方に両足で飛び乗り、すぐさま首の後ろをナイフで切りつけた。
その一撃を擬音にするのなら、”スッ”だ。
音も無い、静かで真っすぐな一薙ぎ。
ひたすらに動きが小さくて地味だから、
カズコはすぐさま、羽落ち武者を地面代わりに蹴って、自分が飛び出した窓に跳ぶ。
だがギリギリ窓まで届きそうにはない、しかしそれでは困るのだ。
ここは三階の高さ、このまま落下すれば少なからず怪我をする。
なんだかんだ死ぬ可能性もある。
カズコは窓に向かって右手を伸ばす、左手よりも筋力が強い右手を。
しかし指先は窓の"へり"へと、ギリギリ届きそうにない。
しかしカンスケが窓から身を乗り出し、カズコの手をすぐに握った。
カズコも握り返す。
そしてカンスケは腕を思いっきり引っ張り、カズコを無理やり教室の中に引き戻した。
カンスケは窓の外に飛び出して”戻ってこれないリスク”を考えてたから、カズコの行動を読めなかったし、そのリスクを考えていたからこそカズコの手をすぐさま取れた。
さて、とりあえず窓の外にもう敵はいないようだ。
「……うおおおっ?!スッゲえなんだ今の?!」
そしてクラス中が沸き上がる。
「カンスケお前凄っ!なんなんだよ!普段目立たないのに!」
「かっこいい!」
カズコの曲芸のような動き、カンスケとほぼ喋らずやった綺麗な連携、それは教室一つを沸かせるのに充分だった。
戦いが日常の御守学園でも、凄まじい技巧は人を惹きつけるのだ。
『敵は全滅したと思われますが、念のため担当の方々は敵が残っていないか確認をお願いします』
放送があったが、カズコとカンスケで盛り上がる生徒達の声は音をかき消した。
それ程の騒ぎだった。
「いや、これは盛り上がっちゃいけない」
しかし、堂々とした主張でみんなの盛り上がりに水を差す人物がいた、カンスケだ。
「カズコの行動はベストじゃない。もっとリスクの少ない作戦はいくつかあったし、少なくとも窓の外に飛び出して敵を倒して戻って来るなんて危険な事はやる必要無かった」
つらつらとカズコの活躍にケチをつけていく。
カズコは特に反論せず、カンスケを無言で見つめた。
その無表情を生み出す心模様は、彼女自身以外に計り知れなかった。
「だけど、無事に勝てたからいいじゃないか」
カンスケに反論したのは、また別のクラスメイトだった。
「他の作戦でも無事に勝てたはずだ。なのにわざわざ命の危険がある作戦を選ぶのは本当におかしい」
だがカンスケは自分の主張を変えず、さらに言葉を強くした。
「おい、せっかくみんなが楽しんでいるのになんだ?危険な橋を渡ったクラスメイトに対してなぜそんな事を言う?」
と、男子生徒が言った。
「そもそもお前らが油断してなければもっと早く行動出来て、カズコが窓の外に飛び出すなんてリスキーな作戦を取る事もなかったんだがな」
カンスケは反論する。
徐々にカンスケへのいら立ちがクラス内に蔓延してきた。
カンスケの言葉を正論と感じる者もいたが、だから逆に悪感情を掻き立てる。
どうでもいい言葉なら聞き流すだけだが、聞き流せない言葉なら不快感も相応にあるのだ。
そしてクラス内の雰囲気が悪くなってきたころ
「おはようみんなーじゃー朝礼やるわ。席につけ」
担任の北谷先生が入って来た。
先生の前で大喧嘩をするわけにもいかず、大した喧嘩に発展する事もなく生徒達は席につく。
カンスケに抱えた不快感をとどめたまま。
「痛ッ」
カズコが、自分の椅子を引いた時に声を出した。
「あ――、もしかして怪我してんのかお前、戦う担当じゃないはずだったが」
北谷先生はその小さな声を聞き洩らさず、カズコの怪我に気づいた。
普通なら気にもとめない程度の声量だったが、この学校では先生も特殊なので気づく。
この学校には敵が襲撃してくるので、先生も訓練する、結果として注意力や観察力も身につくのだ。
「はい。交戦を避けられない距離に敵が来たので戦いました、交戦許可は無いですが止むを得ず」
「糾弾はしない。保健室に行ってこい。お前が不調だとクラス全体が困るだろ」
「わかりました」
先生とカズコの会話は結構すぐに終わった。
「あとカンスケ、お前付き添って来い。」
「自分ですか?!」
しかし、先生とカンスケの会話は少し長引きそうだ。
この学校では保健室に行くやつへ付き添いがつく。
敵がしょっちゅう来る学校なため、怪我人が一人で動くリスクが大きいのだ。
例えば骨折して一人で廊下を歩いてるヤツのすぐ傍で、敵が五匹くらい現れたら相当にまずいだろう。
だから付き添いが原則必要である。
だが、カンスケは自分がその付き添いをやる事に疑問がある
「文句があるのか?」
「はい、ありません。しかしカズコさんと自分はあまり親しく無いですし、もっと適任がいるはずです」
「お前がうちのクラスで一番医療の成績良いいんだよ」
この学校では”医療”の授業がある、戦う中で怪我人も出るからみんなが応急処置くらいできなければならないのだ。
そしてカンスケの”医療”はかなり成績が良い。
「ですが、保健室に行くのであれば保険の先生がいらっしゃりますし医療面で自分が手を挟む余地は無いかと思われますが」
「話したいなら後の方がよくねーか?とりあえず怪我の治療をしてからだろ」
「そうですね。……はい、了解しました」
内心はどうであれ、カンスケはカズコの保健室行きに付き添う事にした。