刑務所のロミオ
「おーい!ジュリエット!今日もラブレターを書いてきたよ!」
ロミオは自信満々に塔の下から叫ぶ。朝日が昇りきったばかりの街で、彼の声は周囲に響き渡った。だが、ジュリエットはその声を聞くたびに心の中で恐怖を覚えていた。
窓の隙間から外を見ると、ロミオがまた来ている。彼は何度も何度も、手紙を渡そうとした。初めは嬉しかった、彼の真摯な愛情に心を動かされた。しかし、日に日にその思いは重くのしかかり、次第に追い詰められていった。彼の存在があまりにも大きく、ジュリエットはそのすべてを受け入れる余裕を失っていた。
その時、ジュリエットがうずくまりながら見ていた木陰から、二人の警官が静かに現れた。無駄のない動きで、すぐにロミオの両腕に手錠をかけた。
「ロミオ、お前をストーカー容疑で逮捕する。」
突然の言葉に、ロミオは目を見開いた。信じられない顔をして立ち尽くす。
「ストーカー?」
ロミオは心の中で叫んだ。自分がそうだとは思ってもみなかった。彼の心の中には、ただ一つ、ジュリエットへの深い愛情があった。どうしてそれが理解されないのか、どうしてこんなことに…と混乱していた。
だが、警官たちは一切の容赦を見せなかった。ロミオはそのまま地面にひざまずき、手錠をかけられたまま連行されていった。
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刑務所の冷たい鉄格子の中で、ロミオは思いを募らせていた。どうしてこんなことになったのか、彼の心はジュリエット一色だった。過去にどれだけラブレターを書き、歌を歌い、彼女に向けて言葉を投げかけたことだろう。それが、今ではストーカーというレッテルを貼られ、犯罪者として扱われることになった。
幸いなことに、刑務所の中にはかつての友人である刑務官がいた。彼はロミオに密かに手紙を届ける手助けをしてくれた。毎日、ジュリエットへの愛情を込めて手紙を綴り、それを密かに彼女の手に渡していた。最初のうちはその秘密が守られていたが、やがてバレてしまった。
「ロミオ、お前の手紙をジュリエットに渡すのはもう無理だ。お前がやったことは、もう誰にも隠せない。」
刑務官の言葉は重かった。ロミオはただ黙ってうなだれた。
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数日後、街を揺るがす大地震が発生した。その揺れは瞬く間に津波を引き起こし、海は猛然と街へ向かって押し寄せてきた。ロミオは一瞬、ジュリエットのことを思った。彼女が住む塔が水に飲み込まれていないか心配でたまらなかった。
「ジュリエット…君を助けなければ!」
そう決意したロミオは、刑務所を脱獄することを決めた。鎖を断ち切り、壁を乗り越えて、自由の身となる。そして、命がけでジュリエットの元へと向かった。
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海水が街を覆う中、ロミオは必死に泳いだ。途中で何度も波に飲み込まれそうになり、体力が尽きかけたが、ジュリエットの姿を思い浮かべることで力を振り絞った。やがて彼は、海水が膝まで浸かる塔の前に辿り着いた。
ジュリエットは窓辺から外を見つめていた。水はすでに塔の中に入り込み、彼女の足元まで迫っていた。
「ジュリエット!君を助けに来た!」
ロミオは声を上げ、塔の高い窓を開けて飛び込んだ。彼女は驚き、怯えた表情を見せたが、すぐにその恐れは消え去った。
ロミオはジュリエットをおんぶし、浸水した室内を慎重に歩いた。「怖がらないで、俺がついてるから。」
そして、二人は必死に泳ぎながら塔を脱出し、少しでも高い場所へと向かっていった。
ジュリエットは感謝の言葉を口にした。
「ロミオ、ありがとう。それと…ストーカー扱いしてごめんなさい。あなたの愛を、今は受け入れます。」
ロミオはただ微笑んだ。心からの微笑みだった。これから先、彼はジュリエットを守るために、何があっても彼女と共に歩んでいくことを誓った。
数ヶ月後、二人は結婚し、互いに愛を育みながら静かな日々を過ごすことができた。町の人々は、あの二人の奇妙でドラマチックな愛の物語を語り継ぐことになるだろう。
だが、ロミオはそれを気にしなかった。彼にとっては、ジュリエットと共に過ごす日々こそが、何よりも大切なものだった。
そして、愛を貫いたその先に、ようやく訪れた平穏な暮らしが続いていった。