5.【私の最も悪い時】
煙が見えるが遠くて何が起きてるか分からない。
あっちは、スミ爺の家のほうかな?
「スミスさんの家のほうね?火事なら大変!ちょっと急ぐわよ!!」
「あなた達は危ないから、家にいるのよ!」
家に着くと、お母さんが慌てた様子でバケツを持っていってしまった。
「お爺ちゃーん!?お婆ちゃーん!?大変よ!!」
あっという間だった。
「お姉ちゃん、どうしよう?」
「家にいろって言われちゃったし……
2階からスミ爺のほう見えるんじゃない?いくよ!」
「あ、まってよ!」
お姉ちゃんは4つも上なだけあって足が早い。
慌てて追いかける。
お姉ちゃん部屋のほうから見えるみたいだ。もう既に窓から覗いている。
「お姉ちゃん早いよぉ」
「アリス…あれ?なんだろ!?」
「んー?」
なんだろう?黒いのが動いているみたい。牛が逃げたのだろうか、遠くてよく分からない…
窓枠に手を付き、目をこらすと、スミ爺の家が崩れるのが見えた。
「スミ爺大丈夫かな?」
土手の奥からお母さんと、少し遅れてお婆ちゃんが走ってこっちに来るのが見えた。なんか頑張っている?
「爺さんが……
はぁッ、お前さんはあの子たちを連れて、はぁッ、早く逃げるんだ…」
「いいから走って!そのお爺ちゃんのためにもッ!」
ん……?何してるんだろ!?
ドンッ!!
お婆ちゃんの後ろの土手から、黒い大きな虫みたいなのが這い出てくる。いくつもある脚で土を抉りながら土手を越えてきている。
まさに蠢くようなそんな動きで……
私は訳が分からずただ見ていた。
そんな生物はすぐにお婆ちゃんに追い付く。
「おばーちゃーん!!」お姉ちゃんの声でハッとする。
「逃げてー!」
言うが早いか…お婆ちゃんが後ろから謎の生物の脚に貫かれた……
「ヒっ!?」
息を飲む、心臓が跳ねる。なにが起きているのか分からない…
大変なことだけは幼い私でも理解出来た。
お婆ちゃんが貫かれた脚で持ち上げられ、角?ハサミ?の間にある口で食べられる。やけに鮮明に見えた口は歯のようなものはないが甲殻がピッタリと合わさって切断される...
「2人とも車に乗るから下に!!急ぎなさい!!」
「アリスいくよ!」
「う、うん!」
お姉ちゃんに手を引かれながら車にむかう。
「急いで!!」
お母さんと合流してすぐに車に乗る…
「お母さん!?あれは何!?」
「分からない!!けど逃げないと死ぬ!」
車に乗り込むと同時に、アクセルが全力で踏み込まれて急発進していく。
家の前の道路に出た瞬間、さっきの生物が奥に2体も見えた。
帰ってきた時は奥に煙が見えただけだったのに、今はもうそこら中から煙が上がっている。ハッキリ火の手も上がっている建物まである。牛達も逃げ回っているが、頭と脚しか残っていない牛だったであろう生き物が倒れていた。
急いで隣町側に進む。
ゴン!!
道路に牛が飛び出してきたようで、車にぶつかった。
「「きゃっ」」
「じゃ、じゃまっ!」
ガゴォォオン!!
ご近所さんの家から謎の生物が飛び出してくる。
「いやッ!?」
「ヒッっっ!?」
そのまま車にぶつかってきて、一瞬の浮遊感ののちにひっくり返る。シートベルトをしていなかったため、叩きつけられた……痛い…
怖い……
車から出ようとしても、上手くドアが開かない。
「お姉ちゃん?」
隣にいたはずのお姉ちゃんがいない。
ガチャッ!
「はやくッ!グッ……」
お母さんが開けてくれたドアから出る。お母さんがすぐ隣に立っているから、私は手を引いて逃げようとした。
「逃げよう!!」
でも、お母さんが握り返してくれない…走り出してもくれない…
あれ?
振り返るとそこにはお母さんが虚ろな目をして立っていた。お腹から謎の生物の槍のような腕が飛び出ている。
「え…!?」
「ギシギシッ」謎の生物が音を出している。
「に…げ……て…お願い…」
「おかあぁさん!!!」
私は思わずお母さんに駆け寄ろうとした。
「だめ!!」
お姉ちゃんが私の腕を掴んで止めてくれる。力ずくで引っ張られて引き寄せられる。
「に、逃げるよ!!」
お姉ちゃんは頭から血を流しながら、涙を浮かべていた。唇も震えている。でも、目が今まで見たこともないほどの力を持ってるように感じた。
「うん...」
でもどこに逃げればいいか分からない私達は家に戻ってきた。
「どこかに隠れなきゃ!?えっと、えっと……」
「お姉ちゃんここ」
冬用の作物保管庫がある場所を指差す。
よく隠れんぼで隠れた場所だ。お母さんには怒られたけど、今なら…
「ギシギシギシギシッ」
あの不快な音が聞こえる…
お姉ちゃんが声を抑えて話す。
「急いで隠れよう」
「うん」
音が出ないように、蓋を閉める。
声を押し殺してお姉ちゃんと抱きしめあう。
怖い…外からは時折大きな音が聞こえてくる。
怖い怖い怖い怖い怖い……
カタカタッ
震えて歯がぶつかる。
「お姉ちゃんがついてるよ」
とても優しい声だった。
お姉ちゃんはいつの間にかお父さんの帽子を被っていた。顔色はとても悪そうだったけど、精一杯笑顔を作ってくれている。
「うん...」
何故だか分からないけど、怖さは消えないけど、震えだけは止まった。少し落ち着くことが出来たのだ。
後にして思えばお姉ちゃんも怖くて仕方がなかったはずなのだ。きっと勇気を振り絞るためにお父さんの帽子を被ったのだろう…
この時の私はただただお姉ちゃんがいてくれて良かったと心から思った。なんて凄い姉なのだろうと...
無常な音が聞こえるまでは……
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