ゴーシィ、エルフの家にお邪魔する〜異世界生活八十ニ日目⑥〜
「兎も角、話したい事もあるでしょうけど先に村へ案内するわ。ご覧の通り、もう目と鼻の先だから」
そう言って、身を翻し村の方へと歩きだすエルフ。
雰囲気的には「さっさと付いてこい」ってところでしょう。
わざわざ案内してくれるのにそれを拒んで後から向かってもまた騒ぎになる事は明白。
そうであれば最初から従っておくのが吉でしょう。
フィズさんにもその旨を伝え、僕とフィズさんもエルフの後を追って村へと歩みを進めました。
郭壁に辿り着くと、そこにあったのは鉄製の扉。
更に、二人のエルフが槍を携えて警戒に当たっていました。
「扉を開けなさい」
「「はっ」」
その一言だけで僕達の事を一切聞くとも無く、扉を開けるエルフ達。
それ、本当に大丈夫なんですか?
そんな僕の胸の内のさを読んだかの様に、此方を振り向いて疑問を解消してくれました。
「村を出る前に私が説明をしたし、ゴルゾフからも話があったのでしょう。まぁ、それが無くても私が連れてきた者を拒む事なんて無いわよ。ねぇ?」
「「はい!勿論です!」」
「ふふっ、良い子達ね」
成る程、お上には逆らえないんですね、お疲れ様です。
門番のエルフ達に同情を禁じ得ないが、それはそれとして、僕達は遂に目的の村へ入る事が出来ました。
もとを辿れば目的って蟻の巣の駆除ですが、そこはもう忘れましょう、えぇ。
「先ずは私の家に向かいましょう。エルフが住むのはこの南門から入った南区域よ。歩けば直ぐだから、休むのはもう少し我慢してね」
エルフの話から推察するに、この村の中にはエルフとドワーフ・ハルピュイア以外にも他の種族がいるみたいですね。
そして入り口となる門が東西南北に存在し、その門周辺が各種族の住居区になっていると。
そうなると中央はどうなるんですかね?
商業街や宿屋街…………はここでは必要無さそうですし。
そしてやはり、遠くから見えた見た目通り、明らかに村の規模では無さそうですね。
街……迄はいかずとも町の規模はありそうです。
外観は完全に要塞ですが、中は思ったよりも普通。
エルフが木の上に住んでいる訳でもありませんでした。
少しガッカリしたのは些細な事でしょう。
言われた通り、門から少し歩くと他よりも少し大きな家。
他の家は小屋に近い最低限な造りに対し、彼女に案内された家は―――
「うん、どう見ても二階建てログハウス。もしくはロッジですね」
向こうの世界のキャンプ場やお洒落なカフェでよく見る木造二階建てのログハウス。
それが彼女の住居みたいです。
特に見張りがいる訳でも無く、普通の扉が開かれ、中へ招かれました。
「何も無い所だけど良かったらゆっくりしてくれると嬉しいわ。ほら、そこの椅子に座って。今お茶の用意をするから」
入って直ぐのリビングダイニング?にあるダイニングテーブルに座る様勧められました。
その上お茶の準備もしてくれる様です。
「あ、あの!私、これでもメイドをしているのでよろしければお手伝いをさせて下さい!」
「メイド?異世界の御方、奴隷にメイドプレイをさせるなんてそんな趣味もあるの?」
「いや、元々本当のメイドさんとして僕に仕えてくれていたんですよ」
「あら、メイドに奴隷プレイをしたのね。そっちの趣味だなんて!」
「プレイから離れてもらえませんかね!?」
「えっと……あの…………」
「ふふっ。では可愛らしいメイドさん、お手伝いお願い出来る?」
「は、はいっ!」
そんなやり取りを経て、二人はキッチンがあると思われる奥の方へ消えていきました。
それにしてもあのエルフ、何か掴み所がありません。
お陰で調子を崩されている気がします。
それに、言葉の端々に見える奇妙な違和感。
彼女、もしかすると―――
そんな思考の渦に巻き込まれている内にお茶を持った二人が戻ってきました。
目の前に置かれたのは紅茶……でしょうか?それにしては香りが…………。
「ハーブティーはお嫌い?普通の紅茶もあるけど……」
「いえ、こんなお洒落な飲み物は初めてだったので……。折角なら此方をいただきます」
「えぇっと……こんな時は…………そうだわ。粗茶ですが」
「っ!?」
確信しました。
この人、他の異世界人……取り分け日本人を知っていますね。
勿論、この世界でもその言い回しが広められている、もしくは元々あった可能性も有りますがこの感じは…………。
「ふふっ。そんなに警戒しなくて良いわ。大丈夫、私はちゃんと貴方達を知っているわよ」
「…………やっぱりですか」
「??」
見透かされた……いえ、読まれたんですかね?
今彼女が言った「貴方達」は僕と話の意図が分からず小首を傾げているフィズさんの事では無く、僕含めた日本人の事でしょう。
「色々聞きたい事があるでしょうけど、先ずは身体を休めなさい。あの御方が助けてくれたとは言え、疲れたでしょう」
「あの御方…………あ」
「そう言えば、タケシ様を助けてくれたスライム様がいつの間にかいらっしゃらなくなっていますね」
フィズさんが言う通り、ハルピュイアとの戦闘中から姿も気配が有りませんでした。
被害を受けない様に隠れているだけかと思いましたが、どうやらそうでは無さそうです。
「本当に聞きたい事が沢山有りそうね。さっきも言ったけど、とりあえず今は眠りなさい」
「ふぇ…………眠く…………」
「え?フィズさん?しまっ―――」
僕とフィズさんがハーブティーに口を付けた直後、フィズさんは糸が切れた人形の様に机に突っ伏してしまいました。
お茶に睡眠薬の様な物が入っているのに気付き、急いで吐き出そうとしましたがその時には既に遅く、僕の瞼は自分の意思と関係無く閉じていき、そのまま意識を手放してしまいました。
「ふふっ。本当に、素直過ぎるわね…………」
最後にそんな言葉を聞きながら。
毒があまり効かない主人公すら一瞬で眠らせる睡眠薬。
現実にあれば色々ヤバそうですね。




