ゴーシィ、矛を収める〜異世界生活八十ニ日目⑤〜
「少し待ってもえるかしら?」
森中に響き渡っているんじゃないかと錯覚する様な声。
しかしながら、決して怒鳴っているでも無く、大声な訳でもありません。
その声はまるで澄んだ鈴の音の様でした。
そしてその声で僕の手はハルピュイアの息の根を止める寸での所で止まりました。
否、止められました。
気付けば木々から伸びる無数の蔦が僕の身体中に絡み付き、身動き一つ取れなくなっていました。
無理したら引き千切れますが―――
一瞬そう考えましたが、敵の正体もいつの間にこの蔦が絡み付いたかも分からない今、少しでも体力を温存する方を選択。
「来るならもっと早く来いってんだ!この馬鹿野郎がっ!」
ゴルゾフさんは村に向かって叫んでいるようです。
唯一動かせる首だけを動かしてその方向を見るとそこにいたのは一人の女性でした。
腰まである真っ直ぐな白に近い銀髪。
造り物と錯覚する程に整った顔立ち。
あちらの世界トップモデルが霞んで見える程のプロポーション。
そして一番特徴的な―――
「尖った長い耳…………。エルフ…………ですか?」
各作品で多少種族特性の違いはあるものの、それ等においても共通して描かれる特徴的な耳。
それがファンタジー作品においてドワーフと並ぶかそれ以上に登場するであろう種族、エルフ。
「森の賢者」とか「弓の名手」とか様々呼ばれていますが、この世界のエルフはどうなんでしょう?
因みに、「森の賢者」と自分で言っておいて、オランウータンを想思い出してしまいましたが、似てもにつきません。
「ゴルゾフ、そんな大きな声を出さなくても聞こえているわ。私だって色々忙しいのよ?君も知っているでしょ?」
「んな事ぁ分かってるがよ!こっちは危うく大惨事だったんだぞ!」
「だから急いで来たんじゃない」
仲が悪い…………様には見えません。
寧ろ、突っ掛かるゴルゾフさんをエルフがあしらってる感じです。
「とりあえず、ゴルゾフはその子を村まで連れて行って頂戴。私はその二人に用事があるから」
「…………変な気を起こすんじゃねぇぞ?」
「分かってるわよ。それとも私が信じられない?」
「ちっ…………」
ゴルゾフさんはエルフの指示に従い、ハルピュイアを優しく抱え、一足先に村に向かって行きました。
この場に残されたのは僕達二人とエルフのみ。
エルフはヒト嫌いで排他的に描かれる事が多いですが、果たしてこのエルフはどうなんでしょうか?
もしもの時の為に、僕はいつでもこの蔦を引き千切れる様に準備をして、彼女が此方へやってくるのを静かに待つ事にしました。
「初めまして、異世界の御方」
僕の目の前迄で歩みを止めて、此方をしっかりと見据えながら美しい笑みを携えながら挨拶をするエルフ。
「初めまして、エルフの御方」
笑顔で同じ様に言葉を返し、最大限警戒をしながら相手からの次の言葉を待ちます。
「そう警戒しなくて良いわ。貴方に危害を加えるつもりは無いから」
「僕に。って事は、後ろのフィズさんにはあると受け取っても?」
「それはその娘次第。ってところかしらね」
僕に対しては一切無い。
が、しかしフィズさんに対してはどちらの可能性もあると言う事ですか…………。
それならば強引にでもこの蔦を突破―――
「と言っても信じてもらえないでしょうし……。はい、どうぞ」
しようとしたら、あっさり拘束は解かれました。
信用を少しでも得る為に取った行動みたいなので、そんな直ぐにフィズさんに害を為す事はしないでしょうが、念の為彼女の近くへ移動しました。
「異世界の御方は余程その娘が大切なのね。妻?恋人?娘…………では無さそうだし」
「わ、私はゴーシィ様の奴隷です……。こうやって首輪もあります」
「首輪……。それ、ゴルゾフが造った物よね?でも隷属の契約はしていないみたいだけど……?」
「隷属の契約?」
「知らないの?契約も無しに奴隷なんてヒト族って不思議なのね」
ん?思ったより話し合いが出来そうですね?
ハルピュイアの事は一度置いておけば、無理にゴルゾフさんの住む村の人達と敵対するのは得策ではありませんし、話が通じるのであればそちらが良い。
「貴女はあのハルピュイアみたいにヒト族を恨んでは無いのですか?」
「恨んで無い……と言うと嘘になるけど。でも、その娘に対しては何の感情も抱いていないわ。勿論、ヒト族だから多少の嫌悪感はあるけど、自分の好き嫌いだけで周りを害するのは馬鹿のする事よ」
「…………遠回しに自分の仲間の事を馬鹿にしてません?」
「あの子は馬鹿だけど素直で可愛いもの」
「あぁ、そうですか……」
アレが可愛いとか中々にヤバい感性をお持ちの様ですね。
まぁ、見た目だけは可愛いと思いますけど…………。
「私達の村に住む者達は皆、ヒト族に思うところはあるわ。それでもヒト族と一番関わりの深いドワーフ……ゴルゾフが信用しているのであれば、少なくとも最低限信用出来る。そう私は思っているわ」
おっと、ゴルゾフさん様々じゃないですか。
後で、さっき失礼な事を言ったのを謝らないと…………。
「ただ、一部そうで無い者がいるのも確かよ。そこの貴女、絶対に異世界の御方から離れない様に。その御方の奴隷だとは私が責任を持って皆に周知させるけど、強制は出来ないから。自分の身は自分で守りなさい」
「は、はいっ!分かりました」
「…………そこ迄して、貴女にとって何の得があるんですか?」
上手い話には裏がある。
僕自身の過去の経験に加えて、古今東西、昔からそう相場が決まっています。
ヒト族を嫌悪する者達に「危害を加えるな」なんて無理な話を強制出来ずとも守らせようとするからには見返りを求められてもおかしくありません。
「得?そうね…………。強いて言うなら貴方よ」
エルフは僕を真っ直ぐ指差して、そう言い切りました。
これが異世界人パワーなんですかね?
満を持してエルフの登場です!




