ゴーシィ、己の矛盾を噛み締める〜異世界生活八十二日目④〜
前半は主人公の【最適化】された思考内容を表現する為、箇条書きの様な文になっております。
2024/11/08
一部文章と登場キャラの台詞を変更しました。
内容に齟齬はありません。
ご指摘ありがとうございます。
敵、変わらず枝に停滞中。
「コロスッ!」
奇声を発して枝から急降下並びに速度そのまま水平飛行へと移行。
先程と比べ、高度半分。
此方との衝突迄、残り零コンマ七秒。
左掌打を振り下ろし気味に敵の右頬へ向けてクロス気味に放つ。
敵、先程同様直角に(剛士から見て)左方向に回避後、更に直角に曲がりフィズの下へ向かおうとする。
放った左手と右手を体軸に引き寄せ、左脚を軸に右脚を折り畳みつつ右へ九十度旋回。
それとほぼ同時に上体を下げ地に手を着き、その反動を利用して下体を上げてそのまま畳んだ右脚を九十度旋回して背側にいた敵に向かって穿つ様に蹴り出す。
狙うは敵脇腹。
当てるは踵。
―――ヒット。
右脚が伸び切る直前に当たり、そのまま更に捩じ込み、踏み抜く様に脚を伸ばす。
敵、元々の自分の速度に加え、横からの強い衝撃により、(ハルピュイアから見て)直進出来ず。
右五十二度の方向にある太い木の幹に頭から衝突。
そのまま重力に従って落下。
残心を残しつつ、敵の状態を確認。
敵、戦闘不能と判断。
《傀儡遊戯》解除―――
「…………ふぅ」
《傀儡遊戯》を解除して、思考が少しずつ、いつも通りに戻り始めました。
解除した瞬間、人間の限界を超える超反射と最適化による強引な挙動のせいで全身が酷い肉離れみたいな激痛ですが、今はそうも言っていられません。
普通、あの勢いで脇腹を蹴り抜かれ、元の速度をあまり落とさないままああやって木の幹に衝突したら死亡しているでしょう。
まぁ仮に生きていたとしても、これ以上の戦闘は不可能だと思いますが…………。
「曲がりなりにも伝説上の生物ですし、きっちりとトドメはしておかなければいけませんね」
僕は迷う事無くハルピュイアの下へ。
よく見ればハルピュイアは立ち上がろうと藻掻いていますが、無理でしょう。
体勢が崩れて無理矢理に出した様に見える蹴りはその実、れっきとした技。
それは【躰道】と呼ばれる武道の技の一つ【海老蹴り】。
勿論、僕は躰道の道を極めている訳では無いので全く同じとは言い難いが、型としてはほぼそれに近い蹴りを放ちました。
それを相手脇腹に突き刺しました。
肋骨は正面からの衝撃には強いですが反面、側面からの衝撃には幾分か弱く折れやすい傾向があります。
本来、肺や心臓等の重要な臓器を守る盾の筈が、自身が砕ける事で逆に守るべき臓器を傷付ける剣になりうる。
今回狙ったのは正にそれでした。
肋骨を砕き、そのまま押し込んで肺に突き刺し、上手くいけば心臓迄到達させ、即死させる。
まだ動いているのを見るに残念ながら即死とはいきませんでしたが、それでも充分でしょう。
実際、起き上がろうと力を入れる度に苦悶の表情が見え、口から少なくない量の吐血をしていますから、確実に肺を突き破っているみたいですし。
それ以外にも頭部や顔面の一部からは出血が多く見られます。
このまま待っていればその内息絶えるでしょう。
しかし、少しのリスクも残したくありません。
最大限警戒をしつつ、息の根を止めるべく歩みを進めていきます。
多分、今の僕の表情は無。
ある程度、元の状態に戻りつつあるも、沸騰しそうな怒りを飲み込み最適化した事で、何の感情も湧いてきません。
ただ、目標を殺す。
これに全てが集約されています。
「ま……待ってくれ、ゴーシィ!コイツは仲間なんだ!」
標的の下迄あと少しの所でゴルゾフさんが間に割って入ってきました。
ゴルゾフさんからしたら村の仲間、見殺しにする訳にはいかないでしょう。
…………まぁ、僕には関係ありませんが。
「どいて下さい、ゴルゾフさん。ソレは明確な殺意を持って僕とフィズさんに襲い掛かってきました。そして、百歩譲って僕ならまだしも、フィズさんを傷付けました。貴方には申し訳ありませんが、許す気は毛頭ありません」
「話を聴け!こいつ等はヒト族に仲間を沢山殺されてきた!剥製にする為に、美しい羽が欲しいが為に。ヒト族を恨むキチンとした理由がある!だからしょうがねぇんだ!」
ゴルゾフさんが必死に話すハルピュイアが今迄受けてきたヒト族からの被害。
確かに、ヒト族を恨むのに充分過ぎる理由になるでしょう。
だが、しかし―――
「ハルピュイアがヒト族を恨む理由は分かりました」
「じゃ、じゃあ―――」
「それでも、フィズさんを傷付けて良い理由にはなりませんよね?彼女がハルピュイアに何をしました?彼女が一度でもハルピュイアに害を為しましたか?」
僕の口から出た言葉にゴルゾフさんは押し黙りました。
だってその通りの、正に正論だから。
自分が此れ迄やってきた事と真逆の理論。
三流の暗殺者として僕がやってきたのは、一が悪いのであれば十全てを滅ぼす。
でも、今僕が振り翳している理論は、一が悪くても十全てが悪い訳では無いと言っている。
あぁ、僕は何て愚かな道化なんでしょう。
自分のやる事は正当化するくせに、他人がそうしようとすれば必死に抗う。
そんな矛盾した考えを持つ、矛盾の象徴みたいな自分の存在が可笑しくて、つい笑いが溢れました。
ゴルゾフさんからすればその笑みの意味が分からず、殺しの前に笑うサイコパスにしか見えないでしょうね。
「もう一度だけ言います。僕はフィズさんを傷付けたそのハルピュイアを許す気はありません。直ぐにそこをどいて下さい」
「…………もし、どかねぇと言ったら?」
「そうですか…………。それならそれで…………特に問題ありません」
僕は地面を蹴り、一瞬で最高速へ。
先程迄のハルピュイアの動き更に最適化し、最低限の動きで彼の横をすり抜け、立ち上がれないハルピュイアの心臓目掛けて貫手を放ちました。
「待っ―――」
一拍子遅れて反応したゴルゾフさんは必死に僕の背に声を掛けますが、もう遅い。
「少し待ってくれるかしら?」
貫手がハルピュイアの背に触れるか否かの瞬間、鈴の音の様に凛とした声が森に響き渡り、僕はその手を止める事になりました。
躰道を改めて調べてみたら、歴史だけ見れば思ったよりも新しい武道なんですね。




