ゴーシィ、手厚い歓迎を受ける〜異世界生活八十二日目②〜
ゴルゾフさん曰く村。
しかし、微かに見える一部からして村と呼ぶにはあまりに立派な石造りの郭壁。
高さは目測で大体三m程(マンション二階の床が大体其れ位)ではあるが、中々頑強そうでした。
「……おい。おめぇ、何笑ってるんだ?」
おっと、いけない。
つい、あれ程厳重に守られている所を見るとまず最初に「どうやってあれを突破するか?」を考えてしまいしました。
ほら、お城の武者返しとかを見てどうや攻略するか考えたりしません?
え?普通はしない?
そうですか…………。
それを正直に伝えると「勘弁してくれよ……」と呆れられました。
あれ?僕、そんなに常識ありません?おかしいな…………。
兎も角、あれ程の建造物があるのであれば、森の魔獣達への対策がしっかりと施された比較的安全な場所なんでしょう。
更に近付くと周りに掘りがあるのも見えてきましたし。
「ゴルゾフ?もう帰ってきたの?早かったの?」
突如空から降ってくる声。
一応木の上迄警戒していたつもりでしたが、地上に出た事で気が緩んでいたのでしょうか?
腰の剣に手を掛けつつ、辺りを見渡しますが…………何もいない?
「ゴーシィ、心配せんで良い、奴は儂等の仲間だ。思ったよりも早く予定の量が取れたからな、帰ってきたぞ!」
前半は僕達、後半は姿が見えない声の主のそれぞれに話し掛け、それぞれの疑問を解消しようと心掛けているゴルゾフさん。
「そうだったの。ところで…………何なの?それ…………」
今度は空から言葉と共に猛烈な敵意が降ってきました。
いや、敵意なんて生温いものじゃありません。
これは明確な殺意。
全てを語らずとも「僕とフィズさんを殺す」と言う意思の表れ。
「早とちりするんじゃねぇ!こいつ等は儂の客、この男は異世界人、嬢ちゃんはその奴隷だ!」
「異世界人?そんなの簡単に信じられないの。仮に其奴が異世界人だとしても、ヒト族の女は違うの。だったら…………コロス」
「おいっ!やめ―――」
ゴルゾフさんが言い切るより早く、真上の木々の葉が揺れたと思えば声の主は一瞬で僕達との距離を詰め、その鉤爪を携えた脚でフィズさんを切り裂かんとしました。
僕は咄嗟にフィズさんの前に躍り出て、間に剣を滑り込ませてそれを防ぎます。
「ジャマヲ、スルナ。イセカイジンデモ、ジャマスルナラ、コロス」
凄まじい力で剣が引っ張られて、比較的に重い筈の僕の体が地面を離れました。
「このままでは拙い」と、剣から手を離せば、そのまま剣が持っていかれました。
声の主は僕から奪った剣を一足では届かないであろう距離に投げ捨て、近くにあった木の枝に留まり、こちらを見下ろしてきます。
「ハルピュイア…………ですかね…………」
【ハルピュイア】。
様々な媒体で一般的に呼ばれる、有名な名前で言うのであれば【ハーピー】でしょう。
ギリシア神話において、女性の頭と上半身を持ち、手脚は鳥類の特徴を持った伝説上の生物。
翼を持った女性として描かれる作品もありますが、こちらではより鳥類に近いみたいです。
そんな空想上の存在が目の前に現れ、僕達に襲い掛かってきました。
…………言ってみればゴブリンもオークもスライムもドワーフもそうなんですけどね。
咄嗟の事でつい武器を向けそうになりましたが、言葉が通じる以上、対話も可能―――
「ヒトゾクノオンナ、コロス!」
うん、少なくとも今は無理そう。
先程からゴルゾフさんが呼び掛けてくれてはいますが、どうやら効果が無い様子。
そうなれば少々手荒になりますが、ショック療法といくしか無さそうですね。
「オマエラ、コロス!」
「それしか言えないんですか!知的生命体のくせに!」
枝から落ちる様に急降下、そこから九十度角度を変えて一直線に僕の下へ向かってくるハルピュイア。
それに対して僕はカウンターを取るべく左の掌底を相手の進行方向に突き出し―――
「っ!?」
僕の攻撃が当たる直前、そのスレスレでハルピュイアは直角に曲がり、僕と僕の掌打を避け、背後にいたフィズさんの方へ。
「フィズっ!しゃがめっ!」
僕の声が先に届いたのか、相手の鉤爪の一撃を間一髪しゃがんで避けたフィズさんでしたが、その風圧で少し吹き飛ばされ地面に倒れ込んでしまいました。
「チッ……」
ハルピュイアは軽く舌打ちをして先程同様に急上昇して別の木の枝に。
その隙にフィズさんの下へ向かい、倒れた彼女を抱き起こして意識があるかを確認。
「フィズさん、大丈夫ですか?」
「ゴーシィ様、ありがとうございます。お陰で何とか避ける事が……っつぅ…………」
「無理しないで下さ―――えっ?」
自力で起き上がろうとするフィズさんを支えようと、頭に添えた手から伝わる生温かい、ヌルッとした感触。
木の幹に凭れ掛からせ、その手を見ると血が付いており、改めて彼女を見れば鉤爪が避けきれなかったのか、はたまた吹き飛ばされた際に打ってしまったのかは分からないが、頭部から血が出ており、それが頬を伝って流れていました。
「フィズさん…………」
「私は大丈夫です。これは掠り傷ですので、問題ありませんから」
傷や地面に打ち付けられた体は痛い筈。
それなのにも関わらず、僕を心配させまいと笑顔をつくるフィズさん。
そんなフィズさんに、力任せに引き千切った服の袖を使って傷口に当てて止血を施す。
「しっかり押さえていて下さい。後でちゃんと清潔な布で処置しますから。出来れば目を瞑って、待っていて下さい」
「ご…………タケシ…………様?一体…………?」
彼女の問いには答えず、背を向けました。
こんな表情を、これからの僕の姿を、彼女にはあまり見られたくありませんから。
ゴルゾフさんの仲間だろうが、伝説の生き物だろうが関係ありません。
この世界に来て、最初に優しくしてくれた人。
この世界で唯一大切だと思える人。
そんな人を傷付けたハルピュイアを。
僕の大切な人を傷付けたアレを。
僕は許せそうにありません。
今から僕はアレを―――
殺す。
最初に優しくしてくれたのはスライムだとか、人だとクラリスじゃないかとか、その周りの人じゃないとか、野暮な事は言うもんじゃありませんぜ、旦那。
…………って言うのは冗談で、「損得勘定抜きで主人公に好意を寄せてくれたのはフィズが初めてだから」って意味です。
スライムは…………まぁ人じゃありませんから。
人の心の内が読める……迄はいかずともある程度察せられる主人公だからこその想いですね。
ある程度区切りの良い所で、屋敷での主人公とフィズの関わりを彼女視点で書きたいと思っています。




