剛士、絶望と希望を味わう〜異世界生活五日目〜
冒頭と最後に少し汚い話をしますので、苦手な方は最初の大きな区切りまでは読み飛ばして下さい。
因みにブラックマンバは世界一危険な蛇と呼ばれています。
皆様、おはようございます。
本日も快晴(木々の隙間から見えた空を判断した限り)です。
この世界、雨はそんなにふらないんですかね?
今のところ、そんな気配無いですが、運が良いだけでしょうか?
そんな運の良い僕は今、誰もいないであろう森の中で、腹痛に耐えかねて、かれこれ1時間程ずっと下から濁流を放っています。
昨日の桃みたいな果実が駄目だったんでしょうか?
これが所謂『うん(の出が)良い』ってか?
…………って、全然良くない。
一向に収まる気配無いし、出るもの出ても腹痛治まらないし。
安全も何も無い、医療が発達しているのか、そもそも人気が一切無い場所でこんな事になったら、手の施し様が無い。
とにかく、自分のせいですが、辺りに中々に芳しい香りが漂っているので、痛むお腹を抑えつつ、移動を開始しました。
あれから移動しながら更に1時間、何とか離れた場所に辿り着いたは良いものの、未だに痛みは引く事無く僕を襲い続けています。
「今日はこれ以上の移動は難しそうですね……。とりあえず水だけは用意して、早めに休みましょう」
そう考えたは良いが、火を熾す力も気力も無い。
生水を飲めば悪化する未来しか見えないので、八方塞がり。
「とりあえず、まだ余裕が有る内に木の上に退避しましょ―――」
まだ少し離れた所だが、動物が動く音が聞こえた。
拙い、今襲われたら返り討ちに出来る自信が無い。
早く木の上に登らなければ…………。
そんな希望を打ち砕く様に、ソレは目の前に現れました。
「あぁ〜……。これは木に登っても意味無いですね…………」
目の前に居るのは、アナコンダに似た黒い体表の大蛇。
アナコンダは体長9mが最大と言われておりそれに近しいと思われるが、それ以上にその胴回りの太さが異質だった。
30cm程言われるアナコンダの三倍近い太さがあり、パット見は蛇と言うより、殆ど手足の無い恐竜に等しい。
「僕と殆ど変わらない太さに世界最大級のサイズを持つ蛇ですか…………。その大きさなんだからブラックマンバみたいに毒なんて持って無い…………ですよね?」
体調が万全でも戦えば苦戦は必至、逃げ切れるか否かの相手だ。
巨大な蛇は基本的に毒を持っておらず、その巨体で獲物を締め付け、息絶えたところを頭から丸呑みにする。
しかし、ここは異世界。
巨大な上、毒を持っていても不思議では無い。
全身に危険を告げるシグナルが鳴り響く。
にも関わらず、腹痛も相まって一歩も動く事が出来ない。
正に蛇に睨まれた蛙ですね。
ゆっくりと、獲物を見定める様に舌をチロチロと出しながら、その巨体で僕を囲む様に移動する。
片手で手斧を構えつつ反撃の姿勢を見せるが、片手はお腹を抑えたまま。
相手も何の興味も感じていないのか、ジワジワと包囲を完了させようとしている。
(動くなら一瞬。好機を逃すな。)
徐々に周囲を囲む胴体の範囲が狭まってくる。
僕の背後で一度ピタリと動きが止まり、少し間をおいて今までとは比較にならない速度で大蛇口を大きく開いて動き出す。
(ここだっ!)
迫りくる牙を間一髪躱し、そのまま大きく二歩三歩とバックステップをし、距離を取る。
とりあえずこれで奴の体の範囲からは抜け出しましたが、それでも何も好転していない状況。
「最初に締め付けるでは無く、噛み付こうとしていたと言う事は、やはり毒持ちですかね…………」
致死性の毒なのか、麻痺毒なのかは判断出来ないが、少なくとも安全では無いだろう。
そもそもあの巨大に備わった牙、噛まれるだけでも腕の一本や二本、簡単に食い千切られる。
どちらにせよ、噛まれたら終わりですね。
最初に対峙した時と同様の距離。
しかし、最初に対峙した時と比べ物にならない緊張が辺りを支配しています。
あちら側としては『弱っている筈なのに、こいつすばしっこいな』と言うところでしょうか?
流石に人間以外の気持ちは読み切れませんので確証はありませんが、少なくとも最初の『手頃な獲物』から『少し手の掛かる獲物』にはなったと思われます。
そのまま面倒だから帰ってくれても良いんですが、そう思った通りにはいかなさそうです。
今ある武器は石のナイフ・石の手斧・簡易パチンコの三種類。
こんな事なら、面倒くさがらずちゃんと槍を作り直すべきでした…………。
後悔先に立たず。とは正にこの事ですね。
焦れた大蛇が特有の威嚇音を発し、大きく口を開きます。
『大人しく食われろ』と。
「申し訳ありませんが、そう大人しく食われるつもりはありません……よっ!」
瞬時に全身の脱力をしてしゃがみ込み、手頃な石を幾つか拾って伸び上がる反動で転身して一気に距離を取る為に走り出しました。
一瞬の事に反応が遅れた大蛇だったが、直ぐ様気を取り直して僕を追ってきます。
パチンコに石を番えながら、振り返って大きく後ろに飛ぶ。
走行中に狙いを付けるのが困難な場合、敢えて跳ぶ事で飛び始めと着地間際以外、空中で姿勢が安定する時間があるので、その僅かな時間を利用して体勢を整えて石の礫を放つ。
着地と同時にまた転身して、距離をなるべく取り、幾度が繰り返していく内にその一発大蛇の目を直撃しました。
元々蛇の視力はそこまでとは言え、突然片方の視界を奪われたのであれば多少動揺をするのは必然。
動きが止まっているうちに、更に速度を上げて振り切ります。
振動で腹痛の激しさが増すのと、何かが漏れそなのは気合で我慢です。
体力の温存等は一切考えず、迷子にだけはならない様に小川に沿って全力で駆け抜けました。
三十分程走り続けたでしょうか?
全力とは言え、万全でも無く道無き道なので、時速8km/hが関の山でしょう。
今日は進めない筈だった予定が、思ったよりも進む事が出来ました。
そんな今日の僕はやはり運が良いようです。
息も絶え絶えで、走り抜けた先には森では無く、眼前に広がる大きな湖でした。
こっちに来て初めて広がるの森以外の光景。
尚、今の僕にはそんな感動を噛み締める余裕は一切無く、湖の畔から少し離れた所で、濁流を垂れ流すのでした。
腹痛で弱っている辺り、主人公感は薄いですね。
でも実際、凄まじい腹痛の最中にトラブルが起これば冷静に対応出来る気がしない。
※時速に関しては平地の平均や山道の速度を踏まえた上、剛士の謎の身体能力の高さを含んだ算出です。
ただ、あくまでこの物語はフィクションです!