ゴーシィ、万策尽きる〜異世界生活七十九日目③〜
それは突然襲ってきました。
徐々に体が重く感じる様になってきて、息をするのも少し辛い。
「こんなに早く《童ノ戯レ》の効果が切れ始めるなんて…………いや、それもそうですよね」
狼達と戦っていた時は一晩保った後、自主的に終わらせた事で眠りに就きましたが、今回は勝手に切れ始めました。
本来は丸一日以上動き回れる筈なのですが、既に許容量を越えてしまっているのでしょう。
それに加えてあの時よりも遥かにタフな戦いなので、それも相俟って余計に。
「それでも……ここまでで半日は稼げた筈……。あと少し、体が動く限り時間を稼げば…………」
二人が追い付かれる可能性はほぼ無いだろう。
そう言いかけましたが、時折見せる尋常ならざるブラッドスライムの動き、あの速度で動き続けられるのであればそうは言い切れません。
そうなると更に、出来るだけ時間を稼がなければいけません。
「そうなると……折角造ってもらいましたがこの重いウォーハンマーは使えませんね…………。剣一本で何処まで凌げるでしょうか…………」
鈍重な獲物を力を振り絞って迫るスライムに、その目的以外のスライムも散り散りにさせながら投げ捨てました。
そして、残った剣を正眼に構えてスライム達に切っ先を向けます。
ここからは剣術を使った必要最小限の動きで敵を斬り続ける。
先程迄暴れ回っていた事で、スライム達の半数以上は幾らかの破片に分裂しており、再度同じサイズに戻る為に動いていました。
数が少なくなったのなら、剣一本で対応が追い付きそうなのでそう選択しました。
「やっぱり刀風のエストックじゃなくて刀がしっくり来るんですけどねぇ…………」
無い物ねだりをしても意味が無いと分かっていてもそう思いたくなりますね。
邪念を振り払い、向かってくる敵に集中しましょう。
無明流は基本的に暗殺を主としていました。
しかし、時には武器や徒手空拳を用いての直接的な戦闘をする機会も少なくありません。
僕が得意としていた獲物は刀。
力をあまり使わず相手を斬る事が出来るので、多人数と長時間交戦していても任務に支障が出難かったからです。
勿論、刀は刃筋が綺麗に立って無いと直ぐに刃毀れはするし、血糊で切れ味がドンドン落ちていくので長脇差を数本、予備にナイフも用意していましたが……。
そんな無明流の剣術や武術の骨子は
【一撃で敵を倒す】
では無く、
【三歩で敵を制す】
でした。
三歩と聞くと二天一流を思い浮かべるかもしれませんが、それとは違います。
どちらかと言えば中国武術の一つにある無手対武器を想定した武術においての考え方でした。
一歩、敵の攻撃を避け懐へ潜る
二歩、敵の急所を突き、制す
三歩、残心を残し、姿勢を正す
そうする事で最低限の動きで敵を制して、流れる様に次々と斬り伏せられる。
その為、剣術を習う際にまず伝授されるのは特殊な足捌きでした。
避ける際・接近する際・ 再び構える際のそれぞれの足捌きを数百通り、体に覚え込ませ、見て考えて動くより前に相手の動きを読んで勝手に体が動く迄、刀を握る事は許されません。
人によってはそれだけで十年近く掛かる者もいる程、重要視されています。
有り難い事に、僕とその考え方と動きは相性が良かったのか僅か一年で完璧に修得、その後は更にそれを高め続けて来ました。
その結果が―――
「……やはりほんの僅かですがズレますね」
体に馴染む戦い方により疲労の蓄積を殆ど感じさせず、効率良くスライム達を分割させていく事が出来ました。
最初からこうすれば良かった。とそうも考えましたが、あの数と慣れて無い不定形な敵とその動き、先読みも何も無いので、やはり最初は見て避け、力任せに武器を振り回して敵を減らすのが最善でしょう。
今の僕は三歩では無く二歩。
本来の一歩目と二歩目を同じ動きで熟し、三歩目で残心を残す。
それにより、より効率良く、最小限の動きと労力で敵を制する事が可能となりました。
更に疲労の蓄積で力を入れる余裕が無く、逆に無駄な力みを生まずに済んでいる事でより動きが洗練されています。
しかし、ブラッドスライムの動きと扱う武器の違いによる挙動のズレにより、動きに反して一体一体を処理が誤差の範囲とは言え、いつもより時間が掛かってしまっています。
数がそう多くなければその誤差は考えずに済みますが、それが終わりが分からない程の数となるとそれは最早誤差と呼べる範囲では無くなります。
そして、その積み重なった誤差が致命的な隙を作り出してしまうのは明白でした。
「しまっ―――」
たった一歩、ほんの数cmのズレ。
そのズレにより、次の動きへの繋ぎが途切れ、一秒あるか無いかの隙が生じました。
その隙を突かれ、スライムを釣る為に作った左腕の切り傷への接触を許してしまいます。
その直後、全身から一気に力が抜ける感覚。
急いで腕のブラッドスライムを振り払いますが、少しずつ身体が重くなっていく感覚は変わりません。
「《童ノ戯レ》が完全に切れ始めましたか……。それに…………かなりの血を吸われてしまった様ですね…………」
大きな隙を狙ってくるスライム達をまた斬り始めましたが、重い体に右腕一本で無理矢理剣を振るっている内に段々と剣速が鈍り、動きが遅くなっていきます。
左腕にチクチクと痛みがあるのは小さいスライムが残って齧り付いているからだと思いますが、取り除くどころか確認する余裕も無く、どうしようもありません。
そしてとうとう動かなくなった、これだけ動いていたのにも関わらず血が少なくなり寒気を感じ始めた体…………。
「これは……もう限界ですね…………」
剣を杖代わりに何とか立ち上がっていますが、もう一歩も動ける自信がありません。
ブラッドスライム達は獲物が事切れるのを待っているのか、誰が獲物を得るかの牽制をしているのか、体が完全元に戻るのを待っているのか、何にしろこちらを囲み始めはしますが、襲い掛かってくる気配はありません。
意識を保つのがやっとになってきて「二人は大丈夫なのか?」と、見える筈も無いのに後ろを振り返りました。
見えたのは二人の姿どころか、ブラッドスライムとは別種、大きさも勝るとも劣らないスライムの姿。
口を開くのも億劫に感じた僕は「四面楚歌どころの話じゃないな」と考えながら、意識は深い闇の中に沈んでいってしまいました…………。
二天一流は有名な新選組の沖田総司の使っていた剣術ですね。
中国武術に関しては、何処かで見た気がする。程度なので、間違っていたらすみません。
そして、今話でこの章の本編は終了になります。
今回、章のタイトルにサバイバルと付いていながら、サバイバル感は無かった気がしますが気にしたら負けです。
この後、番外編を挟んだ後に新章へ移ります。




