ゴーシィ、スライムの秘密を知る〜異世界生活七十九日目②〜
久々の戦闘描写。
最初に僕はその場から離れました。
勿論、敵が迫っている方へ。
その最中、相手の意識をこちらへ向ける為に左手をほんの少し、動きに支障が出ない程度に傷付けて血を流す事を忘れません。
もしあそこで戦えば無事な荷車も壊れてしまう可能性がありましたから。
折角ゴルゾフさんが体を張って集めた鉱石……もといインゴット達、それを無駄にする訳にはいきません。
「カッコつけたは良いものの……正直今にも逃げ出したいし、この気持ち悪さで吐きそう…………」
進むにつれて悪寒はどんどん強くなり、吐きたいし逃げたいし泣きたいし漏らしそう…………。
「はぁ……情けないですね、僕は…………」
つい口から漏れてしまいます。
「それでも、せめてフィズさんの前だけでは漢らしくいたいんですよ…………。ねぇ、お相手さん?」
届いているか、届いていたとしても理解出来ているか分からないですが、何となく声を掛けてみました。
僕の前方約百m先に見えるブラッドスライム。
視力は良いほうですが普通、視界は保てる程度の薄暗い空間でバスケットボールサイズのものが百m先にあっても見える筈無い。
つまり、それがハッキリと視認出来ると言う事は―――
「……本当に、嫌になりますね」
蠢くブラッドスライム達。
しかし、その大きさは前回の個体とは全く違いました。
目算では一体一体がミニバンサイズ。
そしてそのブラッドスライム自体は群体生物。
あのサイズ迄なるのにどれ程の数が集まっているか分かりません。
更にあの数になれば天文学的数字になるんじゃ無いでしょうか?
「モノは試しですね。とりあえず……よいしょっ!」
降ろした背嚢から飛び出したランタン用の油入りの瓶を数本、近付いてくるスライム達の目前に投げつけ、飛び散ったのを確認してから火打ち石をなるべく速い速度で油溜まりの地面に叩き付ける様に投げました。
ぶつかった事で火花が散り、そこから一気に燃え上がります。
「魔法とかだと〈ファイアーウォール〉ってところですかね?これで少しでも足が鈍れば…………はい?」
言葉が最後迄出ませんでした。
何故ならスライム達はそのまま炎の壁に突っ込…………んだりせず、川の中や壁・天井を使ってそれを迂回するように進んできました。
「反則じゃないですか?それは…………」
残りは五十m、半分の距離迄近付いた時、一体のスライムの動きが変わりました。
今迄見た事が無い程の加速。
速く動いていると言うよりは柔軟性のある体を活かして大きく縦長に広がった後、後方を引き寄せています。
そしてその反動でまた前方に大きく広がる、それの繰り返しで凄い速度で迫ってきました。
火攻めが意味を成していない今、僕が取れる行動は一つでした。
僕を捕食(正確には僕の血を捕食)する為に大きく広がって飛び掛かってくるブラッドスライム。
それを後方へ飛び退き回避をしつつ、抜き放った剣で相手の一部を一定の大きさに斬り離します。
そして、切り離された部分に目掛けて背に携えていたウォーハンマーを一閃。
群体だろうが関係無く叩き潰していきます。
ただ、それの繰り返し。
そう、一定の大きさとはウォーハンマーの鎚の面積の一回り小さめのサイズ。
一撃で斬り飛ばしたスライムの一部を叩き潰す為の大きさです。
一体なら簡単ですが、追い付いてきた他のスライム達が四方八方から迫ってきており、一筋縄ではいきません。
避けるだけの時もあれば、避けて斬ったとしても妨害のせいでその部分を叩く事も出来ずにまた元に戻ってしまったり。
予想通り、時間稼ぎになるかすら怪しい中ある事に気が付きました。
「一度離れても下に戻るけど、体の一部を自ら分裂したりはしてないですね……。それに切り離した部位が個別に行動はせず、戻る事に注力してる…………」
スライムの特性なのか、ブラッドスライム独自のものこは分かりませんが、どの個体を見てもその傾向がありました。
僕の知るスライムと言えば、斬れば斬る程分裂を続け、一体を相手にしているつもりがいつの間にか数百の数を相手にする。
そんなイメージでしたが違ったのでしょうか?
以前森の中のダンジョンで出会ったスライムを攻撃した時も飛び散った一部は多少動いていましたが、別の個体として動き出す事はありませんでした。
まぁ、あの時はそれ以上確認していないので確かな事は言えませんが…………。
しかし、もしそれが正しければ時間を稼げれば良いこの状況では無理に潰す必要は無くなります。
寧ろ剣で斬って、ウォーハンマーで薙いで、体を散り散りにさせ、なるべく行動を阻害する方が良いかもしれません。
それが分かれば話は変わります。
「さぁ、ここからは根比べです。この世界に来てまた一対大多数の戦い。継戦能力重視でいきますよ……。《童ノ戯レ》」
こめかみをトンと叩いて発動させ、後はひたすら武器を振り回すだけ。
寄ってきた個体を剣で斬り、後ろに迫る個体をウォーハンマーまで薙ぎ、複数に囲まれたら技等関係無く武器を振り回す。
そんな武術もへったくれも無い、文字通り子どもが遊んでいる様な戦い方で少しでも相手の動きを制限し、二人が地上へ逃げる時間を稼ぎ続ける。
それが今の僕に出来る精一杯でした。
それでも、多勢に無勢。
幾ら攻略法を見付けても体力の限界が先に来るのは僕。
そしてそれはその日の夜、地上では太陽が沈み月が顔を出したそんな頃、唐突に訪れました。
群体って脳がいっぱいあるのによく考えが纏まりますよね。
まぁ、知る限りの群体生物は一匹一匹に脳が無いんですけども。




