ゴーシィ、備えがあっても憂いしか無い〜異世界生活七十九日目〜
次の日の朝……とは言っても日差しが差し込んだりはしないので、あくまで大凡の時間ですが、幾度も地中に潜っているゴルゾフさんが言うのでほぼ間違い無いでしょう、僕達は軽めの朝食を取って直ぐに出発する事になりました。
彼曰く残りの道はひたすら川沿いを歩くだけの一本道で、途中少しだけ横穴があるらしいが、それもそこ迄深くないみたいですし迷う事は無いでしょう。
「何かほんの少しですけど空気が変わりましたね、ゴーシィ様」
「そうですね。多分、この辺りまでは外気が入ってきているんでしょう」
「そうだ、此処からは登り坂が増える。気合入れろよ」
ゴルゾフさんの言う通り登り坂が増え、時折「ゲレンデかよ!」とツッコミたくなる様な急な斜面もありました。
多分、本来小さな崖だった部分を荷車で上り下り出来る様に削ったんだと思います。
なんせ、他と比べると明らかに滑らかですから。
そんなある種の強敵と何回か遭遇した辺りで休憩を挟み、その間少し戻って索敵をしますが、今のところ何の気配もありません。
「あの炎で「分が悪いかも」と諦めたんですかね……?それにしたってあまりに静か過ぎる……」
昨日、ゴルゾフさんが「こんなに生き物と遭遇しないのは珍しい」と零していたのを聞いていました。
運が良いだけならそれで問題ありませんが、それ以外の可能性もあります。
他の生物が寄り付かない、もしくは僕達まで辿り着けない。
どちらの場合でも最悪を想定するべきでしょう。
だって、それ程の強者が存在するんですから…………。
そんな不安を無理矢理飲み込み、僕はもう一度だけ後ろを振り返り、二人の下へと戻る事にしました。
そして、その最悪の想定は現実となりました。
そよ風が強風に、そして暴風へと移り変わる瞬間です。
休憩場所を出発して数分、僕は悍ましい気配を感じて思わず嘔吐いてしまいました。
「大丈夫ですか、ゴーシィ様!」
「だ、大丈夫です……」
「おいおい、どうした?一度休憩するか?」
「いえ、寧ろ逆です……。速度を上げましょう」
「あぁ゙!?そうなると…………来るのか?」
「はい…………。それも昨日とは比べ物にならない何かが……」
「おいおい、冗談じゃねぇ……」
僕が足止めをする……いや、そんな事が出来るんでしょうか?
頭の中に警鐘が鳴り響いている感覚、こんな事こちらに来てからは有りませんでした。
数?質?
どちらか分かりませんが、今までで一番危険な相手が背後に迫っています。
どうする……どうすれば…………。
「…………逃げますよ、ゴーシィ様」
「え?」
「だって顔に書いてあります。「どうすれば二人を逃がせるだろう?」って。それってつまり、自分が足止め、もしくは囮になるつもりですよね?」
「…………」
「無言は肯定と捉えます。そんな事は駄目です、許しません」
「しかし……」
「しかしも案山子ももやしもありません。良いから早く逃るんですよ!」
悩んでいる僕を無視しながら荷車を後ろから押すフィズさん。
ゴルゾフさんは何も言わず、ただ僕達の話を聞きながら速度を上げ始めていました。
結局考えが纏まらないまま進み続けて、大体二時間程。
やはり敵の動きは速くないらしく、付かず離れずの距離を維持されていそうです。
ただ、それも僕達がこの速度を保ち続けられればの話。
相手が速くないとは言え、僕達は限界数歩手前の速度で動いています。
徐々に速度も落ち始めており、追い付かれるのも時間の問題です。
そして、こんな時に限って悪い事が続きます。
「うおぉっ!?」
「ゴルゾフ様!?」
「ゴルゾフさん!?大丈夫ですか?」
ゴルゾフさんが引いている荷車の二台目、後ろに繋がっている側の右前の車輪が割れてしまいました。
しかも速度が出ていたのでその勢いのままバランスを崩して荷車の右半分が川に投げ出されてしまいます。
重量があるので流されずに済みましたが、引き揚げるのは時間が掛かるし、車輪を直すか造るのにも―――
「ゴルゾフさん、今の衝撃で何処か痛めていませんか?」
「……あぁ、右手首がやられた。急に重さが掛かったからな。多分だが今は鎚も振れねぇ……」
つまり、荷車を引くのは難しそうと言う事。
しかも、前の荷車は道を塞ぐ様になっているので必然的に僕の引くものも通れません。
「…………しょうがねぇ、荷物は全部置いていくぞ。命には変えられねぇからな」
そう言って歩き出そうとするゴルゾフさんでしたが、その足取りに違和感…………そう、右手首を痛めたとは言いましたが、その時踏ん張ったせいで右脚も痛めていました。
隠そうとはしていますが、それまでの動きとの差がハッキリと現れており、隠しようがありませんでした。
「…………フィズさん、ゴルゾフさんを支えて出口に向かってください」
「分かりました。でも、ゴーシィ様は…………?」
「このままだといずれ追い付かれる。だったら僕が残って足止めをします」
「駄目です!さっきも言ったじゃないですか、逃げましょうって!」
先程は考えが纏まらず、フィズさんに言われるまま一緒に逃げの一手を取っていたました。
しかし、ゴルゾフさんが負傷した今、覚悟を決めました。
「三人で纏めて餌食になるより、僕が時間を稼いでる内に地上に出て助けを呼んでほしいんです」
嘘でした。
此処から地上までは荷車が無いとは言え、負傷したゴルゾフさんを連れて出るには同じだけの時間が掛かるでしょう。
つまり、助けが来るのは絶望的。
其れらしい理由をただ言っただけでした。
「…………分かりました。必ず……必ず助けを呼んできますから。だから、それ迄生きていて下さい……」
フィズさんも無理だと分かっているでしょう。
それでも僕の意を汲んでくれた発言でした。
「はい、必ず」
「最後に一つだけお願いがあります」
「はい?」
「命令して下さい。「地上に出て助けを呼んでこい」と。そして「決して引き返すな」と……」
フィズさんの覚悟の表れでした。
主従関係では無いつもりですが、それでもフィズさんからしてみれば僕の命令は絶対の様です。
「分かりました。…………フィズ、必ず生きて地上に出ろ、そして助けを呼んできてくれ。それ迄ここに引き返すのも振り返るのも一切許さない。これは…………命令だ」
「畏まりました、その命必ずや遂行致します」
跪いて僕に頭を下げるフィズさん。
顔を上げると彼女は泣くまいと必死に涙を堪えていました。
「…………話は終わったか?」
「はい、お待たせしました。フィズさんを……宜しくお願いします」
「あぁ゙!?そんな事知るか!てめぇの女ぐらいてめぇで面倒みやがれ!」
「ははっ……。そうですね…………」
ゴルゾフさんなりの激励でしょう。
その後、フィズさんはゴルゾフさんを身体を支えながら僕の命令通り、こちらを一切振り返らず出口迄歩き始めました。
「さて…………。一応ウォーハンマーを造ってもらいましたが、いざそういう事態になれば備えがあっても憂いしかありませんね…………」
僕は独りそんな事を呟き、これからも現れるであろうまだ見えないナニかを見据えて溜息を吐くのでした。
「主人公がゴルゾフを背負って逃げれば良いじゃないか」という野暮なツッコミは言いっこ無しですぜ、読者の皆さん。
因みにフィズが直ぐに諦めたのは、これ迄の蟻達との戦いやオークと戦った(実際には見てないけど)際、主人公の中では「自分<大切な人・仲間」の図式が明確にあり、それを他人が曲げる事は難しいと判断したからです。
それでも出来れば一緒にとの思いから提案はし続けていましたが、主人公の確固たる意志が見えた場合は最初から諦めるつもりでした。
これを本文に入れたかったのですが難しかったのでこちらで説明させていただきます。
あと、怪我した本人の態度がデカくねぇ?と思ったのは作者だけでは無いと思います。
それで空気を読んで、口を挟まない気遣いは褒めてあげたい。




