ゴーシィ、餌を撒く〜異世界生活七十七・七十八日目②〜
「はぁ……はぁ……」
「おい、ゴーシィ!奴等の気配は!?」
「いえ、まだ感じません。ただ、スライムは気配があまり無いので岩の隙間にいないとも限りませんが…………」
禄に睡眠を取れないまま、既に一時間は走り続けていました。
フィズさんは明らかに疲労しており、ゴルゾフさんも隠してはいますが、だいぶキツそうです。
僕は荷車を引いてはいますがまだ大丈夫、これくらいでへばっていたらあちらの世界でも森の中でも生き抜けませんから。
まぁ、キツい事はキツいですが。
…………って、あの森とあちらの世界が同じって僕、どんな境遇?
そんな事を考えない様にしながらゴルゾフさんの言葉に返事をしました。
「構わねぇ。壁や地面を警戒していたらキリがねぇからな。ここで少し休憩するぞ」
「はぁ……わ、私は……大丈夫……ですから」
「いえ、フィズさん。急がば回れって言葉もありますし、とりあえず一旦休憩しましょう」
「あ、ありがとう……ございます」
この地下渓谷、人が入れる程度に整っている道(坑道と呼ぶ程は整っていない)があるとは言え、運動に適しているとは言えない格好で走るにはあまりに辛い道です。
いや、運動着でも厳しいし、逆にスニーカーとかだと危ないですね。
兎も角、そんな道を寝る間も惜しんで走り抜けるのは無謀が過ぎます。
危険が迫っている可能性があるにしても、適時休憩を取って体力を少しでも回復させなければ出口に辿り着けません。
水分補給と携行食を口に入れ、息が整ったところでまた出発をしました。
「今のところ奴等は見当たらねぇ。とりあえずは少し早い歩調デ歩いて出口に向かうぞ」
先程まで走っていたのはあの場から極力距離を取る為。
何処にでも潜んでいる可能性があるスライム達から逃げる為に走り続けていても、いざ遭遇した時に疲労困憊で動けない。なんて訳にはいきませんからね。
そんな訳でここからは少し速歩き程度で進む事になりました。
それから三度休憩を挟み、途中で短いながら仮眠を取る事も出来ました。
この中に居ると時間間隔が分かりませんが、ゴルゾフさん曰く「多分太陽が完全に登っているだろう」との事。
そうなると、夜の内に移動した距離を考えて、今日本来移動する距離の四分の一は動いていると予想されます。
「このまま何も無くいけば良いですね…………」
「この様子だと大丈夫だろ。多分処置が早かった分、気付かれ無かったんだろうな」
うん、それ完全にフラグです。
更にそこから2度休憩を挟んでの移動中、背中を撫でられた様な嫌な感覚。
「…………ゴルゾフさん。ランタン用の油と火打ち石を幾つか下さい」
「あぁ゙!?別に構わねぇけど何でだ?」
「多分…………来ます」
「来るって…………?」
「奴等が……か?」
「確証はありませんが……」
僕の雰囲気を察したのか、要求した物を背負った大きな背嚢から取り出した上で荷車を引くのを代わってくれました。
「前からの気配はありません……が、注意して進みましょう」
僕の背負っている背嚢に其れ等を入れ、後ろを警戒しつつ、歩みを進めようした時―――
「フィズさん!その場から前へ飛んで下さい!」
「は、はいっ!」
僕の声に従い、この場から前方へ大きくジャンプするフィズさん。
その足元からぐにょりとブラッドスライムが現れます。
「くそっ!出やがった!おめぇ等、ここからは急ぐぞ!」
ゴルゾフさんの怒号に近い声と共に僕達は走り出しました。
足元から出てきた一匹を皮切りに、数え切れない量が壁や天井からも這い出てきました。
「一匹見つければ後はもう早い者勝ち…………ってやつですか」
「おい、ゴーシィ!荷車を後ろから押せ!嬢ちゃん、荷車に飛び乗れ!」
「いえ、走れます!」
「遅いんだよ!餌になりたくないなら黙って従え!」
「…………分かりました」
ゴルゾフさんの言い方は乱暴ですが、理に叶っていました。
多分、月のもので体調が優れないのか、フィズさんの動きは少しぎこち無く、蟻達と戦っていた時の様な機敏さは感じられません。
それに加えて、極度の疲労と睡眠不足。
フィズさん程度の体重が荷車に乗っても誤差程度、ならいっそ荷車に乗ってもらった方が速度も出せるし小回りが効きやすいですし。
幸い、ブラッドスライムの速度はそこ迄速くないので、少しずつですが距離が開いていました。
しかし、それも時間の問題。
彼等に体力の概念があるのか分かりませんが、このままでは確実に僕達の体力が先に底を突きます。
「…………やはり、少しでも時間を稼ぐしかありませんね。ゴルゾフさん、少しだけ荷車を一人で引いて下さい。考えがあります」
「おぅ。だがあまりちんたらしてると直ぐに追い付かれるぞ!」
「そんなに時間は掛かりませんから」
僕は荷車を押す手を離し、腰に携えた剣を抜きました。
「ゴーシィ様!?戦うのは無謀です!」
「流石にそれは最終手段ですよ。僕が斬るのは…………ふぅ、僕ですっ!」
その剣を僕の左腕に添え、躊躇しない様に一気に引きました。
腕には浅く無い切り傷、傷口からそこそこの量の血が流れ出します。
「え?え?ゴーシィ様!?何を!?」
「これでブラッドスライムの意識をこちらにも向けさせます。それと…………《聖母ノ慈愛》」
こめかみをトンと叩き自己治癒能力を活性化、少しでも早く傷を治したい。
ファンタジーではよくやってる自傷だけど、正直無茶苦茶痛い…………。
その血溜まりにゴルゾフさんから受け取った油の殆どをぶちまけ、残り途切れない様に垂らしつつ進みます。
後ろを見ると最初の血溜まりに群がっているブラッドスライム達。
「ゴルゾフさん、ほんの少し……ほんの少しで良いんで全力で走ってください!」
「あぁ゙!?何かやるのか!?てか、後ろはどうやってやがんだ!?」
後ろを振り返る暇無く荷車を引いているゴルゾフさんは後ろの状況を確認出来ていません。
それにも関わらず、僕の指示通り脱輪しないギリギリの速度で走り出しました。
僕は火打ち石を取り出してここまで垂らしてきた油に着火。
油の道を辿って、ブラッドスライム達が群がっている地点まで火が到達。
水分出できている体とは言え、血液には少量の油が含まれているのに加えて大量の油を踏みつけているのでその火は炎となって、結構離れているこちらにも熱が届く程に一気に燃え上がりました。
流石の熱波にゴルゾフさんも不安になったのか、速度を緩めて一度だけ後ろを振り返り、状況が分かったところでその熱から逃げる様にまた速度を上げて進み出しました。
それを見た僕はこれ以上血を垂らさない様にその場でしっかりと止血をして血が流れてない事を確認してから、駆け足で二人の下へと向かいました。
普通の油はそこまで燃えないとかの野暮なツッコミは無しですぜ、旦那。
因みにオイルランタンに使われる油は灯油ですので、ランタン用となればそれだから実際に燃えるかな?
そしたら「石油が〜」とかの話になりますが、そこはまたいつか出てきます…………多分。




