剛士、神速を尊ぶ〜異世界生活六十六日目②〜
朝、王都を出発してまだ太陽が登り切っていない頃、僕とフィズさんは森に到着しました。
「不気味な程静かですね。鳥の鳴き声もしない」
フィズさんがそう呟くのも頷けた。
比較的に木疎らで陽の光が届く筈の穏やかな森。
にも関わらず、動物の鳴き声は一切せず、時折吹き抜ける風が木々を揺らす音のみが聞こえていました。
「ここからは徒歩で行きましょう…………って馬はどうするんですか?」
「それは大丈夫です。ほら、行きなさい」
二人で森に入れば、馬の世話をしてくれる者はいません。
このまま乗り捨てるのかな?と思っていると、フィズさんが馬に声を掛け、馬は一鳴きした後、もと来た道を走っていきました。
「しっかりと訓練された軍馬は自分で元の場所に帰れるんです」
「それは賢いですね」
走っている馬を見えなくなる迄見送る訳にもいかないので、そこそこで打ち切り森に入りました。
「巣の場所はそう遠くない無い筈です。ここからは一気に巣まで駆け抜けましょう。何処まで助けられるかは分かりませんが、早ければ早い程助けられる可能性が上がりますから」
「兵は神速を尊ぶ。と言うやつですね。遅れないよう頑張ります!」
こっちにもその言葉あるんですね。
確か、魏志の話だった気がしますが……。
何はともあれ、急ぐに越した事はありません。
僕はフィズさんが付いてこれそうなギリギリの速度で駆け出します。
そこは暗躍が得意と言っていた彼女、ある程度の速度もクロスボウを構えたまま、余裕で付いてきてくれています。
この速度であれば、教えられた巣の場所まで十分もあれば到着―――
「前方から来ます!」
僕はフィズさんに敵の襲来を伝え加速、接敵と同時に腰から抜いた刀風エストックで斬り伏せます。
「魔獣って……まさかこれですか?」
現れたのは大きな蟻。
子どもの身長と同程度の体長があるが、間違い無く蟻。
「……っ!そうでしたっ!」
頭と胴を切り離した巨大蟻はまだ動いているので、慌てて人間で言う脊椎辺りを切り裂きます。
昆虫は脳だけでは無く、胸腹部神経節が有り、頭が無くても翅や脚が動いたりするのはそれが理由です。
「タケシ様……速っ…………ってきゃあ!」
追いついたフィズさんが僕の足元にいる巨大蟻の死体を見て可愛い悲鳴を上げました。
「…………コホン。失礼しました」
「いえいえ、とても可愛らしい声でしたよ」
「そこは見て見ぬふりするところですよ、全く!」
褒めたつもりだったのに怒られてしまいました。
やっぱり女心って難しいですね。
「それにしても魔『獣』と聞いていましたが、虫ですか……」
「あれ?タケシ様は知らないんでしたっけ?」
「いえ、一応本で知識としては蓄えていますが…………」
この世界では魔獣と魔物を呼び分けている。
その差別点は単純、元々元となる生物がするかしないか。
この蟻や森で遭遇した巨大化蛇・草原に現れたの狼の様に、元々の生物がベースとなって、それが巨大化したり凶暴化したり異形化してる場合は総じて魔獣と呼ぶ。
それが獣では無くても。
反対にゴブリンやスライ厶等の元となる生物がいないものは全て魔物と呼んでいる。
スライムはアメーバの魔獣とも呼べなくも無いが、この世界に微生物の概念が無いので、魔物に分類されている。
「よくよく考えれば分かりますよね。普通の獣が巣を迷路みたいに作ったりしないですもんね。モグラとかなら有り得るかもしれませんが」
「魔獣と聞いていていきなり巨大な蟻と遭遇したら流石にびっくりしますよね」
それでも、今まで一切生き物と遭遇しなかった理由が分かりました。
この蟻達が食べてしまっているか逃げているかの二択。
「ともかく先を急ぎましょうか。蟻と言う事はかなりの数がいる可能性があります」
蟻が巣を作ったとなれば、その数は想像したくもありません。
数十匹の場合もあれば何百万といる可能性もあります。
騎士隊との連絡が途絶えたとなれば、少ない数では無いでしょう。
狼達より多い可能性も…………。
「はぁ……憂鬱です…………」
「ご飯もお風呂もありませんからねー」
「そこじゃないけど……まぁ、確かにその二つは恋しいですね」
フィズさんのお気楽発言に呆れた部分もありますが、少し気が楽になった気もしました。
教えてもらった場所…………の少し手前に到着しました。
「うわぁ……蟻がいっぱいですねー」
「数えるのも嫌になりますね。さて、あの穴が巣なんでしょうけど、どうやって入りましょうか……」
その場所は窪地になっていて、その壁の一部に人が一人か二人並んで入れそうな穴がいていました。
そして問題はその周り。
一度侵入者を許したせいか、周りにうじゃうじゃと蟻が徘徊しています。
よく見ると、窪地の何箇所かに天幕の残骸の様な物が見て取れるので、最初はここまで警戒していなかったのでしょう。
《童ノ戯レ》を使っても良いのですが、その後の戦闘を考えるとあまり言い手とは言えません。
「…………あれは?」
「何か良い案がありましたか?」
フィズさんが指差す方に目を向けると、踏み荒らされた数カ所の天幕付近にある会った樽から溢れ出す液体。
「もしかして、油ではありませんか?」
「多分そうですね」
「じゃあ、燃やしちゃいましょう!」
何ともエキサイティングな作戦。
現状最善な気がするが、成功したとしても穴への侵入が難しくなる可能性が有り、洞窟内に火が侵入すれば蒸し焼きになる可能性もあります。
それでも―――
「やるしかありませんね!後の事はその時考えましょう」
こうして巣穴侵入作戦の第一、火攻めが行われる事が決定しました。
虫の神経節の話は本当ですが、全ての虫に共通かどうかは分かりません。
虫嫌いなんであまり調べたくないんですよね…………。




