剛士、施す〜異世界生活六十二日目〜
カルミアさんとミュールちゃんの話を聞いてしまってから一週間が経ちました。
第五騎士隊は相変わらず巣の駆除に向かったまま帰ってきていません。
何でも、見付かった巣は地下へと伸びており、思った以上に巨大。
また、迷路の様に入り組んでいるので、探索が中々思うように進んでいないらしく、まだまだ時間が掛かる。と、公爵から教えてもらいました。
僕も協力する旨を伝えたのですが、「これは騎士隊の仕事だ。それを奪うのは関心せんな」と言われては、それ以上何も言う事は出来ませんでした。
相変わらずメイドさん達との関係は特に変わりません…………いや、寧ろ悪化したと言えるでしょう。
カルミアさんは前以上に僕に気に入られようと気を遣い、反対にミュールちゃんは僕に知られたからか元々隠していなかった嫌悪感を強く感じる様になりました。
二人が……特にミュールちゃんがクビになっていないのは、その件で公爵が屋敷を立ち寄った際に、僕が「彼女達は悪くありませんから、このままでお願いします」と一言伝えたからでしょう。
騎士隊の件もその時に聞きました。
騎士隊の訓練が無いからと言って1日中部屋でゴロゴロしているのもむず痒いので、本を読んだり庭で剣を振ったりしています。
今日も庭で素振りをしていて、少し休憩を挟もうとしたところ、フィズさんが絶妙なタイミングで飲み物と手拭いを持ってきてくれました。
彼女は僕に対してマイナスな感情は抱いていない二人の内の一人。
一応主従関係ではあるものの、どちらかと言えば友達感覚で接してくれるので、僕も気楽に接する事が出来ます。
「お疲れ様でした。はい、汗を拭いて下さい。それとも私が拭きましょうか?」
「自分で拭けますよ」
「それは残念。タケシ様の好感度稼ごうと思ったのにー」
「それ、自分で言っちゃ駄目なやつですからね?」
本当に普段からこんな感じです。
元々、身の回りの世話はカルミアさんがしてくれていましたが、あの一件以来フィズさんがしてくれる事が増えました。
どうやら立場的にもメイド歴的にもフィズさんが二番手みたいです。
「それにしてもタケシ様って異世界人なのに、剣とか振れるんですねー。魔獣とかいないって聞いてたのに」
「剣術で言えば、やはり向こうよりこちらの方が優れていますね。でも向こうにも剣道と言って、人を殺すのを目的とせず、人を導く剣術は存在しているんですよ」
「そうなんですねー。ねぇねぇ、他にも違いってあるんですか?」
「そりゃもう違いしかありませんよ。例えば―――」
フィズさんはとうやら僕の生まれた元の世界に興味津々らしく、事ある事に色々聞いてきます。
特に最近は一緒にいる時間が増えたので、こうして話す時間も相対的に増えてきました。
色々あってこの屋敷にいるのも気まずいですが、これだけは唯一癒しの時間と言っても過言ではありません。
会話も一段落して、フィズさんは昼食の準備に向かいました。
僕は体を拭いたものの、汗で濡れた服をそのまま着ているのも気持ち悪いので、着替える為に部屋へと戻ってきました。
着替えている最中、部屋のドアがノックされたので少し待ってもらい、慌てて着替えて入室を許可しました。
「失礼します……」
「…………どうしたんですか?」
部屋に入ってきたのは意外も意外、ミュールちゃんでした。
「先日は……申し訳ありません……でした」
「いえ、元々分かっていたので」
「そう……ですか……」
無表情の彼女にしては珍しく、目を見開いて驚いていました。
僕が人の気持の機微を察せない童貞とでも思っていたんですかね?
確かに女心は分かりませんし、童貞ですけど。
…………彼女の考えは殆ど合ってますね、悲しい。
「でも……何で……?」
「何がですか?」
「私の事……クビに……しないの?」
「しませんよ。だってクビになったら孤児院が困るんでしょう?」
「……っ!?」
見開いていた目を更に大きく見開いています、目玉飛びてそうですね。
「失礼と分かっていましたがフィズさんに貴女がここで働いている事情を聞きました。育った孤児院の経営が傾いているんでしょう?それでミュールちゃんは稼いだ給金の殆どを孤児院に送ってそれを足しにして何とか経営を続けている状態だって」
「フィズ……余計な事を……」
「因みにフィズさんに怒るのはお門違いですからね?」
「分かってる……命令には……逆らえない……」
まぁ、命令なんて使っていませんけどね。
聞いたら普通に教えてくれましたが、都合が良いのでそのままにしておきましょう。
「それで、一つ提案なのですが」
「提案……?」
「そうです…………。うん、これだけあればとりあえずは良いでしょう」
僕は自分の部屋にある金庫から袋を取り出し、机の上に置きました。
「ここに僕が貰った白金貨の一部と金貨全てが入っています。これだけあれば少なくとも今孤児院にいる子ども達が途方に暮れる事は無いでしょう」
「ちょっと待って……。どういう事……?」
「だから、この袋に入っているお金は全て貴女に……孤児院に寄付します。だから、これ以上無理にここで働く必要はありません。勿論、使い終わったらそこでおしまいなので、これからも継続的にお金が必要なのであれば続けてもらっても構いません」
「でも……そのお金……貰っても……私は何も……返せない」
「返す必要ありません。ただあげると言われて気を遣うのであれば、期限も無期限で良いですから少しずつ返してもらっても構いません。利息とかも必要無いですから」
「…………」
「それとも命令した方が良いですか?「このお金を受け取れ」って」
「…………有り難く頂戴します」
「はい、どうぞ」
「でも……何かお礼を……」
「本当に要りません。自分の体でと考えているかもしれませんが、少なくとも嫌われていると分かっている女性を抱ける程、僕は肝が据わった人間ではありませんので」
「分かった……。お金は……いつか返す……。お礼も……必ずする」
「はい、ではそれを気長に待っています」
そうして話が終わり、ミュールちゃんは部屋を出ていった。
最後の方は僕に対する嫌悪感は無く、ひたすら困惑していた様子でした。
それもそうでしょうね。
嫌いと直接では無いが言ってしまった相手から施しを受けるなんて。
まぁ、お金の使い道もありませんでしたし、必要な人が使えば良いでしょう。
その日の夕食の際、私服姿で食堂に現れたミュールちゃんは、もう一度僕にお礼を言って、自分の育った孤児院へ出発しました。
それがこの屋敷でミュールちゃんを見た最後の姿でした。
この国のお金は
鉄貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨・金札・白金貨
の七種類になります。
日本円にすると
鉄貨=百円
銅貨=千円
銀貨=一万円
金貨=十万円
白金貨=一千万円
金札=十億円
白金札=百億円
に相当します。
金札と白金札に関して、国が大量の金貨や白金貨を保有していると経済が滞る為、札として保有している形になっており、通常の買い物で使われる事は無く、国同士のやり取りの際に使用されます。
白金貨でも余程大きな商店出ない限り使えないのですが……。
因みに主人公付のメイドさん達の給金は月に金貨五枚〜八枚です。
一般市民一人当たりの生活に必要なお金が金貨一枚であるこの国からすれば、かなりの高給取りです。




