剛士、少々荒れる〜異世界生活五十五日目〜
「申し訳無い。こっちから頼んでいたのに……」
「いえいえ。騎士としての仕事を優先するのは当然ですよ、存分に腕を振るって下さい」
「恩に着る。では、行ってくる」
申し訳無さそうな顔をして駆け出したのはオーガスト副騎士長。
今日は騎士隊の訓練の日だったんですが、何でも王都の近くの森で魔獣の巣が発見され、訓練の為に王都にいた第五騎士隊が討伐及び巣の駆除に向かう事になったみたいです。
予想外に午前中の予定が空いてしまいました。
買い物も昨日してしまったので、僕は特に何も考えず屋敷に戻る事にしました。
「ん?あれはカルミアさんと……ミュールちゃん?」
もう少しで屋敷に到着しそうな所で、門の前に二人を見付けました。
買い物帰りなのか手に荷物を持っていますが、足を止めて何かを話している様子。
正確には話していると言うより、ミュールちゃんが一方的に捲し立てているのをカルミアさんが宥めている感じですね。
聞いて良いものか悩みつつも、わざわざ引き返すのも変なので二人に(門に)歩いて向かいます。
こら、そこ、そう言うところがモテないとか思わないで下さい。
話に夢中になっているせいか、僕が近付いても全く気付かない二人。
とうとう声が聞こえる距離まで近付きました。
「カルミア……。私、もう無理……。あいつ……嫌い」
「それは分かるけど、駄目よ。私達は陛下に命じられています。「彼の子を授かれ」と。陛下の命に背くつもりですか?それに貴方の育った孤児院への仕送りが出来なくなりますよ?」
「それは……そうだけど……」
「私達の使命は彼に取り入ってこの国に留まってもらう事。その為にも子を授かるのが一番です。分かるでしょ―――」
カルミアさんが言葉を言い切る前に僕に気が付きました。
普段は表情を崩さない彼女が珍しく「しまった……」と顔に出しています。
分かってはいましたが、改めて言葉で聞くと流石にくるものが有りますね。
やっぱり、メイドさん五人の内、友達感覚で接してくれるフィズさんとのんびり屋のカンパちゃん以外の三人は僕を嫌い……いや嫌悪していると言って良いんでしょうね。
大丈夫……そんなのは昔から慣れっこです。
僕は内から湧き上がるモヤモヤを飲み込み、気にしてない風を装おってカルミアさんに話し掛けます。
「すみません。立ち聞きするつもりは無かったんですが、聞こえちゃいました」
「タケシ様……。本日の騎士隊との訓練は……?」
「それが魔獣の巣が見付かったらしくて、中止になったんですよね」
「そうだったのですね……。あの、今の話は―――」
「僕は部屋に戻りますね。昼食は要りませんので夕食まで休みます」
僕はカルミアさんの言葉を遮って二人から離れました。
焦った表情のカルミアさんと無表情だが嫌悪感丸出しのミュールちゃんの視線から目を背けながら。
部屋に戻って休むとは言いましたが、寝る気にもなれず、部屋着に着替えた後ベッドで横になっていました。
そこに扉をノックする音が聞こえたので入室を許可、部屋に入ってきたのは飲み物を乗せたワゴンを押すカルミアさんでした。
「飲み物をお持ち致しました」
「ありがとうございます。テーブルに置いておいて下さい」
「あの……タケシ様……」
「今は紅茶の……出来れば甘めの物が嬉しいですね」
「畏まりました」
僕の言葉に従い、テキパキとお茶と茶請けの準備を整えていくカルミアさん。
普段であれば、全て完了したら直ぐに部屋から立ち去るのですが、今日はそうではありませんでした。
僕はベッドから上半身のみを起こして彼女に話し掛けます。
「どうしたんですか?」
「…………先程は申し訳ございませんでしたっ!」
部屋を出ない理由が分かっている筈の僕が敢えてどうしたか聞くと、彼女は即床に手をつき、頭を下げてきました。
所謂土下座。
「カルミアさん。貴女が今どんな気持ちで、何を考えて、何について土下座をしているかは聞きません。それを聞いて僕が愉快な気持ちになるとは思いませんし、聞いたところで僕にはどうしようもありませんから」
頭を下げる彼女に僕はそう伝えました。
彼女のやっている事は、イジメっ子が先生に「イジメは駄目だ。謝りなさい」と言われて、渋々謝っているソレと一緒だ。
伝わってくる感情は「申し訳無い」「悪い事をした」等の反省の気持ちでは無く、「どうしたら許してもらえるか」「どうすれば取り戻せるか」の打算のみ。
とてもじゃないが、話をする気も聞く気にもなりません。
「お聞き下さい、タケシ様!ミュールには私がしっかりと―――」
「聞く気が無いと伝えたでしょう?それにミュールちゃんに何を言うんですか?「嫌いなのはしょうがないけど、表に出すな」ですか?それとも「無理矢理にでも好きになりなさい」ですか?」
「そ、それは…………」
「そんな事を言われた彼女に接してもらって僕が喜ぶと思いますか?」
「…………いえ」
「でしょう?でしたら今は何もしないのが最善では無いですか?それとも命令しなければ駄目なのでしたらそうしますが」
「……出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません。直ぐに部屋から出ていきます」
「ありがとうございます」
「では、失礼致します」
そう言って彼女は部屋から出ていきました。
最後まで彼女から伝わってくる感情は保身でした。
陛下の命を遂行出来ない、ここを失敗したら今後どうなるか分からない。
そんな事ばかり。
「…………はぁ。こんな事なら頑張って森で生活していた方が良かったかもしれませんね」
僕はもう一度ベッドに倒れ込み、天井を見上げながらそんな独り言を呟きました。
はぁ…………夕食の時間が憂鬱です。
主人公の中のメイド達への不信感は募る一方。
果たして主人公はどうするのでしょうか?




