剛士、騎士達を叩きのめす〜異世界生活五十一日目〜
宰相閣下と公爵閣下が僕が住む屋敷を訪れた翌日―――
いや、まさか次の日から始めるとは思いませんでした、戦闘訓練。
僕は今、王城にある訓練場を訪れています。
……しかも三十人+αの列に向き合う形で。
「皆さん、おはようございます。え〜っと…………一応ご存知かと思いますが、僕の名前は太田剛士、こちらの世界で言うとタケシ=オオタと言います。本日から皆様の武術指南を致しますので宜しくお願いします」
何とか自己紹介をし終えました。
オタクのコミュ障に人前で話させるなんてどんな拷問なんでしょう?
それに、集まった騎士達からは揃って『こんな奴に何を教えられるんだ?』って疑惑の念が伝わってくる始末。
あぁー!屋敷に戻りたい!
なんて言ってられないので、早速始める事にしました。
「では、まずは皆さんの素振りを見せていただきたいと思います」
「…………その前に一つ宜しいか?」
「はい、何でしょうか?」
最前列中央に立っていた騎士が声を上げました。
始まる前に何故か観客席にいる公爵閣下から紹介された彼はこの王に仕える六つの騎士隊の副隊長の一人、マウンティン=オーガスト。
槍の達人であり、自信に満ち溢れた長身金髪イケメンです。
羨ましいとか思ってないんだからっ!!
「公爵閣下より、我々の指南をして頂く事は聞いている。しかし如何せん、お前の実力が我々には分からん。まずはそれを見せていただけまいか?」
「実力……ですか?それは…………」
そんな事を言われて思わず公爵閣下のいる方を見ました。
助け舟を期待していたのですが―――
「それもそうだな!タケシよ!まずは其方の実力を見せる為にマウンティンと立ち会え!」
「…………はい」
まぁ、そうですよね~。
そんな気がしていましたよ、はい。
そんな訳で僕とオーガスト副騎士長以外は観客席に移動し、この場にいるのは二人と審判役の騎士だけ。
「武器は刃を潰した物を使用して頂きますが、当たりどころによっては大怪我や最悪死に至る可能性もございます。その辺は配慮お願い致します」
「あぁ」
「分かりました」
普通こういう時って木刀……って刀は無さそうだから木剣ですかね?そういうのを使うんじゃないんですかね?
そうか、こっちの世界は常に実戦。
例え訓練とは言え、緊張感を持って行わないといざという時に動けないから当たり前ですね。
これは気を引き締めなければ…………。
「互いに準備は宜しいでしょうか?では…………始めっ!」
騎士の合図で模擬戦が始まりました。
僕は相手の出方を伺う為に待つつもりでしたが、対するオーガスト副騎士長は槍構えたまま動かず、待ちの姿勢。
普段なら相手が動くまで動かないですが、今回僕は試されている側。
だったらこちらから動くのが礼儀ですかね。
そう思考を切り替えて、僕は槍を腰だめに構えて一直線にオーガスト副騎士長目掛けて駆け出しました。
それを待ち構えていた彼は間合いに入った直後、僕の心臓目掛け突きを繰り出しました。
手足の長さが違い過ぎて僕の攻撃はまだ届きません、ちくしょう。
嘆いていても仕方無いので、敢えて上半身のみを前傾にし、後ろに残していた重心を活かして上体を起こす事で相手の射程から逃れ、突き出した槍を戻すのに合わせて相手の懐に飛び込みました。
「させるかっ!」
それを読んでいたらしいオーガスト副騎士長は引きに合わせて体を後ろに倒し、その勢いで僕を蹴り飛ばそうと右脚を振り上げます。
体が小さい(身長が低い)僕はこの手をよく使うのですが、相手も同じ様に懐に入った僕を蹴るこの手をよく選択します。
この攻防は慣れているので元々小さい体を更に屈め、相手の蹴りを潜り、槍を振るう隙間も無い程接近。
普通ならばそのまま距離を取るのですが、僕の攻撃はここからが本番。
槍の穂先ギリギリを持ち思いっ切り自分の体に引き寄せ、それと反比例して石突きが振り上げた右脚に直撃、元々不安定な体勢も相俟って仰向けに倒れ込みます。
槍を使った当て身投げみたいなものですね。
不意を突かれて倒された相手は、コンマ数秒ですが思考と行動が遅れます。
その隙を突き、槍を首元へ突き付けチェックメイト。
「終わり……で良いですか?」
「くっ…………。参った、俺の負けだ」
たった一手、一瞬の攻防に観客席の騎士達はおろか、審判をしている騎士まで呆けていました。
現実に引き戻す為に審判に声を掛けます。
「すみません、オーガスト副騎士長が降参しましたよ?」
「……はっ!申し訳ありません!勝者タケシ=オオタっ!」
ハッとした表情で慌てて決着の宣言をした審判。
しかしながら僕の勝利を祝う歓声も驚きの声も何も上がらず、ただただ沈黙が流れていました。
いや、違いますね。
沈黙と言うより非難が近い視線ばかり。
多分「正々堂々と槍の攻防をしろ」と言いたいんでしょう。
これも立派な槍の使い方ですが、どうやらこちらの方々には合わないみたいですね。
そうですか、これは卑怯ですか…………。
分かりました、分かりましたよ…………。
だったら―――
「文句がある方がいれば今すぐ降りてきて下さい!一人でも二人でも!何人でも構いません!全員一斉に掛かってきても良いですよ!一人残らず叩き潰してあげますからっ!!」
僕のそんな挑発に騎士達は頭に血が上ったのか、顔を真っ赤にして皆舞台に上がってきました。
「さぁ、やりましょうか。はっきり言います。貴方達では僕に触れる事すら出来ません。まぁやれば分かるでしょう。掛かってきて下さい!」
血管が切れる音(が聞こえた様な気がしました)と共に血走った眼で、騎士道なんてクソ喰らえな袋叩き戦法で一斉に飛び掛かってくる騎士達。
それを懇切丁寧に一人一人叩きのめし、何度も立ち上がってくる全員を、起き上がらなくなる迄相手をしていたら、いつの間にか日が傾き始めていました。
ところでオーガスト副騎士長?
何故貴方も嬉々として参加していたのですか?
そして公爵閣下?
いつの間にか観客席に人が増えたのは貴方が一度席を立った後ですから呼び集めたんですよね?
そんなこんなで訓練?の初日はひたすら騎士達を叩きのめす作業で終わりましたとさ。
めでたし…………ではありませんからねっ!
主人公vs騎士三十人+副騎士長
騎士達
自分達を軽んじた主人公の挑発行為に制裁を加えるべく、一切の手抜き無しで挑み、見事叩きのめされる。
オーガスト副騎士長
最初の攻防で主人公の実力を認め、残りは自分自身の訓練として楽しくやっていた。
主人公
ただサンドバッグをぶん殴るだけの作業感覚。
あれ?
主人公がチートの物語の予定では無かったのに…………。




