剛士、夜を迎える準備をする〜異世界転移一日目②〜
狼の姿とは言え二足歩行の生き物を殺めてしまったが、不思議と罪悪感や嫌悪感は湧いてきませんでした。
これも生き残るのに必死だったからでしょうか?
それでも、死体の傍にいるのは居心地が悪いのに加えて、血の匂いで他の肉食生物が寄ってくるを危惧した僕はその場から離れる事にしました。
「とにかくまずは簡易的でも良いから拠点を造らないといけませんね。木が鬱蒼とし過ぎて分かりにくいですが、まだ太陽は高い位置にありそうですし、今の内から夜に備えなければ……」
僕が目を背けていたのは夜の訪れでした。
夜は野生の動物達が活性化する時間でもあり、そんな生き物達はこぞって夜目が効いたり耳や鼻が良かったりします。
一方人間は、こんな森の中では一切周りが見えず、いくら耳や鼻を鍛えていても動物達のそれに劣ります。
「兎にも角にも最低限仮眠出来るくらいの拠点は用意しなければ…………」
気を張り詰めたままでは通常より遥かに早く衰弱してしまいます。
それ程までに緊張は精神を病んでいくものなんですよ。
「でも良かった……。お風呂中とか寝る前だがじゃなくて……」
僕の服装は通勤用の長袖のYシャツにスラックス、靴はある程度の歩くのでスニーカーです。
もし裸足だったり半袖だったら最悪。
温度調節も然る事ながら、見たことも無い植物達が分布する整備なんてされてない森の中。
毒を持っているものもいるだろうし、それが無くても少し怪我をしたらそこからばい菌が入って炎症を起こしたらもう大変、あっと言う間にあの世行きの可能性もありますから。
「だったら通勤用の鞄も一緒に転移させてくれよ。と思いますが、それは贅沢ですね……」
鞄の中に武器になる様な物なんて入ってはいませんが、何かしら役に立っていたかもしれないが、無い物ねだりと言うもの。
今ある手札で何とかしなければいけませんからね。
「そもそも手札すら無い状態ですからまずは手札を増やすところからですね」
仮拠点の予定地を探している道中、石を拾い別の石に何度か叩き付けて、鋭く尖らせ、それを石同士を擦って磨く。
なんちゃって石のナイフが2本完成。
片方には木を削った鞘を用意しておく。
今度はそのナイフで豊富にある蔦を数本切り、頑丈そうな少し太めの木の棒を探し、落ちている石をまた割って、先程作った石のナイフとそれを蔦でしっかりと固定させる。
これで石の手斧と石の短槍の完成。
「ナイフの鞘に蔦で造った腰紐結んでベルトに固定させたら完成っと……」
とりあえず最低限戦える原始人スタイルにはなれました。
先程の様に襲われても何とか戦えそうですね。
「じゃあ、予定通り仮拠点探しますか。出来れば水場が近くにあれば良いんですが…………」
こうして僕は右も左も分からない森をひたすら歩き続けた。
「だいぶ暗くなってきましたね…………。多分もうすぐ陽が沈んでしまいますか……」
何とか小川の近くに少し開けた場所を見つけ、そこへ蔦に落ちていた木の枝を結び付けた、所謂鳴子的な簡易結界をその場所を囲う様に色んな高さに張り巡らせる事が出来た。
「そして飲水と食料の魚も確保出来ましたし、初日にしては良いんじゃないでしょうかねぇ?」
「ねぇ?」と問い掛けてもそこに応えてくれる人は居ないんですけどね。
単身で行動すると寂しさからか独り言が増えてる気がします。
いや、気がするんでじゃなくて、増えてますね。
飲水は葉の器を造り、小川から汲んできたのを木で組んだ三脚に吊り下げる。
焚き火は……気合で起こしました。
枝を削って木屑を集めて、削った枝に蔦を巻き付けて思いっ切り引き、摩擦熱で着火。
乾燥も何もしていない木屑だったので、中々苦労しましたが、その水分すら蒸発させる勢いで回したので何とかなりました。
正に力こそパワーです。
…………正直二度としたくないです。
焚き火に当たりながら、暗くなっていく空を見上げたが、相変わらず木々が鬱陶しい程なので、殆ど星も見えません。
「明日は大きな川を探して、何とか森を抜けたいな」
捕まえた魚を頬張りながら、そう独り言を呟く。
塩なんて無いので、素材そのままの味でしたが、空腹も相まってとても美味しく感じました。
泥臭さも無いので、本当に水が綺麗なんでしょう。
自分が思っている以上に疲れたのか睡魔に襲われ、深く眠っては駄目だと分かっていながら、僕は誘われるまま、朝まで眠りに就いたのでした―――
なんて事は出来る筈も無く、カラカラと音を立てる鳴子もどきによって、意識が一気に覚醒します。
音のした方向に手製の短槍を構えて待っていると茂みから顔を出したのは―――
「今度こそ兎ですか。予想に反して角は生えていないみたいです……がぁっ!?」
確かに角は無かった。
だけど、その小さい見た目からは想像もつかない程大きく開けた口には、肉食獣よろしくな鋭い牙がびっしり生えていた。
「角では無く牙でしたか。じゃあとりあえず牙兎って名前で呼んでおきましょう」
飛び掛かってきたが、飛んだのが運の尽き。
手に待った槍を開いた口目掛けて突き出し、その勢いで胴体まで貫くと、幾度か痙攣をした後動かなくなってくれました。
「ふぅ……。何とかなりまし―――」
安堵と同時に凄まじい勢いで森に木霊する鳴子の音。
音はこの拠点を囲む様に鳴り響き、向かってきているのが一匹や二匹で無い事が伺えました。
「まさかの群れで生活するタイプでしたか…………」
拠点を囲う茂みの到る所から現れる牙兎。
数えるのも億劫になる程の数。
一つ深呼吸をして気を引き締め、短槍を右手に、腰に携えたナイフを左手に逆手で構え、息を吐き出すと同時に自分を鼓舞するかの様に大声で叫ぶ。
「僕を食いたいのなら食ってみなさい!ただし!そう簡単に食われるつもりは一切無い!!」
その声を皮切りに、牙兎達は一斉に襲い掛かってきました。
生きるか死ぬか。
食うか食われるか。
現代日本では一般的には滅多に起こらない命を懸けた戦いが、森を覆う長い夜と共に今、始まった。
後に考えると、他の動物もいる可能性がある中で大声を出すのは悪手ですよね、うん。
※この物語はフィクションです。
その為、「実際の火起こし舐めんな」とか「水の煮沸がそう簡単に出来るかよ」とかのツッコミは作者の心を抉るので、胸の内に秘めておいていただくと助かります。