剛士、童貞なのがバレる〜異世界生活三十六日目〜
この話以降、主人公以外の台詞「」の後に行間を空けず()で記載しているのは主人公が【雰囲気から感じ取った】相手の心の声です。
実際に思っている事・考えている事とは少し齟齬がありますが、それでも大体その通りと思ってもらって問題ありません。
「おはようございます、タケシ様。朝のお相手は必要でしょうか?」
「…………いえ。これは生理現象なので、無視して下さい……」
朝、目が覚めて体を起こすと、既にメイドのリーダーさん―――カルミアさんが、既にベッド脇に控えていました。
まぁ、扉から入ってきたのは知っていたんですけどね。
突然話し掛けられたのにも関わらず、僕が普通に対応している事に少し驚いた様な表情を見せる彼女。
「驚かれないのですね?いきなり話し掛けたのに……」
「えっと……どんな状況でも自分の一定の範囲内に人が入ってくると勝手に目が覚めてしまう…………一種の癖みたいなもんですね」
「それだとタケシ様に悪戯出来ないでは無いですか」
「いえ、しなくて大丈夫ですよ…………?」
昨日の夕食時に「あまり畏まった対応されるのは苦手」と伝えたところ、カルミアさんは少し砕けた口調と冗談(ですよね?)を交えた話をしてくれる様になりました。
流石メイド、順応性が異常に高いですね。
(それでも表に出してない嫌悪感は伝わってきますけどね…………)
「それにしても常に警戒しているとは、それも異世界人ならではなのですか?」(なんて面倒くさい……。仕事上、部屋に入らないとこっちが小言言われるんだから気を遣わせないでほしいわ)
「ははは……。皆では無いと思いますが…………」
プロなだけあって表情にも声色にも一切出していませんが、僕には辛いですね。
武術の訓練において、相手の機微を敏感に察知し、行動の起こりを見逃さない為の訓練をした結果、相手の心情を読み取る迄に昇華していました。
勿論役に立つ事も多々あるのですが、現状はデメリットしかありません。
まぁ、僕が気にしなければ良いだけなのですが、性格的に難しいんですよね…………。
これも訓練と割り切りましょう。
「朝食は既に用意しております。その後の予定はどうされますか?」
「そうですね。予定通り、この世界の常識を教えていただけたら嬉しいです」
「畏まりました。その様に手配しておきます」(そんなの本でも読めば直ぐに分かるでしょうに。一々口頭で説明するにしても何を教えれば良いか分からないんだから。それのせいでその他の業務が遅れるのよ)
「…………もし、歴史書等含めたこの国を知れる書物があるのであればまずそちらを読んで、分からないところを質問する形式でも構いませんか?」
「そうですね、そちらの方が何を明確にお伝えすれば分かり易いので、こちらも助かります」(こっちに気を遣ってるつもりかしら?それはそれで気持ち悪い……。でもまぁ、手が取られるよりマシね)
何を言っても駄目やないかーい!
もう八方塞がりな展開に頭を抱えそうになりますが、そこは我慢です。
「ではそろそろ朝食を取りに参りましょう。お召し替えの手伝いは必要でしょうか?」
「いや、自分で出来るので大丈夫です。…………そこにいるんですか?」
「あちらの世界の殿方は紳士なのですね。では、部屋の外に待機しておりますので、終わりましたらお声掛け下さい」(そんな事一々気にしないでよ。まさか……いや、見た目通り童貞ね。全く、面倒ったらありゃしないわ)
「…………分かりました。ありがとうございます」
声と顔と心の声が一致して無さ過ぎて混乱しそうになりますね。
やっぱり、彼女は何かしらの訓練を受けてそうです。
……もしメイドの嗜みとか言われたら、メイドさん凄過ぎるんでさが…………。
そんな事を思いながら、待たせると何を思われるか分からないので、急いで着替えて声を掛け、朝食が用意されている食堂に案内してもらいました。
(やっぱり落ち着かない…………)
昨日の夕食の際もそうでしたが、無駄に広い食堂に、無駄に長いテーブル。
そこの誕生日席に一人で座って、まるで高級ホテルの朝食みたいな豪勢な料理をひたすら食べる。
それだけ聞くと「なんと素敵な」と思うでしょうが、実際は少し違います。
だって、だってですよ!
メイドさん達はずっと近くに立って、ひたすら僕が食べ終わるまで待っているんですよ!?
昨日も「一緒に座って食べませんか?」と聞いても「従者が主人と一緒に食べるのは無礼にあたりますので」って断固拒否されちゃうんですもの。
しかもその後、嫌悪感丸出しで「命令とあらば従いますが……」とか言われたらとてもじゃないですけど小心者の僕が言える訳もありません。
食べてる間も周りからは(早く食べ終わってくれないかな?)とか(朝からそんなに食べるから太るんでしょ)とか、散々な言われよう。
そして何より一番気になるのは…………。
(何でこの世界の女性達は下着を着けてないんですか!?形がくっきり浮き出て目線が行きそうになるのを必死に堪えなきゃいけない……。ここは地獄ですか!?童貞を殺すメイドさん達なんですか!?)
姫様はそんな事は無く、下着を着ける文化は上流階級のみなのでしょう。
ここに来る途中に立ち寄った村や町でも大体そんな感じでしたから。
本当に目に毒だ…………。
嬉しいよりも恐怖が先に立ってしまう。
必死に見ない様にしても(隠す事無く見るのも気持ち悪いですが、逆に無理に見ないようにしてチラチラ見られるのも気持ち悪い)とか思われる始末。
神様、僕はどうしたら良いんでしょう?
いや、そんな事よりこんな所に連れてきた理由をぶん殴ってでも聞くのが先ですね。
神様がいるのかは知りませんが。
そんな気の休まらない屋敷での一日に不安しか残ってないものの、やるべき事はしなければ…………。
心を読むというより、ほんの僅かな変化を見逃さずに考えている事を考察し理解する、一つの心理学に近い性質です。
訓練次第で隠せるものも多いですが、人間の生理現象や反射を克服するには並大抵の努力では不可能です。
因みに主人公は並大抵の努力ではありません。




