剛士、森を抜ける〜異世界生活九日目〜
何も起こらなかった事に安心半分、モヤモヤ半分で迎えた朝。
今日も今日とて快晴ですが、相変わらず薄暗い森の中を進みます。
姫様曰く「日が傾く頃には森を抜けられますよ」との事だったので、当も無く彷徨っているより俄然やる気が出ます。
「まぁ、相変わらず居心地は悪いですけどね…………」
現在、僕は先頭に立って歩いています。
その後ろに突っ掛かってきた騎士、そしてメイドさん三人に囲まれた姫様、その斜め後方に分かれて殿を務める二人の騎士。
道を知らない僕を先頭に立たせますかね、普通。
勿論、予め道順は伝えてくれたので迷う事は無いですが。
それにしても―――
「遅いですね」
野営地を出発してから既に二時間は経過しています。
それなのに進んだ距離は僕一人の時の半分程。
女性陣がいるからしょうがないか。と昨日は思っていましたが、どちらかと言うと、騎士達の歩みが遅く、息も絶え絶え。
そりゃ、あんな重鎧を身に付けているので仕方無いと言えば仕方無いのですが、それでも軽鎧を身に着けた姫様の方がまだしっかりと歩いています。
「もしかして中世ものでよくある貴族のコネ入団とかなんですかね?」
努力して騎士になったのでは無く、コネで騎士になっただけで、対した訓練は受けておらず、体力も無い可能性。
それならこの行軍速度も頷けますね。
「実際、ロビン君は20歳と言っていましたし、何も知らない様子でしたから可能性有りますね」
と、ひたすらボヤいていても、耳に届かない程疲れている様子。
流石にここら辺で休憩でもと提案したが、見事に断られました。
「貴様が勝手に決めるんじゃない!そのせいで今日中に森を抜けられなくなったらどう責任を取るつもりだ!」
ですって。
それならもう一日野営でも何でもすれば良い。
夜の警戒なら僕一人で充分ですからね。
と、そんな事を言っても火に油を注ぐだけなので口にしませんでしたが。
そんなこんなで休み無く12時頃、出発してから5時間経ってようやく休憩になりました。
「貴様の為の余分な水も食料も無いからな!欲しいなら自分で用意しろ!」
と言われたので、それに従って事前に用意していた飲水とそこら辺にいた牙兎を焼いて食しました。
一方、騎士さん達は水は皆で一口二口を回し飲み、食料も見た目的にカロリーメイト?みたいな固形の物を齧っているだけでした。
姫様も同様の物を食べていたので流石に可哀想だと思い、騎士が何かを言っているのを無視して焼いた牙兎と水を渡す事にしました。
直接渡すのはどうかと思ったので、メイドさんに渡して他意が無い事を確認してもらってからにはなりましたが。
元の場所に戻る時に「こんな点数稼ぎみたいな事をしたからと言って……」と、メイドさんの一人がブツブツ言っていましたが、聞こえなかった事にします。
休憩も終わり、またのんびりした速度で行軍が始まりました。
しかし、午前中とは打って変わって魔獣が出るわ出るわ。
前方から襲ってくる魔獣達は即座に斬り伏せてしまえたので良いのですが、問題は側方と後方……つまり、前方以外の全てでした。
騎士達は姫様達に近付けない様にするのがやっとで、結局僕が全方位の魔獣達を排除しなければならないので、元々遅かった足が更に遅くなります。
自分達の不甲斐無さを棚に上げて、「貴様が奴等の駆除に手間取るせいで予定を大幅に遅れてしまっている!」なんて言う始末。
もう森を抜ける道は分かっているので置いていってやろうかとも思いましたが、「タケシ様は尽力してくれたお陰で誰一人怪我無く進めているんですよ!」と姫様が一喝してくれたので、我慢しましょう。
結局、日が傾き始める頃は過ぎ、太陽が半分沈んだ頃にようやく森を抜ける事が出来ました。
この世界に来て初めての森以外の場所(湖周辺は除く)!
否が応でもテンションが上がります。
「……っと、そんな事は我慢、我慢。この後のご予定は?」
再び気を引き締めて姫様御一行に尋ねるも、姫様は少し困惑気味でした。
「予定であれば、この辺りに迎えが待機していた筈なのですが見当たりませんね……」
「そうなのですか?それでしたらここからまた歩きで?」
「いえ、この森から王都までは馬車でも最短二週間は掛かります。徒歩だとどれ程になるかは……」
「想像したくも無いですね…………」
「はい…………」
あっちの世界だと馬車って確か時速5・6km/hでしたっけ?
そうなると無理の無い範囲で進んだとして一日50〜60kmが限界でしょうか?
こちらの馬が同じとは限らないですが、余程の事が無い限り大きく変わる事は無いでしょう。
この森から王都まで、地理はまだ分かりませんが、馬車で二週間(日付等の単位も過去のあっちの世界から伝わり、同じ呼び名)って事は…………え!?700kmはあるんですか!?
え!?東京から広島くらいまであるって事ですよね?
い、いや……日本で考えると中々の距離ですが、他の大きな国に比べれば対した距離では無いんでしょうが…………。
落ち着き次第、この国やこっちの世界の地理を把握しなければ……。
とにかく、徒歩での移動は中々に現実的では無いですね。
そうなると移動手段の確保ですが…………。
僕が姫様に進言しようと思っていたところ、殆ど口を開かなかった騎士……長いですね、空気な騎士と名付けましょう。
その空気な騎士が姫様に進言していました。
「姫殿下。おそらくではありますが、こちらに待機していた者達は我々が予定より遅れた為、何か有ったと判断して報告に向かった。若しくは野営準備の為に一度近くの農村に向かったのでは無いでしょうか?」
「その可能性も有りますね…………」
いやいやいやいや、それは無いでしょう姫様。
だって遅れたと言っても丸一日とかじゃなく、数時間ですよ!?
「そんな事言ってるから彼女居ないんだよ」とか思った人が居るかもしれませんが、そういう事では有りません。
彼女との待ち合わせとかのレベルじゃなくて、自分達が守るべき国の姫様を「予定の時間過ぎたし、帰ろうか」とか言って放り出す馬鹿が何処にいるんですか!?
仮に、仮にですよ?
野営準備の為にこの場を離れるとしても、連絡役を数人置いとくとかそういう措置をするでしょう、普通は。
…………なんて言っても多分一蹴されるんでしょうね。
この国の常識が違う可能性も有りますし。
「森に入る前、最後に寄った農村がここから歩いて向かえる距離にあります。日が暮れてしまうでしょうが、それでもこの場で野営をするより良いでしょう。皆、あと一踏ん張りです。頑張りましょう!」
結局、姫様のこの言葉により、日が沈み暗闇に包まれた平原を徒歩で移動する事になりました。
さて、どうなる事やら…………。
馬車の速度や移動距離は平地での平均時速なので、馬の個体差や荷の重さ・状況によりかなり変わると思います。
あくまで参考程度に。
そう言えば私事ですが、広島行った事無いんですよね。
行ってみたいです。




