剛士、異世界の事を少しだけ知る〜異世界生活八日目②〜
名前……名前………。
どう名乗るのが正解なのか分からず、無言のままでいると、不満を隠そうともしない兵士の一人が声を荒げる。
「おい、そこの土人!殿下が名を尋ねているのだ!さっさと答えんか!」
「え?土人?」
「成人しているにも関わらず小さい背丈、そのくせ丸々と膨らんだ体と丸い顔に団子の様な鼻!何処からどう見ても土人以外有り得んだろうが!」
「え〜っと、土人と言うのは……その…………」
土人って何でしょう?
この世界には人間にも種族があるんでしょうか?
それならば獣人的な何か?
「黙りなさい!貴方の発言でこちらの品位が疑われるとは思わないのですか!?それにドワーフ族を土人と蔑称で呼ぶなど…………。恥を知りなさい!」
「申し訳ありません……。ですが……」
「これ以上この御方に失礼を重ねるのであれば、私にも考えがありますよ?それに謝るのは私にでは無いでしょう?」
あぁ〜、ドワーフの事なんですね。
てか、ドワーフいるんですか。
そうなるとエルフもいるんですかね?
まぁそれは置いておいて、命を救われたくせにまさか初対面で種族を勘違いし、そもそも蔑称で呼ぶとは。
この人、中々にぶっ飛んだ方ですね。
それに引き換えこの殿下……つまり国のお姫様ですよね?この方は中々筋が通った方みたいです。
「…………申し訳ございません」
納得していない表情で渋々、本当に渋々頭を下げる兵士。
そんな形だけの謝罪、嬉しくも何とも無いですがわざわざ拒否するのも面倒なので素直に受け取っておきましょう。
「えっと、それで名前なんですが……少し事情が有りまして…………」
「あら?そうなのですか?名乗れない事情がお有りでしたら無理に聞き出すのは失礼ですね」
「いや、そうでは無く、何と言うか信じてもらえない可能性が有りまして…………」
「命の恩人を疑ったりは致しませんが……。口では何とでも言えますね。でしたらどうでしょう?私だけにまずはお話頂き、それを私の口から皆に伝えると言うのは?」
「ひ、姫様!?申し訳御座いませんが、流石に命の恩人とは言え、未婚の異性が二人でも話すなど!それに身元も分からない方ですし…………」
あ、僕未婚確定なんですね。
まぁそうなんですけど何か腑に落ちない。
「そう言われましても。貴方達は全員この方を信用していないでしょう?勿論、私も全幅の信頼を。とはいきませんが、少なくとも貴方達よりほ幾分かまともです。あ、気を悪くしたなら申し訳ありません」
「いえ、初対面の者に信頼していますと言われた方が怖いですから。寧ろはっきり言っていただいて有り難いくらいですよ」
少し言葉を交わした初対面の人に「信用してます!」とか言われても信じられないですからね。
その点、この姫様は「疑っては無いけど、信用するかとうかは別」とはっきり言ってくれるので、その方が気が楽。
「ですので、貴方達は私達の声が聞こえない距離まで離れて周囲の警戒をして下さい。旅の御方。少し窮屈ですが、目に見える範囲にこの者達が居ても宜しいでしょうか?」
「えぇ。それは勿論。姿まで見えないとなると皆さんも不安でしょうし」
「寛大なお心、感謝致します」
そうして、姫様の指示通り兵とメイドさん達は僕達から距離を取って辺りの警戒をし始めました。
姫様と僕はメイドさんご用意してくれた簡易的な椅子に向かい合って腰掛け、お互いの自己紹介から始める事になりました。
……何か面接みたいですね。
少なくともこの世界で初めて会った人間、その中でも話が通じそうだったので、僕は包み隠さずこれまでの経緯を話しました。
自分は異世界からやってきた事。
この森の中にいきなり飛ばされてサバイバル生活をしていた事。
その他名前、年齢等。
念の為、ダンジョンの事については何も言わなかったけど、特に問題は無さそうでした。
「それは大変でしたね……。お気の毒に」
「え?信じてくれるんですか?こんな突拍子も無い話なのに」
「えぇ、勿論です。この世界には不定期では有りますが、異世界からやってきたと言う人物がおりましたから。それに言葉が通じているでしょう?これも、最初にこの世界に降り立った異世界人の方の言葉がそのまま今、この世界の共通語になっているからですよ」
「確かに……言われてみればそうですよね。それはそうとその人達は今何処に―――」
考えたら分かる事でしたが、最初から会話が成立していました。
それよりも気になる事。
異世界人が今はどうしているかを聞こうとしましたが、話の途中で姫様は目を伏せ、首を横に振った。
「いえ、一番最近でももう五十年以上前。既にお亡くなりになっていますので、現在は…………」
「そう……ですか…………」
「期待を裏切ってしまい、申し訳ございません」
「いえ……僕が早とちりしてしまっただけですから。顔を上げてください」
同じ境遇の人に会えるかもと一瞬期待したが、その希望は早くも崩れ去った。
まぁそんな都合良くいかないですよね。
「では、次に私の自己紹介と簡単にこの場所と私の国のご説明を致しますね」
彼女の名はクラリス、クラリス=フォン=ローゼン。
その森の東側に隣接している国の王女様でした。
その国の名は【ローゼン】。
西はこの森に面し、東側は海に面する気候も日本の様に四季がある穏やかな土地らしい。
南北にはまた別の国があるらしいが、それは今回の趣旨とずれるのでまた今度にしてもらった。
今現在いるこの森は暗き森・死の森と呼ばれている未開の地。
自然豊かで、手付かずの資源が眠っていると言われているが、凶悪な魔物達が跋扈する魔境と呼ばれており、この薄暗さも相俟ってそう呼ばれているらしい。
今回クラリス姫様達はこの森の調査をしに来たと言います。
「そんな危険な森に姫様御本人が?それにしてはその……」
「護衛の数や質が……ですか?」
「言いにくいんですが……その…………はい」
「はっきり言いますね。ですが、タケシ様の仰る通りです」
「僕の言った通り」と姫様は言い切った。
つまりは…………そういう事だ。
「私の上には兄と姉が一人ずつおります。時期国王は兄上なのですが、どうも私は疎まれているらしく…………」
「調査と銘打って、亡き者にしようと?」
「そうだと思います」
初めて遭遇した異世界人。
その人はある国の姫でした。
しかも今正に命を狙われているお姫様。
この異世界転移。
ハードモード過ぎませんかね?




