ゴーシィ、猿に回される〜異世界生活百二日目〜
今話は夜の場面からスタートです。
今更ですが、この世界とタイトルの一日は日が昇ってから次の日が昇る迄となります。
え?百話越えてからこの説明するの遅い?
細けぇ事ぁ、良いんだよ!(ゴルゾフ風)
昨日に引き続き薬草を探して、サハギンの肉をまたも食べ終わった頃には日が完全に沈んていました。
朝には服も乾いたので、流されてきた時の服装に戻っています。
布って良いですね、布って。
サハギンや火竜の襲来も無く、昨晩も小動物以外に姿を見なかったので、この場所は比較的に安全かもしれない。
そう油断をしてしまっていた罰なのでしょうか?
既に遭難と言う罰を受けているし、そもそも罰を受ける理由が思い当たりませんが…………。
「っ!?」
物音に反応し、即座に川を背にして音の原因であるソレを注視しました。
音の原因は木の揺れによるものでした。
しかし今は無風、夜の帳が下りた森で視認性は無い等しいですが、それでも見える範囲で生き物の姿は無く、そもそも何かが近付く音も気配も此れ迄感じませんでした。
木の揺れが収まり出した直後、何かが眼前に迫ってきます。
咄嗟に首を傾けそれを避けましたが此れは…………石?
明らかに僕を狙った投擲。
四足歩行の生き物では不可能であり、其れ等の生き物からすれば人類のみが使える一種の魔法。
それが使えるって事は人間か或いは―――
「類人猿…………」
簡単に言えば猿。
例えばTVで見ていた某有名チンパンジーは木の枝や長い棒等を使って器用に餌を取る事がある。
しかし本来チンパンジーは投擲は不可能な筈。
正確に言えば可能ではあるものの、時速30km程であり12歳頃の子どもでももっと早く投げられるので、脅威にならない。
しかし、今の投擲速度は人間そのもの……。
頭をフル回転させている中、またもや木が揺れ、その張本人が姿を現しました。
闇夜に紛れる漆黒の体毛に覆われたた身体に二つの真っ赤な双眼が妖しく光を放っており、体長は130cm程。
大型のチンパンジーと言っても過言ではありませんが、口から見える剥き出しの牙は肉食獣そのものでした。
それに加えて目を引くのは身長の3分の2はあるであろう、逞しい腕。
見た目はチンパンジーなのに腕の太さはゴリラみたいな正に魔獣と呼べる見た目。
「せめて僕を侮ってくれると嬉しいんですが…………厳しいみたいですね」
此方をしっかりと見据えるソレは決して油断も慢心もしていませんでした。
一定の距離を常に取り続け、僕の一挙手一投足を警戒していました。
そして姿を現したと同時に森の中から少しずつ、目の前にいる者と同じ気配が増えていっています。
「気配を察知する能力は自信あったのですが、どうやらこっちの世界ではまだまだみたいですね…………」
人間と同等かそれ以上の投擲能力、人を遥かに超える気配隠蔽能力とくれば気配察知能力も僕より高いと見るべきでしょう。
そんな存在が多数いるとくれば、それは即ち―――
「逃げられない……ですよね、流石に」
逃亡は不可能な上に敵意から察すると対話も難しいこの状況で取れる手段は一つしかありません。
「結局、平和な夜を過ごせたのは一日だけですか…………辛い」
腰に提げた漣を抜き放ちます。
それを見た猿……黒猿とでも呼びましょうか、黒猿はゴリラに似た咆哮を上げました。
咆哮が終わるや否や、森の様々な場所から弾丸の様な石礫が僕に目掛けて放たれました。
元いた場所を即座に飛び退くも、照準は既に向かう先に向けられ、途中で無理矢理地面を蹴って大きく狙いを外す事にしました。
「偏差射撃とか…………FPSガチ勢ですか、あんた達はっ!」
着地したと思えばまたも礫の嵐。
森の中で遭遇していればあっと言う間に蜂の巣にされていたと思うと背筋が凍りますね。
川を背にしている事で何とか背後を取られない様に立ち回るもこのままでは数の暴力に押されてジリ貧になる事は目に見えていました。
目の前に現れたボスであろう黒猿は投擲はせず、僕をしっかりと見据えたまま、時折咆哮を上げて僕の動きを皆に報せる司令官の役割でしょうか?
「だったら先ず、お前を…………斬るっ!」
石の弾幕が一瞬途切れた刹那、僕は身体強化を施して一気にボス黒猿の下へ駆け抜けます。
その間にも礫が飛んできましたが、この速度の偏差は難しいのか何発か以外は狙いが外れ、その何発かも漣と逆の手に持っていた鞘で弾き切った時にはボス黒猿は目の前でした。
辿り着くと同時に袈裟気味に相手を両断しようと刀を振るいますが、恐ろしい反射神経で相手はバックステップで距離を取り、茂みの中へ隠れてしまいました。
「敢えて気配を消さずに此方を挑発しているんですか…………。中々に知恵が回りますね…………」
気配を消さずに位置を此方へバラす事で、追い掛けさせようとしているのでしょう。
もし仮にそれに乗ってしまえば僕は森の中へと突っ込み、接敵した際に考えた通り、四方八方から石の弾幕に襲われる事になるでしょう。
礫は相変わらず飛んできますが、先程と比べて速度も精度も数もお粗末。
司令官がいなくなってどうすれば良いか悩んでいるのでしょう。
わざわざ自分から姿を消してくれるなら―――
「では、もう用は無いでしょうし…………さようなら!」
川に沿って全力で駆け出しました。
引っ込んでくれるならわざわざ戦う必要もありません。
疎らに石が飛んできますが狙いはおざなり、直撃しそうなものだけを弾き、後は今の内になるべく距離を取れる様に後ろを振り向かず全速力で走り続けました。
「気配は…………無いですね。勿論、安心は全く出来ませんが」
さっき遭遇した仮拠点から約5キロ程川を遡り、途中で追ってくる気配が無くなったので一安心です。
しかし、僕が感知出来ない程のステルス能力を有している今、完全に安心出来ないのは痛い。
「夜は眠らず、朝日が昇ってから少しでも仮眠を取って昼から日が落ちる少し前まで行動…………が良いでしょうね。活動時間が減る分、かなり動きが制限されますが安全に越した事はありませんからね」
茂みになるべく入らない様に木々を集めて火を熾し視界を確保しつつ、辺りを警戒しながら少しでも疲れた身体を休ませる為に座って、夜を過ごす事になりました。
あぁ、こんな事なら日中寝ておけば良かった…………。
主人公はチンパンジーだけを例に出していますが、他の猿も道具を使う種類がいます。




