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三月六日 1

 カーテンから差し込む朝日にうめきながら、俺は眠たげな目を擦りながら体を起こした。


「………はぁ」


 目に朝日が突き刺さるよう…また、体に停滞する眠気を拭いきれない。寝足りなさにため息をするも、とりあえず体の中に溜まった悪い物を吐き出すように深呼吸を繰り返す。


 徐々に頭がクリアになっていく…血が体の側面を這い上がって、落ちて、ぐるぐると駆け巡る感覚。しかしまだ、立ち上がるのは難しかった。布団の中に隠れている下半身は、まだまだ眠気を享受していたいらしい。


「あんまり…眠れなかったな」


 右手で顔を、張り付いた眠気を取り除くように揉む。昨夜は非常に寝つきが悪かった。バイト先からもらってきていた夕食を食べて、すぐに布団に入ったからか。せめて風呂に入ればよかったか? 身も心もさっぱりすればもう少しマシな睡眠は取れただろう。

 ――瞼を、閉じても、消えない。


 少しだけ開いた窓。しまった、なぜ閉めておかなかったんだろう。だからあんなに寒かったんだ…昨日は布団の中で体を丸めて、両手で冷える足を擦りながら寝た。


 しかし、カーテンは風に揺れる。整理の無さでカーテンの足に当たるような場所に色々置いてあるから、たいてい一つくらいひっくり返してしまう。だから毎日必ず閉めるように気をつけていたのに。それに、なぜ気づかなかったんだろう…元より物音に敏感な俺は、静寂に包まれる耳は、カーテンの揺れ、風の音を聞きつく事ができるはずだ。なのに昨日の夜は、そんな事には全く気づかなかった。



 ――わからない。説明、できない。



 どれだけ寝ようとしても、目を閉じ広がる暗闇に身を投じても、ゆらりと現れる影。…屋上の景色。そしてあの少女の姿を何度も思い出してしまっていた。



 ――なぜだろう?



 儚い彼女の姿が、ひどく印象に残ってる。

 まぁしょうがないのかもしれない…あんな奇妙な事を言われて意識しない奴はいない。それ昨日は、一応俺の人生の一大事だった。自殺しようとしたんだった…しかし、未遂に終わったが。


 人でないような人を見たのは初めてだった。今思い返すからこそ、冷静にそう思える。

 全く「人」を感じない雰囲気。けれど、どこかで見たことあるような面立ち。


 人としての体温を感じない彼女は奇妙この上なかった。神々しさがともなっていたものの…それは不気味ですらあった。いてはいけないようなモノがいるような、あるはずのないモノがあるような、そんな奇異感を感じた。


 もちろん以前に会った事はない。ようするに、その事が気になって眠れなかった。



 ―――「死ぬの?」―――



 時計を見る…六時か。ならあれは、たった八時間前の出来事。今でも頭に、呪文のようにリフレインする。



 ―――「死にたいなら、ちゃんとした死に場所をあげる」―――



 死に場所を選べるなどと、信じられなかった。…いや、「あげる」か。あくまで俺は受け手で、死も結局与えられる側らしい。


 でも、死に場所は与えられる(・・・・・)


 親切心はありがたいが、はっきり言って、少なくとも投身とかはもう当分したくない気分だ。なのに与えられる(・・・・・)。つまり「貴方は死ぬんだ」と言われたのと同じだ。俺は死ぬ気はもうないから…やっぱり殺されるって事なんだろうか。

 しかし、死因は何なんだろうな。病気? 俺は健康体だ。なら事故? …むむ、それは仕方なさそうに思えるけれども。冗談もほどほどにしてほしい。妙に気になるじゃないか。


 一番重要な事は、俺が死ぬ事をまるで知っているかのように、自分で与えられるように言えた事。俺の死には何かしら彼女が関与するのだろう。


 冗談で言っていたのか? 可能性としてはかなり高いな。というか、そんな遊び心は止めてほしい。第一…たった一度、それも数秒しか会わなかったけれども、平気で嘘を言うような奴には見えなかった。あくまでただ事実を告げにきた…死を宣告しにきただけ。非現実過ぎるけれども、でも、それは本当の事だった。なぜそんな事を…? 疑問は尽きない。このままだといつまでも悩み続けてしまいそうだ。


 欠伸交じりにきょろきょろと周りを見回してみる。そこはいつも通りのゴミ溜めのような、俺の部屋だった。部屋にはあちこちにゴミが散乱し、万年布団の場所一区画だけゴミはない、といった具合の散らかりよう。部屋の隅にはいい加減洗わなければならない洗濯物が投げやられていて、自分で見てもだらしなさを感じる。彼女はもちろんいない。俺にそんな甲斐性はないし、ほしいと思った事もなかった。…自分の事で精一杯だったからな。別に興味がないわけじゃないし、男と男の愛にはあくまで否定派の立場だ。


 …ただ、不幸にさせたくないだけだ。俺と居れば、絶対にその人は不幸になる。簡単に自殺なんかしようと思うほど、根性のない奴だぞ? …俺みたいな責任逃れが、人を幸せにできるはずがない。断定するわけじゃないが、ある種の確信はある。…今までまともに幸せを感じた事のない奴が、どうやって他人を幸せにできるっていうんだ。それに大切な人には…普通の人以上に幸せになってほしい。でも、俺はその逆の結果を出してしまうに決まってる。それが、怖かった。そうしてでも、という勇気が持てなかったのさ。


 足元を注意しながら部屋を出て、Tシャツとトランクスのみの姿で階段を下りる。ふらふらとした足取りを手すりで支えながら、ギシギシと一段一段下っていく。下り切った所は、ちょうど居間の中が何とか見える位置になる。


「………ちっ」


 色あせた木目のちゃぶ台とその下に見える親父の足。一升瓶と転がったコップ。思わず顔をしかめてしまいそうないびきと、おそらく一晩中つけっぱなしなんだろうテレビ。


「…そのまま死んでしまえばいいんだ」


 矛盾だ。自殺する勇気があれば、殺す方がすっきりするだろうに。バカだ俺は…どうせなら、自殺を決め込む前にまずこいつを殺しておくんだった。本当に自殺する勇気もあったかは別にして、だ。


 ようするに、罪をかぶる度胸がないんだ。自殺はできるくせに悪者扱いされるのは嫌…まぁその自殺さえできてなかったんだからこの事を考える意味はない事になるんだろうけど。あの少女が出てきたからとはいえ、それは自殺を止める理由にはならない。


 なぜ拳銃をあのまま持って帰らなかった?

 なぜ投げ捨てた?

 なぜ…拳銃を自分から遠ざけたかったのか?


 そう自問してみれば簡単にわかる。おそらく自分でも知らず知らずに、生活のため、ただバイトに明け暮れる怠惰なこの生活にまだ浸っていたいと思っていたんだろう。「死にたかった」という表現も本当は適切じゃなくて…単に自分を理想から遠ざからせる要素を、自分の視界から一掃したかっただけなんだ。死ぬ直前になって、それがわずかな幸せをも失う事に繋がると知って、恐怖した。俺は自分の思っている以上に「ここ」が好きらしい。


――隆史…お父さんの事、お願いね?


 …母さんとの約束がなければ、とうの昔にこの家を出ている。母さんも何であんな事を言ったんだろう…まぁ律儀に守る俺も俺だけど。俺がいなくなれば、この家はあっという間にどこかのヤクザにでも差し押さえられるだろう。あのクソ親父に限って、稼ぐ能はない。勝手に野垂れ死んでくれればいいさ。そうなればもう俺の知った事じゃない。


「…ちっ」


 黒い考えを浮かべてしまった事に舌打ちしながら、最後に心底からの軽蔑の目を向けて洗面所に向かう。…朝から憂鬱な気分だ。最悪だな。全部…早く忘れてしまいたい。


「ヒゲ…剃ったほうがいいな」


 洗面台の鏡に映る顔は、血色はいいが力がない。右手でわずかに伸びたヒゲを撫でながら、左手でカミソリを取る。


「朝飯は…いいか。そんなに時間ないしな」


 石鹸も無しに、そのままでヒゲを剃る。身だしなみをたいして気にしていないだけに、肌にもあまり気を使わない。手慣れたもので、それでも肌を傷つける事はない。


 鏡の中の自分は、たぶん街中で見ても、とても昨日自殺をしようとしていた奴とは思わないだろう。こんな顔した奴はむしろ街ではあふれるくらいにいる。何だかつまらなそうな…それでいて何かを期待するような顔。


 あらかた用意の終え、灰色のショルダーバックを肩にかけ、ジーンズに赤いカジュアル系の上着…その上に革ジャンパーを着て、今日はゴミ出しの日なので袋を両手に家を出る。


 昭和中期に大量に建売されたここ一帯の家は、今年…つまり平成十年を迎えてようやくボロが出始めているようだ。同じ時期でもこの町の家はただでさえデザインが古臭い。なのに外壁が酸性雨で崩れ、タイルが所々剥がれては土色の中身を晒している。そんな風景があふれる路地裏に俺の家はある。大通りを離れているから土地が安かったらしい。

 朝日がアスファルトを照らし、街路樹に滴る朝露がきらめいている道。少し薄着過ぎただろうか。ちょっと寒い。ちょっとの風でも、耳の裏を焼くように冷たかった。最近の異常気象によって発生した季節遅れの寒波が日本に停滞しているからだ。


 常々「死ねばいいのに」と、毎日あの親父の姿を見る度に思っていた。どうせ酒を飲んでいるなら、そのままアル中になって死んでしまえばいい。でも、なかなか死なない。一応飲む量を守ってるのだろうか? 本音を言えば…葬式代がかかるから、いっそ山奥とか、誰にも知られずにひっそりと死んで欲しい。そんな現実めいた考えが脳裏をよぎる。


 路地を抜け、踏切までたどり着く。黄色と黒の色彩のバランスは、注意を引きやすい組み合わせだけに、景色から浮き出ているように見えた。下りている踏切棒に立ち止まり、腕の時計を確かめる。


「六時半…ちょい過ぎか」


 バイトの関係上、俺には遅刻だ。目覚ましのベルを聞き逃したか。まぁたまにはいいだろう。


 踏切は未だ下りたまま。もう少しで来るはずなのにいやにその間が長く感じられる。列車の到来の気配はない。駅でまだ乗車中なんだろうか。駅がすぐ近くにあるからな。…長い。このまま通り抜けてやろうか。そんな風にまどろっこしさにイライラしていると…。


「…ん? 何だこの音…?」


 早朝には似合わない、低いブゥゥウウウン…という車のエンジン音。距離感的に、踏切の前にたどり着く前から鳴っていたんだろう…意識していなかったから気付かなかったのか。それもかなりスピードの出しているようだ。周りがひっそりとしていて静かなだけにエンジンの音が嫌にうるさい。こんな音を出すのは夜中の暴走族くらいなものだ…って、朝っぱらから暴走族の類か。結構な事だ。できれば皆の安眠のため、どこか別の所でやってほしい。何より歩きの俺にとって、少し癇に障る。


 こっちからだ…と、少し目を細める。両側に民家が敬礼するように並んでいる道の先を見た。踏切で隔てられた、狭いその一直線上の道の先から、一台のワゴン車が走ってくる。高そうなシルバーのワゴンだ。何を急いでいるんだろう?


「…おかしいな」


 ただの急ぎの車でも踏切を前にしているなら、もうそろそろスピードを落とさないといけないはずだ。しかし、その素振りは一切見せない。その加速さを見るに、アクセルを目いっぱい踏み込んでいるんじゃないかと思われるくらい…。いい加減減速を始めないとまずいんじゃないか―――――?


 二十メートル、十五メートル、十メートル…!

 なおも、スピードは上がり続ける。


「…こりゃ、ヤバい!」


 言った瞬間鳥肌が立つ。踏切から後ずさる。

 瞬間。



 ―――死に場所って、ここか?

 


 そんな言葉が、頭を掠めた。


 殺されるのか。自殺じゃなくて。


 あぁ――それなら確かに、俺は自殺したクソ野郎にならない。被害者として、この世からおさらばできる。あのワゴンの運転手も、見た限り飲酒運転か何かだろう。それも罰せて一石二鳥だ。死ぬには最適…に思える。だけど、


「…いや、違う!」


 俺の独りよがりな直感だけど、幽の言ってた死に場所というのはここじゃない気がする。俺の望んだ死に場所は、静かな澄み切った場所だ。都会の喧騒から離れた、まさにあのマンションの屋上のような、孤独で寂しい場所なんだ。


 それに第一、もう死ぬ気なんか、とうに失せてる。


「ぶつか…!」


 目を背けてしまうほどの激突を予感した。鳥肌を振り切って、近くの家の車庫に身を隠す。どんどん加速し続けるワゴン車は、最高速度のまま飛び込んできて、


「…っ!」


 山ほどのガラス瓶をまとめて砕いたような轟音。続くのはベキベキと、軋む車体の音だ。踏切の棒をへし折ったワゴン車は線路の角に引っかかったらしい。それが原因でカーブし、踏切の鉄製フェンスに正面からぶつかった。


「…な」


 何なんだ、…この、目の前の光景は。

 動悸…今頃になって、震える体。


「おいおい、大丈夫かよ…」


 車庫から身を乗り出して確認する。カラカラ…と浮いた後輪が回っている。前部はフェンスを貫き、その先にある溝にはまっている。車の後部が少しばかりまだ線路上だった。


 助けなければ、と瞬間的に立ち上がる。とっさに他に救助に参加できる人はいないか辺りを見回すが、運悪く自分以外はいないらしい。確かにここは普段から人通りが悪かった。


 車に駆け寄る。

 痛々しいほどにヒビの入ったフロントガラスが目に入った。それを見ないよう俯きながら。


「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!」


 よほど衝撃が強かったのか、車体前部の窓には雷を模写したかのように、激しくひびが入っていた。運転席のドアを叩く。が、返事をしない、動かない。いてもたってもいられずに、俺はドアを開け、うなだれて動かない運転席の中年女性を揺するが、


「…死んでる」


 おそらくフロントガラスに強くぶつけたのだろう。頭部はガラスの破片が飛び散っていて、破片のいくつかは頭に刺さっている。血は額、こめかみの髪の毛から染み出るように肌を伝っていて、血の涙を流しているようにも見えた。


「ひでぇ…マジかよ」


 ドラマや映画では見た事があったが…いや、あれらはすでに作り物だ。…実際に人が死ぬ瞬間、数秒前までは生きていたような人の死体を見るのは初めてだ。予想以上に醜くて、痛々しい。それ以上見ていたくなかった。


「死ぬって、こういう事なんだな…」


 俺の心のほとんどを満たすのは、恐れ。助けようなんていう考えはどこかへ行ってしまったみたいで、もちろん助けようとする気持ちはあるにはあるけど、悪いが一目で即死だと確信できてしまう惨状だ。


 息する事を忘れた体から目を逸らす。血に酔って色が目に滲んでしまったような気がして、目を袖で擦る。


「後ろにも誰かいるな」


 ワゴン車の後ろの窓は右側だけ開いていた。寒くなかったのだろうか…どっちにしても好都合。中を覗き込む。セーラー服姿の女の子が一人…俺と同い年くらいだろうか。


「大丈夫か…? 生きてる?」


 揺すってみるやはり動かなかった。だが、こっちは外傷は特に見当たらない。顔色も悪くない。よかった…こっちは生きてる。


「出せる…か?」


 正面からぶつかったワゴンに長い間乗せておくのは危険だ。もしかしたらエンジン部分に傷が入って爆発する恐れだってある。匂いはしないが、ガソリンが漏れ出しているかもしれない。

 俺は車内に乗り込むと、女の子の体を引っ張り出そうとする。が、鞄を抱きかかえていて、思うようにいかない。気を失う瞬間に思わず抱きしめたのだろう。でも…そのおかげで外傷がなかったのかもしれない。胸の前に抱きかかえた学校鞄がクッションになったのだろうか。


 そんな時、線路が震える音がした。


「オイオイ…!」


 カンカンカン…と踏切棒が降りる。電車が迫ってきているんだ…!


「…っ、この子は後回しだ…ボタンがあるんだよな、確か。緊急停止の奴が」


 少女を引っ張り出すのを一時中断し、線路沿いにある緊急停止ボタンを押す。これで運転手に伝わるはずだ。ボタンのある柱は二本あったが、一本はすでにワゴンが押し倒していた。倒れた柱の根元の穴には、束になった配線がはみ出していて、そのどれもが引き千切れていた。


 助手席にあった中年女性のだろう携帯電話をポケットに入れ、なかなか離さないので、鞄ごと彼女を抱きかかえて外へ。


「重いな…くそっ…」


 女性に向かって言うには失礼な言葉だけど、この際勘弁してもらいたい。一応これは鞄のせいだとわかっていたが、毒づかずにはいられない。

 彼女の体を踏切の外の道路に寝かせた後、間髪入れずに携帯電話を開き、一一九を押す。プルルルル…と電子音が数回繰り返された後、男の声が聞こえてきた。


「こちら水越町消防署です。どうぞ」


 場所、発見時刻、怪我人の数を言い、電話を切る。動かない女の子…何故か不安になって、肩を揺すってみる。しかし動かない。息はしているようなんだが。


 その頃、踏切までたどり着いた電車はここ一帯に響き渡るようなブレーキ音を伴って急停止した。電車の窓からは、こちらの様子を窺う客らが見えた。すぐに年配の車掌が下りてきて、駆け寄ってくる。


「あちゃぁ、こりゃひどいな…君、救急には連絡したか?」


「はい。そちらは?」


「あ、ああ…いかんいかん。こっちも上に連絡せんと」

 去っていく車掌を見送った後、俺は少女を見下ろす。髪が顔にかかっていたから、左右に分ける。顔立ち、状況から考えて、あの中年女性とこの子は親子だろう…でも、可愛い。本当に可愛くて、思わずじっと見つめてしまう。


 長い黒髪が、きらきらと朝日に光る。二重(ふたえ)の瞼がそっと閉じられていて…街中であったら思わず振り返ってしまいそうな顔だ。この子も運が悪いな…学校に行く途中だったのかな。


「死ぬなよ…」


 俺の口からは、とても昨日自殺しようとしていた奴とは思えないセリフが出た。彼女は、動かない。心配になってその右手に自分の手を絡ませる。…暖かい。少し落ち着けた気がした。


 ほどなくして救急車が到着し、少女とその親の、二人の体が車内に運び込まれる。俺もついて行きたかったが…止めた。せっかく助けた命には、最後まで付き合ってやりたかったが、きっと警察やらに何か聞かれるかもしれない。一度は銃を持った身だし…君子危うきに近寄らずって奴だ。そこは自制するしかないだろう。


 それに、いても自分は何もしてやれない…それだけは何となくわかっていた。それで、十分だった。


「すみません。これを」


 彼女が抱きかかえていたバックを、近くに来た救急隊員に渡す。忙しそうな隊員は半ば奪うようにバックを持っていってしまった。


 もう、何もする事はない。 


 だけど俺は、救急車が発車するまで、そこに居続けた。



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