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挿入話② 静かな火種

 気づけばもう午前四時。僕は一晩中、ずっと正座していたらしい。


 しばらくしたら帰りますから、と何度も言い続けたあげく結局朝まで。奥さんも警戒心がない…きっとあいつから私の話は聞いていたのだろう。私が夜中いる事を拒まなかった。


 築四年以内だろう一軒家。こんな立派な家、金使いの荒い僕じゃ到底無理だ。


「奥…山」


 何度呟いただろうその名前を、噛み締めるように言う。


ははは、何てザマだ。こんなしわくちゃな顔に涙なんて、似合うわけ、ないのに。


「奥山…お前って奴は」


 可哀想にまだあんなに若い妻が、もう未亡人だとは。不幸者め…せめて子供でも残していけ。まぁ結婚していない僕に言える言葉じゃないが、こんな広い家は、一人には寂しいだけだ。


 市内警官のほとんどが通夜に出席していた。明日は警視庁、また県庁からも何人か来る。実力のある奴だったから、何度かお上からも声がかかっていたらしい。


「…っ、…バカが」


 真面目腐って刑事なんかやってたら体が持たないぞ。

 僕の相手なんか後回しで…よかったぞ。

 畳の部屋。正座をずっと続けて…棺の中の姿を幻視する。

 蓋を開ける勇気はない。家族が顔を拝む際に僕もついでにのぞき見た。…傷ひとつない綺麗な顔。現場に到着した僕が見た時と同じ…いや、若干白かったか。箱の中の奥山は化粧みたいな物を少し塗られていた。あいつが化粧をするなんて…ぜひ生きている間に、からかってやりたかったものだ。


「…奥山、僕は」


 教育係として初めて会った時の、緊張した顔つき。今でも覚えてる…僕と奥山は、なんとその日にもう初検挙をした。強盗の現行犯逮捕だったが、いや、あいつの投げは立派で、柔道って奴を少し見直した。


――「奥山さん、タバコは止めときましょう。代わりにお酒はどうですか? 純米酒ですけど…日本酒は飲む量さえ間違えなければ体にすごくいいんですから」――


 たいした相棒だった。何より人格ができていた。僕から何かと問題を押し付けられても、ちゃんとこなした。皮肉も言ったが、難解な事件に当たる度にひらめきを与えてくれるジョークだった…。


 最後にあいつの顔を見たのが、昨日病院の帰りに寝て、それから起こしてもらった時だ。あのまま行かせるんじゃなかった。後悔の念が絶えない。殺される事がわかっていたなら絶対に止めていただろうし、逃れられない運命だとしても、車の中で寝ずに、悔いの残らないように会話をしていただろう。あいつと最後のコミュニケーションをとれたチャンスを棒に振って、僕は眠りの中で、隣に奥山を感じていただけだった。


「ホントにバカだねぇ君は…逆に殺されるなんて」


 真面目過ぎるの肩凝るぞ、ってあれほど言ってただろうに。何も夜中に、殺されに行かなくてもいいのに。してやられた、犯人に対する敗北感と復讐心が、涙を燃料にしてメラメラと燃え始めるのがわかった。


「君も、がんばったんだからなぁ…僕も」


 殺し返してやりたい。それが本音。でも、どうもこの警察という肩書きがあるおかげで、そんな気になれない。奥山も、僕が殺人を犯す事には本気で反対するだろうし。


「…絶対に、捕まえてやるぞ奥山。お前の名にかけて」


 …それしかない。年老いた僕がお前にしてやれる事など。刑事である自分がしてやれる事は、たったそれだけしか。


 逃すものか。今まで…奥山が相棒になる前からも検挙率は高かった。県内でも自分がたの刑事に劣る事など考えられない。若い頃の実力は鈍っていない…むしろ、奥山といた事で逆に視界が広くなったように感じる。このような考え方もあったか…一緒にいると、そういう発見も多々あった。


 棺の中で、ぐっすりと休んでいるだろう。今まで休む暇もなかったろうに…。

 だから、休め奥山。お前は働き過ぎた。

 それにたまには、俺に迷惑をかけたってよかったんだぞ?

 とても大切な相棒だった。いや、教育係として接してきた時から、家族のように思っていた。きっと奥山、お前は俺にとって、息子のような存在だったんだろうと…思うよ。


「奥山、お前の遺志は、俺が継ごう」


 立ち上がろうとした時、内ポケットの携帯電話が鳴り始めた。時刻は午前二時三十分。…嫌な予感だ。でも、俺は心のどこかで、このベルを待っていたような気がする。


「はいこちら山本…」


 ―――外は寒い、寒い春。


 季節の始まりを彩るにしては、少々厳しいのではないだろうか。できれば…暖かく、柔らかな心持ちで迎えたかった。…新年迎えは、できたのになぁ。


「そうか。わぁかったわぁかった…いや何そろそろかと思っていたぞ」


 電話の内容は、殺人が出たという意味で、予想通り。――だが、


「それ、本当? 挑戦としか思えないなぁ…そうだ君、すぐに関係者に連絡を。僕はその前に寄っとく所があるから」


 電話を切るとすぐさま玄関へ向かった。正座のし過ぎで軽く痺れてはいるが問題ない。もう見えない畳の部屋を、スーツについた畳のカスを払いながら、立ち止まり、振り返る。


「じゃあな奥山。墓参りはもう少し後になりそうだ…葬式にも出席できそうにない。そうだな、全て解決したら…土産話を片手に拝みに行くぞ。せいぜいもてなしてくれ」


 呟き。でも、どこか芝居めいて儀式的な…誓いだった。




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