醜い欲望を呼び起こしたのは。
「例えば、の話です」
彼を見つめる。彼は口を開かない。
「愛し合う男女がいて、それが血の繋がる実の兄妹ならば。周りは祝福するでしょうか」
彼は目をそらす。
「その男女の婚約者がそれを知って、拒絶するのは仕方ないことではないでしょうか」
彼は俯いた。
「…妹さんの婚約者は、婚約破棄に向けて動いています。貴族裁判も辞さないとのこと。貴方の家の衰退は、約束されたも同然です」
彼は拳を握る。いい加減、自分の誤りを認めたのだろう。
「…ですが、貴方の妹さんは今代の聖女さま。聖女さまのご実家は最低限の保証を国から約束されているのもまた事実。…さて、どうします?」
彼は、私に跪き頭を垂れた。
「今後、決して逆らいません。貴女のために生きると誓います。どうか、我が男爵家をお守りください」
彼は男爵家の跡取り。私は公爵家の末娘。私達の婚約は、彼の妹が聖女さまだからこそ成されたもの。その聖女さまに問題があるのだから、両親は男爵家を損切りするつもりだ。でも、私が彼に嫁ぎたいと言えば私に甘い両親はそれを許す。
そうなれば、この男爵家は国の保証と私の実家の力で首の皮が繋がることになる。
その代わり、私に頭が上がらなくなるけれど。彼は、それを選んだ。
「…ふふ、ええ。私の可愛い婚約者のためですもの。守って差し上げますわ」
こうして彼は、私のものになった。
彼と結婚して数年。
あの後、彼の妹は教会に引き取られ聖女として活躍している。ただし…もう、結婚や恋愛は許されない。普通なら、聖女にはそのくらいの幸せは認められる。でも、彼女は彼と過ちを犯した。もう、戻れない。
一方彼は、私のお人形さんになった。
男爵家は結局存続している。私がお嫁に来たから、実家の公爵家の私への溺愛ぶりを知るものは男爵家を表立って悪く言うこともなく、関係を断つこともなかった。結果男爵家は私の実家に守られている形になっている。
それに感謝をして、私を崇める義理の両親、そして夫。この家庭環境は、私にとっては実に都合がいい。
「ふふ」
私は愛する我が子を抱きしめる。彼との間には男の子が一人だけ生まれた。私は、その子を溺愛している。
「愛してるわ」
我が子は、そんな私の腕の中で何も知らずに眠っている。
「けれど…ああ、この子は将来、公然の秘密と化した父と叔母の過ちを知るのね」
そう考えると…ゾクゾクした。
「ふふ、可哀想で可愛い我が子。どうか、私を楽しませてね」
あの時。彼を問い詰めた時もすごく良い顔を見れてゾクゾクした。義理の両親となった彼等の、真実を知った時の絶望した顔もゾクゾクした。愛する兄と引き離された聖女さまの顔は傑作だった。
私は人の絶望した顔が好きだ。特に、愛する相手のそれならばなおのこと。
とはいえ、愛する人に酷い仕打ちなど出来ない。そう思っていたのに。
彼は私を裏切った。彼は間違いを犯した。
それがきっかけになって、私の中の醜い欲望が目を覚ましてしまったの。
「もちろん、積極的に傷つけるつもりはないの。ただ、ただ絶望した顔が見たいだけ。…ああ、楽しみで楽しみで仕方がないわ。愛する我が子。本当に心から大切よ。愛しているわ。だから、素敵な表情を見せてちょうだいね」
私はきっと歪んでいる。けれど、私はすごく幸せだ。
【長編版】病弱で幼い第三王子殿下のお世話係になったら、毎日がすごく楽しくなったお話
という連載を投稿させていただいています。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。