3.1話 確執
「警視庁の調査によると、今週は都内全域で犯罪率が上昇気味です。外出する方はもちろん、家にいる方も、戸締りをしっかりして1日をお過ごしください。」
お、このニュースキャスターいつもと違う言葉も喋られるんだ。
この前までは「今日は暑くなる予定です。みなさん気をつけてください」とか小学生でも分かりきっている天気予報しかしないくせに。
新しい発見だね。今日はいいことがありそうだ。
パンを焼き、バターを塗り、無造作に口に運ぶ。
ん、不味くはない。美味しくもないけど。
……こんな斜に構えた態度しか取れないから母親から嫌われるのかな。
まああんな母親に好かれてもなあ、と一人で勝手に苦笑する。
食事を終えて身だしなみを整え、居間の姿見を見る。僕の栗色の髪は一本も乱れておらず、学生服をピシッと着こなした姿はある種人目を引く容姿をしているといえるだろう。これは傲慢不遜な言葉に聞こえるかもしれないが、僕自身、顔は整っている方だと思っている。結構この顔で得をする事も多い。こればっかりは母親に感謝だな、とは思うが口に出して直接言ってやるつもりは無い。癪だし、顔が良くて得する事も多ければ、損をする事だってあるのだ。五年生に進級した直後のあの出来事は思い出したくもない。まあそんなこと顔面に自信のない人からしたら嫌味でしかないのだが。
よし、行くか。
そう自分自身に語りかける。
というより、言い聞かせる。
その日の僕はどこかふわふわした気持ちで、言ってしまえば浮き足立っていた。
無理もない。なぜなら宿題を無くした焦りと、それを口実にまたあの男性と喋られるかもしれないという子供じみた嬉しさが頭の中に混在しているのだから。初めての体験なんだ。こんなこと。
ローファーを履き、玄関の扉を開け、外の空気を吸う。
「行ってきます」
やっぱり、返答はない。
*
歩きながら明日の計画を立てる。
友人二人と母親に悟られずにあの男性の家に行く方法。何かないものか。
うーんと唸りながらいつもの場所へ向かう。いつもの時間に右折と左折を繰り返していくと、見飽きた顔、と言ったら失礼だが、昨日ぶりの顔がそろう。
「おはよ……。」
「……おう。」
昨日あんなことがあったからか、二人ともどこか元気がない。どうやら馬鹿みたいにふわふわしているのは僕だけだったようだ。
「あは、二人とも元気ないね。おはよ。」
「元気ない原因になった奴がまたなんか言ってるわ……。」
「ああ……ほんと誰のせいで……ったくよぉ。」
どうやら悪態をつく余裕はあるらしい。よかったよかった。
優香は下を向いて歩いていて分かりにくかったが、目元にクマができている。泣き腫らしたような感じがするのは気のせいだろうか。
智也も昨日ろくに眠れなかったのか、顔はどこか殺気だっている。
「昨日のあれ、まだ夢見てるみてえだわ、俺。」
どきり。一瞬僕の表情がこわばる。あれとはあの男性のことだろう。また良からぬことを企てていることを悟られなければ良いのだが。
智也の言葉に今度は優香が顔を曇らせる。
「えぇ……? その話今するのぉ……? 私もう心底思い出したくないんだけど。」
相当怖い思いをしたのか優香は記憶に蓋をしたがっているようだ。この反応には流石に僕も罪悪感を覚える。
「でもよぉ。現実に起こったことだしさぁ。マジでいるんだな、ああいう不審者。今日のニュースでやってたけどさ、最近ここら辺治安悪いようだし、気をつけないといけないよな、俺ら。」
まあその通りだと思う。一応いい所の学校通ってるわけだし。
「さっきから何も喋らねえけどさ。サファイアお前、なんとか言ったらどうなんだよ、おい。」
またしてもどきり。
「お前さぁ。またあの家行きそうな感じして怖いんだが……。」
いきなり智也が核心を突いてくる。そこに優香も続ける。
「そうね。そこのところどうなのよ。ねぇ。」
二人して殺気だった顔をして睨んでくるからたまったものじゃない。だから僕は冷静なようでいて冷静じゃなかったようだ。カタコトな声で返事する。
「ま、まああの後僕も流石に悪いことしたなって反省したしね……、ふ、二人にまた心配かけるから行かないよ。」
「はあ?お前まじで」
「行かないよ。」
馬鹿なオウムのように言葉を繰り返す僕。これじゃあ嘘をついていることなんて火を見るよりも明らかだ。
「……まぁ、それならいいけどよ。俺たちも塾からの帰り道変えるか。」
智也はあまりにも無機質な僕の返答に面を喰らったようだが、なんとか納得したようだ。
話もまとまったところで、ちょうど学校の生徒の喧騒と、新任の体育教師の声が聞こえてきた。
さて。
途端に僕は無口になる。
何も言わないのは優香と智也も一緒だ。
ここで仲良し三人組はおしまい。
僕が無口になったのはこの学校の『伝統行事』に辟易しているから。
今日も今日とてその『伝統行事』が行われることを察し、二人の顔は一層険しくなる。
「……行くぞ。」
智也は僕達に小さく呼びかける。僕と優香は頷きもせず、そっぽを向いていた。