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(9)夜会の成果



 シリルは何気なさを装って、姉フィオナの横に行く。

 ちょうど若い令嬢たちとの会話が一区切りついたようなので、飲み物を運んでいた給仕から酒杯を受け取って姉に差し出した。


「姉さん、喉が渇いただろう。これをどうぞ」

「ありがとう」


 葡萄酒を果汁で薄めたものを、フィオナは美味しそうに飲む。

 その横顔をにこにこと見ていたシリルは、もう一度周囲に目を向けてから、そっとささやいた。


「……で、姉さんは、これを狙ってたの?」

「これって?」

「この状況だよ。リンゴを話題にした時はどうしようかと思ったけど、間の抜けた話題だったせいで、若い連中も気楽に参加できていい感じになっているよね」

「そうね」

「こんなにさり気なく男女の出会いの場を盛り上げるなんて、姉さんもすごいね」

「……盛り上がっているかしら」

「極めて自然にね」

「そう。それはよかったわ。……でも、私はそんなつもりはなかったのよ」


 フィオナはふと目を伏せた。

 声も小さかったから、シリルは一瞬聞き流しそうになる。

 でもシリルは優秀な青年。かすかに聞こえた声を言語化して分析するくらいは簡単だ。

 簡単だが、その意味を理解して驚かないというわけではない。

 今も、一瞬だけとはいえ、表面上の美しい笑顔が強張りそうになった。


「…………もしかして、狙ってやったんじゃないの?」

「気楽な話題とは思っていたわよ? でもこんなに意図しない方向に成功するとは思っていなかったわ。年の近い異性との会話を続けると、隠している本質が暴露されるから双方を話題に呼び込んだわよ? でも、こんなに男女が仲良くなる場を作るつもりはなかったわ」


 フィオナは淡々とつぶやいて、葡萄酒の果汁割りをこくりと飲む。

 美しい口紅で彩られた唇が、次の瞬間、小さく歪んだ。


「……これでは、誰も私を見てくれないわよね?!」

「あー……。まあ、そうだけど。そうなんだけど。いや、狙ってなかったの? もしかして、本気でリンゴ談義をやってたのっ?!」


 シリルは、頭を抱える。

 そして、姉が姉であることを失念していた自分の至らなさを後悔した。




   ◇◇◇




 一週間後。

 カーバイン公爵家に、年若い令嬢が訪問してきた。

 顔色の悪い付き添いがガチガチに緊張しているのに、その黒髪の令嬢は強い決意をにじませている。

 フィオナが姿を表すと、ぱぁっと顔を輝かせながら立ち上がった。


「フィオナ様! どうしても直接お礼を申し上げたくて、お時間を頂戴してしまいました!」

「構いませんわよ。先日の夜会以来ですね。お元気だったかしら」


 領地がリンゴの産地であるという、あの黒髪の令嬢だ。

 あの時は子供っぽさがあったというのに、今日の令嬢は急に大人びて綺麗になっている。

 心の中で首を傾げたフィオナに、目を輝かせた令嬢は興奮したようにしゃべり始めた。


「実は私、婚約したんです。というか、以前から婚約のお話は来ていたのですが、どうしてもその気になれないというか、相手のことをよく知らない状況で婚約なんてしたくないというか、そういうわがままな子供だったのです。でも先日の夜会で、婚約者候補の人と話ができて、ああ、この人とならうまくやっていけそうだなと確信できました!」


「……まあ、それはよかったわね」


「これも全て、フィオナ様がうまく取り持ってくださったおかげです! あの時も、その後も、リンゴの話をたくさんしてみたんです。そうしたら、お互いの好みが一致していることがわかって……そうわかった途端に、急に話をするのが照れ臭くなって大変だったんですけど、でも、あの日のフィオナ様の毅然としたお姿を思い浮かべて、頑張って自分の思ったことをお伝えしてみたんです。そうしたら、向こうも同じ気持だったそうで……。まだ恋愛とか、そういうものではないかもしれないけれど、これからゆっくりお互いを尊重しながら生きていきたいと思っています!」


 一気に喋った黒髪の令嬢は、ほんのりと頬を染めている。

 その姿はとても可愛らしく、でも同時に大人の女性らしい柔らかさの片鱗があった。

 もちろん、フィオナは笑顔でお祝いの言葉を贈り、何度も礼を言う令嬢をニコニコと見ている。


 ……しかしその顔は、実は家族なら目を逸らしてしまうくらい動揺していた。

 でも残念ながら、浮かれた黒髪の令嬢はもちろん、失礼がないかと気を揉み続けた付き添い婦人も、あまりにもフィオナの心情表現が希薄だったから、全く気付いていない。

 表面上の美しい微笑みしか見えていなかった。





「……つまり、姉さんは出会いの場だけでなく、縁まで取り持ってしまったのか。なんというか……見事なものだね」


 帰宅した途端に、ほんのり涙目になった姉に捕まって来客の話を聞かされたシリルは、遠い目をしながら虚ろに笑うしかなった。

 


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