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短編集

配信しないと出られない部屋

作者: セクト

1. 目覚め

目が覚めると、見知らぬ天井があった。

おもむろに起き上がって周りを見渡してみる。

ここはどこ? 私は誰? なんて、定番なことを問いかけてみた。

後者は分かる。そりゃあ私のことだもの。

話題の映画を見に行くために、出掛けたところまで覚えている。

雑誌に載っていたちょっときれいめな寒色系のブラウスとタイトスカートをまとい、電車に乗ったはずだ。

会社で溜まった鬱憤を晴らすには、映画を見るに限る。

この作品もこれで三度目のハズだった。

前者は分からない。

真っ白で直方体の、10畳ほどある部屋にいた。

私は映画を見に出たんだ、こんなわけの分からないところから早く出たい。

そう思い、目の前にある出口と思しきそのドアノブを回してみる。

ガチャガチャと音がなるだけであり、開く気配はない。

「ちょっと!誰かいないの!?」

そう言いながらドアをドンドンと叩いてみる。

しばらくそうしていたが、ドアの向こうからの反応が全くなく、ドアを叩く音も弱くなってしまった。

そうだ、携帯なら、と思い手提げ鞄に手を突っ込み携帯を取り出す。

しかし、画面には圏外と表示されており、誰にも連絡がつかない。

その場ではどうしようもないことが分かって、しばらくうなだれる。


ドアも携帯も諦めて、他に脱出口はないか部屋を見渡そうと思い振り向く。

起きたときには気づかなかったが、真っ白だと思っていた部屋には家具がしつらえてあった。

寝心地の良さそうなベッド、漫画や小説で7割ほどが埋まっている本棚、本棚と同じくらいの背丈の観葉植物など。

思ったより色がある。

「……なにこれ、パソコン?」

そして、――私には性能などほとんどわからないが――ひときわ高性能そうなパソコンが静かに唸っているのが特に目立つ。

机の下に置いてあるその背面からはコードが伸びており、机の上に置いてあるディスプレイやキーボードなど付属品と接続してあった。

なんとなく、座り心地の良さそうな椅子に座り、私好みのヘッドホン――猫耳がついている!――を手に取って装着する。

誰のものかも分からないのに、私のもののような気がして、なぜか馴れた手付きでマウスを振ってスクリーンセーバーを解除する。

パスワード入力もなしにデスクトップが現れた。不用心だな。

画面にはいくつかウィンドウがが開かれており、そのうちの一つには0%を示すメーターのようなものが表示されていた。

なんだろうと思いながらパソコンをちょっと弄っていると、ハッと気づく。

ここで文明の利器を使わないでどうするの。

インターネットが使えることを確認し、適当なSNSを開いて助けを求める。

よくわからないけど、この作ってあるアカウントを使ってみる。

自分のアカウントのパスワード?

ログインしっぱなしで忘れちゃったわよ。

『助けて!朝起きたら知らない部屋に閉じ込められてるんです!』

私を閉じ込めた不注意な犯人に感謝し、そう書き込んだ。

これで誰かが助けに来てくれるだろう……。


2. 産声

しばらく待って、先程のSNSの反応を見てみる。

『今回の新人の初つぶやきは斬新だな』

『面白い世界観の新人だ』

『初配信楽しみにしてるよ!』

なにこれ、思っていた反応と全然違う……。

それに「初配信」という言葉が気になる。

某大手動画サイトや配信アプリなどで活動している人を配信者と呼ぶ。

私は見ないのだけれど、友人がハマっているらしく、ときどき話題に上がってはうんざりしながら聞いている。

私はいつ配信者になった?

恐る恐る私が書き込んだSNSのアカウントを見てみる。

(むろ) (はこ)。こんな奇妙奇天烈な名前になった記憶はない。

そもそもすでにあったアカウントを借りて書き込んだのだから、当然なのだが。

さすがに人のアカウントを使うのはまずかったか。

それ以上パソコンを触るのはやめて、部屋から脱出する方法を探してみた。

ドアはもう一つあったが、ただのユニットバスで出口ではないし、ベッドや本棚も固定されてて動かせそうにない。

時計はあるものの、日も見えないし時間感覚などないに等しいが、眠気は襲ってくるようで、とりあえず一日目は寝た。


翌朝、いつの間にかテーブルには朝食が用意されていた。

寝ぼけていて空腹も極めていたので、不用心にも用意されたもので断食を破ったのだが、特に毒などはないようだ。

少なくとも、ここにいるだけで生活はできそうだ。

朝食を食べ終えた後、なんとなくもう一度SNSを見てみる。

『初配信はいつですか?』

そんな書き込みを見つける。

この「室函」という滑稽な名前の人は、これから配信をする予定だったらしい。

このアカウント、私以外は使ってないようだし、せっかくだから私がこいつに成り代わってやろうかしら。

『今日の19時ごろから! みんな助けに来てねー!』

私はノリノリだった。


3. デビュー

案の定というか、パソコンには配信機材もソフトも揃っており、いつでも準備万端だった。

「多分、これを押せば配信が始まるのよね……」

18時55分。リスナーのための待機画面を流して、時間が来るのを待つ。

流れているフリー素材の塊とリスナーのコメントを眺めながら、鼓動が早く脈打つのを感じる。

そして19時。配信が始まった。

カメラを通して、30人弱のリスナーに私の顔と部屋が見られる。

「こんばんはー!」

緊張がすごい。でも、何故か言葉が口から出る。

「私、室函っていいます! 見ての通り、真っ白な部屋に閉じ込められているの」

『おお、ホントだ』

『これどこかのスタジオ? それとも自宅?』

リスナーと会話しながら、自己紹介をしていく。

「……そう、それで部屋から出られなくて、しょうがないからここにあったパソコンで配信しようとしているわけ」

今の状況をかいつまんで説明するものの、どう考えても非現実的なお話で笑っちゃう。

『配信では何をする予定なの?』

至極当然の質問が飛んでくる。

「そうねー、こんな部屋に閉じ込められて、外出することもできないし…… 私、映画が好きなのよね。 だから、それについてみんなとお話できたらいいかな。 ほら、最近話題になっているあれとか……」

今後の配信活動について、何をするかどんどん決まってくる。

そんな感じで身の上話を絡めた雑談をしていたら、気づけばリスナーが100人になっていた。

わ、すごい。

私の話を聞いてくれる人がこんなにたくさん!

気づくと1時間を超えていた。

「もうこんな時間だ。 まあ、最初はこの辺にしときますか。 またきてくれると嬉しいです。」

そうやって配信を切る。

ふう、ちょっと疲れてきちゃったな。

そうやって配信ツールのウィンドウを閉じていくと、メーターを示すウィンドウが現れた。

そこには1%と書かれていた。

あれ、いつの間に……?

何をしたらゲージが溜まるのか、気になった。

もしかしたら、配信をすると増えるのかもしれない。

でも、今日は疲れていろいろと調べる気にもなれない。

気づいたら用意されていた夕食を食べて、シャワーをしてその日は寝た。


翌日、朝食を食べた後に今日の配信告知をする。

今日は今話題のあの作品についてお話する予定だ。

配信の時間までは、部屋から出られないから、他にやることもない。

映画配信サービスも見れるみたいだし、それまでは見てなかった映画でも見ますか。

……ここ、出られない以外は居心地がいい。

ずっとここから出られなくてもいいんじゃない?

いやいやいや、ここから出たい!

なんとなく、密室からの脱出をテーマにした映画を鑑賞する。

脱出できないと死が待ち受けている作品を見てしまい、怖くなって脱出したい気持ちが強くなった。


4. 脱出

その日から、私は「室函」を名乗り、定期的に配信するようになった。

本当にいろいろやった。

「じゃあ次のマカロン食べてくね。 うわ、セクハラマカロンじゃん」

匿名メッセージ投稿サービスで質問を受け付けてリスナーと会話を楽しんだ。

「じゃあ今日は、このアメリカ人が作った謎の脱出ゲームをしていきまーす」

自分が閉じ込められていることをネタに、インディーズの脱出ゲームで遊んだ。

「はぁ……はぁ……ど、どうよ」

部屋から出られないので、運動不足を解消するゲームでも遊んだ。

ちなみに、ゲーム機などは注文したら、数日後に目覚めると部屋に置いてあったりする。

ちゃっかり住所の部分は分からないように伝票が剥がされていた。

「そう! 私、あのシーンが好きなのよね!」

見た映画について自分なりの感想や解釈を話したりすることは定期配信してシリーズ化もしてしまった。

そうやって毎日配信をしていくと、本当に私が「室函」になった気分になってくる。

「今日は! 登録者数1万人記念~!」

そして「室函」は、謎のメーターが100%に近づいていることになんら興味を持たなくなっていた。

『はこちゃんおめ~!』

『記念投げ銭だ!』

「立ちはだかる壁さん、いつも投げ銭ありがとう! こうやってね、1万人を達成できたのも、来てくださってる皆さんのおかげです!」

マカロンを読んだり、これまでの配信を振り返ったりして、今日はいつもより騒いでしまった。

そうして記念配信が終わった後は、心地よい疲労感に包まれ、ベッドにもシャワーにも行けず、そのままゲーミングチェアの上で眠ってしまった。


目が覚めると、私は「室函」の部屋ではなく、私の部屋にいた。

えっ、私の配信機材は!?

いつも使っている配信用PCやマイクがなくなってる。

『ごめんなさい! 急に機材の調子が悪くなっちゃって、しばらく配信できなくなっちゃいました!><』

いつの間にか覚えていた私の「室函」のアカウントで、スマホからログインして配信休止の告知をする。

上司から電話やメールが沢山来ていたような気がするけど、今はそれどころではない。

早くいつも使っていた機材を買い集めなきゃ。

通販サイトを駆使してあの部屋にいた頃と同じものを注文する。

そういえば、朝から何も食べてない。

いつも用意されているご飯がないので、コンビニで買わなきゃ。

そうして久しぶりに家のドアを開けると、さんさんと太陽が照っていた。

うわ、まぶしっ。

陽が照りつける中、そそくさとコンビニへ行き、簡単に食べられるご飯だけ買って帰る。

これからはご飯もぜんぶ通販にしよう。

数日後、届いた機材を部屋で組み立て、SNSで告知をする。

『みんな、おまたせ! 室函の配信は本日からリニューアル! 部屋の模様替えもしました! 待ってるよ~!』

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