第7話 訳アリ令嬢は敵前逃亡します!
こうして一人の人造人間であるサティ=フォン・クワールツは落下死しました。
BAD END──とはなりませんでした。もっとも、ここぞとばかりにミデル王が助けに来たというシンデレラルートは、やはり存在せず──ただただ運よく落下した先が川だったということで、死亡フラグ回避成功です。
はい、説明終わり。
で、ここからが問題です。
クワールツ家に戻れば再びトリア姉さんに命を狙われ、老夫婦や国からは「結婚が嫌で逃げ出した」というレッテルが貼られ、国賊と貶められる可能性は高いでしょう。ミデル王に助けを求めるのが、正しいのかもしれません。とはいえ、そもそも彼が私を選ばなければ、こんなことにならなかったのですよね。それに彼は私が姉に虐げられているのを妖精から聞いていたし、姉の非常識な行動を見ていた。
(私がもっとミデル王を頼れば回避できたのかしら? でも最初に出会って感じた映像もそうだったけれど、ミデル王はなんというか私ではなく、別の誰かを見ているような気がするのよね)
思い返しても「君が好きだった薔薇の庭園にしてみました」とか、「貴女は派手なドレスよりも、慎ましやかで質にこだわったものを好いていましたね」など口にしていたことが多かった。私と誰かを重ねているのかもしれません。それなら一目惚れしたのも納得できます。
けれど私は私です。私そのものを見てくれないのであれば、今助けられても、その後いい関係を築くのは無理でしょう。結論。決別──逃亡しかない。
(逃げられるかどうかは……わからないけれど!)
ずたぼろになりつつも川岸から離れて歩いていくと、妖精界の妖精都市ムリアスへと辿り着きました。どうやら川を通じて妖精界に紛れ込んだようです。喉の痛みは続いていますが、喋らなければ問題なさそうで助かりました。妖精界のマナが満ちているから回復も早いのでしょう。
なぜここが妖精界だとすぐに分かったのか──それは切り札である、万物叡智による能力のおかげです。
『《妖精都市ムリアス》──検索完了。人間が迷い込んだと気付かれれば身元確認されます。身を隠すつもりなら、この都市の先にあるノックマの丘に繋がる森に逃げ込むことを推奨します』
(森……)
今私の頭の中で喋ったのは万物叡智です。ついには脳内で言語化できるようにレベルアップしました。おめでとうパチパチ。
出来るのならこの喉も完治させてほしいのだけれど、どういう基準なのか万物叡智は状況によってErrorという回答を叩き出す。全ての叡智を掌握している──訳ではないのです。それなら万物なんて名前は撤回すべきだと思いました。思いましたとも!
私は都市に入る前に、万物叡智から錬金術の智慧を引き出し植物を集めて分解、把握、再構築を行って麻のマントを作り出しました。ここに血で古代ルーン文字を書き足し、私が妖精族に見えるように細工をします。こういった知識は惜しげもなく万物叡智から聞き出せるのに、本当に必要な情報が降りてこないのは何故なのでしょう。
『Error』
(検索をかけても駄目ですね)
『Error』
(ついに副音声まで聞こえてきた気が……)
兎にも角にもさくっと都市に入れました。万物叡智の情報通り、検問らしいものはなく警備体制の緩さが逆に不安になりましたが、ここは人間とは異なる世界なのですから、人間の常識など紙切れレベルなのでしょう。
裏口から素早く細い道を通って大通りへと足を速めます。トリア姉さんが雇った追手が来る可能性も考え、出来るだけ都市から離れる必要がるのです。それにミデル王がどう動くかは不明ですが、今まで姉の横暴を放任してきたのです、案外私が居なかったらトリア姉さんに乗り換えるかもしれません。
もしそうならWIN―WINの関係になるので是非ともそうなって頂けるとありがたい。私は慎ましく、花関係の仕事について生活できれば文句ないので。どうかお願いします。私のことは綺麗さっぱり忘れて、幸せになってください。全力で応援しますから!
(妖精都市の大通りを突っ切れば、ノックマの丘に繋がる森に入れる、っと。……に、しても賑やかだけれどなんだか変ね)
大通りを歩く妖精たちは、近世ヨーロッパの市民服を着ている人が多い。私と同じようにフードを被った妖精もいれば、見事な工芸品を作るドワーフや、半人半馬のケンタウロと外見的特徴でなんの種族かわかる妖精たちもいた。空を浮遊するものも多く、本当に幻想的な光景だ。本来ならばゆっくり観光したいが、今はそんな余裕はない。
アイルランドの妖精レプラコーン、外見は人間の女性と変わらないニンフたちもいるので、私の存在に違和感を覚える者はいないようです。
それにしてもドワーフがいるからでしょうか、町の建造物は水の都と呼ばれたヴェネツィアを彷彿させる造りを彷彿とさせます。小さな水路に合わせて建物や橋があり、とても芸術的です。
(──と、見惚れている場合じゃない)
私はフードを深々と被ると、大通りに出て妖精たちの中に紛れ込んだ。
『それにしてもミデル王が激昂するなんて珍しいな』
(ん?)
『ああ。あの方が怒ったのはもう数百年以上前だったか。エーティン様が人間界に追放されて……』
『あった、あった。それからずっとエーティン様を蘇らせる、作り出すとか言い出していたわ』
(なにそれ、すごく怖いのだけれど!)
ドワーフたちの話に聞き耳を立てる。彼らは昼間からキンキンに冷えたエールを飲み干しながら、酒のつまみと言わんばかりに話を続けた。
『で、その話に乗ったのが、精霊魔術師レムルだったか』
(精霊魔術師レムル……どこかで聞いたことがある……ような)
『そそ、人造人間を作り出して、意図的にエーティン様の記憶を上書きさせエーティン様を再現させたらしい』
(え……?)
『それは知らなかったぞい』
『エーティン様は妖精界を追放され人間に転生したから、人造人間に記憶を移植するのは都合が良かったそうだ。……で、その人造人間ってのは、十三体まで製造し成功させた。エーティン様に似た翡翠色の髪に象牙のような白肌で麗しい少女で、十六~二十歳まで人間界の貴族令嬢として放し飼いにするんだと』
(エーティン様に似せた人造人間? 十三体……?)
聞いているだけで、心臓の音がドワーフの彼らにまで届きそうでした。話題になっている噂が自分の話だとは、思わなかったのですから当然です。それにしても妖精界は噂というか話の鮮度がサフィール王国と段違いなのですが、どういうことでしょう。
できればドワーフたちから直接話を聞いてみたいですが、それは危険な賭けだと思い、私はフードを深々と被り直して、足早にその場を離れました。
***
妖精都市ムリアス郊外。
妖精たちの出入りが多く、また門で身体検査や通行料などの検問というものもないので出入りが多い。とはいえ森に抜けるための扉には門の守りであるワイバーンが、寝床にしていたことに驚きはしましたが。蝙蝠の翼にドラゴンの頭、ワシの脚、トカゲの尻尾は間近で見ると中々に壮観でした。鈍色に煌めく鱗も美しい。できるのなら触れてみたい──しかし、そんなことをしている場合ではありません。
ふと、精霊魔術師レムルについて調べていた検索結果がでたのか、脳内に機械的な声が響きました。
『精霊魔術師レムル、検索完了──。妖精族ミデル王とサフィール王国専属の魔術師。主に呪い、生体実験を繰り返し、人造人間による、花嫁量産計画を持ち出したのは彼です。また性格からして残忍かつ奇行種の存在に執着し、所有物には特有の呪いを施しています』
(のろ……。知らなきゃよかった情報しかない。つまり、私が生きていて逃げていることが分かれば、血の底まで追ってくる粘着質な奴だってことね。うん)
疲弊した体に鞭を売って、足を速める。大通りを抜けて鬱蒼と生い茂る黒の森付近まで来ることができました。妖精の森で別の妖精王の加護を一時的にでも貰えれば、なんとかなるかもしれない。その一縷の望みにかけて森の奥へと進んでいきます。
諦めは悪い方なのですから、足掻けるだけ足掻きますよ。まだ手立てがあるのですから、絶望するのは早いですもの。
空は柔らかな水色で、雲一つない。
太陽の日差しも眩しくはなく、優しく包まれるような温かさ。森が近づくと緋色のカエデに、銀杏の木々が色鮮やかに生い茂っている。鬱蒼とした森の中にあるからか、余計に艶やかな秋を彷彿とさせます。こんな状況でなければ、のんびり散歩したい気分です。ああ、もう現実逃避してもいいでしょうか。
(それにしても妖精都市ムリアスは賑やかだったけれど、なんだろう。雰囲気が少し重かったような……? そういえば妖精族が人間の花嫁を欲しがるようになったのは、ここ数百年前後だったけれど、妖精界に何かあったのかしら?)
都市の雰囲気はどこか緊迫したような。だからこそドワーフの楽観さが浮いていたような気がします。
私とは関係ないと思いつつ、妙な胸騒を覚えたのでした。
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