第6話 義姉からの妨害・後編
結局、ミデル王と会う約束をしても「待っていました」とばかりにトリア姉さんが現れる。そして必ず「妹に頼まれて仕方なく同席する」と言い出すのだ。毎回甘え声で吐く言葉に鳥肌が立った。あざとい。ミデル王はため息を吐きながらも婚約者の姉を軽んじる気はないのか、紳士的に振る舞う。
それもあってトリア姉さんは「まだまだ私にもチャンスがある」と拗らせていくのだ。なんだろう、この悪循環。ミデル王に「姉の結婚した方が良いのでは?」と冗談交じりに聞いてみたのだが、
「私が妻として迎えたいのは他の誰でもなくサティ、貴女だけです」
「っ」
(うわぁ……)
女子が言葉にしてほしいランキング上位のセリフをさらっという人がいるとは……。隣で紅茶を飲んでいたトリア姉さんは青筋を立てつつも、引きつった笑顔で「サティは幸せ者ね」と殺意めいた視線を向けてきました。
怖すぎる。恐怖のトライアングルって何とかできないでしょうか。ミデル王は確かに紳士的で、外見も見惚れるほど素敵な方です。それは高評価なのですが、やはり周囲からの圧というか、他の令嬢たちの殺意や視線を今後受け続けるというのは正直億劫なわけです。
この手のトラブルがずっと続くというのなら、愛情など芽生えないわけで……。今は恋愛よりも花の手入れや世話、ガーデニングをしてのびのびと暮らしたい。
慎ましく穏やかでいたいのに、そんな願いが通じる異世界だったらどんなに良かったでしょう。老夫婦は私が嫁ぐことに喜び、国も肯定。ミデル王もなぜか私を好いてくれている。困っているのは私だけで、それら全てを突っぱねるだけの理由がないですし、婚約破棄が可能な段階はとっくの昔に過ぎているのですから。
せめて妖精界が穏やかであることを祈るばかりです。
投げやり──もとい希望的観測しつつ、ミデル王に嫁ぐ日になりました。
私が嫁ぐ日が決まってからトリア姉さんは、急に優しい態度を取り始めました。それも怖いくらいに。次は何を企んでいるのでしょう。「妹と離れ離れになるなんて無理だわ。私も一緒に──」とか言い出しかねません。というのも姉妹婚という悪習もあるようで、加護を強めるために姉妹して妖精族に嫁ぐというとか。そういえば古事記にもそんな話がありましたよね、ああ、日本が懐かしい──などと現実逃避をしていた時間は、本当に平和でした。平和でしたとも。
結婚式を明日に控えて気が抜けていたのかもしれません。だからトリア姉さんがどれだけ執念深いのかを、私は甘くみていたのです。
「お嬢様、リラックスするハーブティーです」
「ありがとう」
ここ最近、新しく手に入ったハーブティーらしく食後に飲んでいた。さっぱりした柑橘系をベースにしたお茶で飲みやすいし、なんというか落ち着くので重宝していました。さらに屋敷の使用人たちの行いが老夫婦にバレたようで、嫌がらせをしていた使用人たちは軒並み解雇されたのです。みな口々に「トリア様が」と訴えたのですが、取り合ってもらえず屋敷を叩き出されていきました。
(まあ金の卵を産む私たちを庇った方が総合的に徳ですからね……)
そのため屋敷に残った使用人たちの態度は、一変したのです。まあ、もう屋敷を出る身としては、もう少し前に改善してほしかったとか思いますが、心の中で愚痴をこぼしておきましょう。
お茶を運んだ使用人は部屋を退出し、静かな時間が流れました。
屋敷で過ごす最後の夜。感傷的になりつつもハーブティーに口を付けた。瞬間、喉に焼けるような痛みが走る。
「──っ、あ」
激痛。
カップを床に落とし、座っていたソファから転げ落ちる。
助けを呼ぼうにも声が出ない。カップを割った程度では、部屋の外にいる使用人たちは気付かないのかもしれない。痛みのあまり、ここで私の視界は暗転します。意識が遠のく中でトリア姉さんの声が聞こえてきました。
「サティ、ああ。疲れていたのね。誰か寝室に運んであげて」
「はい、お嬢様」
***
意識が途切れ──次に目を覚ますと、私は馬車の中に詰め込まれていました。しかもご丁寧に手足を縛って。向かいの椅子には、トリア姉さんが足を組んで座っています。
窓の外は薄暗く、明かりと言ったら馬車が使っている魔導具のランプでしょうか。思いのほか馬車の揺れは酷い。ああ、病院に連れて行ってくれるのでしょうか。──そんな訳無いですよね。この世界で伯爵家なら専属の医師が屋敷に在中していますから。手足を縛っている段階で答えは一つなのですが。つまり、今度こそ私を始末するつもりなのでしょう。
寝たふりをして隙を見ようと思っていましたが、トリア姉さんと目があってしまったのです。ばっちりと。
ええ、瞳孔が開いていて正直、人外の類に見えました。見えましたとも!
「あら、起きたの? 妖精の護衛なら助けてはくれないわよ。アレは外からの侵入に対して反応するだけみたいで、顔見知りを外に連れ出しても気にも留めないの」
聞いてもいないことをペチャクチャと語り出した。ツッコミたいけれど、喉が痛い。風邪を引いた時も、ここまで喉は痛くならなかったのに。毒を盛るとか実行犯として、本当になりふり構わずにやってきましたね。
「早くミデル王に会いたくて馬車に乗ったけれど、その馬車は途中で馬が暴走して森の中を疾走。そして転落。というのが筋書きなの。ああ、私の姿は投影魔法を使っているから、直に消えるわ」
(馬車が酷く揺れているのって、馬が暴走しているから?)
ゾッとするセリフに私は喉の痛みも忘れて体を動かす。しかし弛緩した体は、なかなかいうことを聞いてくれない。そうこうしている間に、馬車の揺れが一層ひどくなる。
「じゃあね、サティ。貴女の分まで幸せになるから」
下卑た笑い声をあげて投影魔法が途切れた。次の瞬間、ガコッ、と嫌な音と共に馬の嘶きが耳に届く。
傾く馬車、一瞬の浮遊感がした後の記憶は覚えていません。これは一貫の終わりでしょうか。
(ああ、本当に……何一つ……自分のしたい事ができなかった……)
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