第34話 招かれざる来訪者
アルバートは「わかった」と不承不承に頷いてくれた。それを確認したのち、私は音声再現を承諾。この条件は私が私であると証明するものだったのですから、エーティン様の音声と言うのはたぶん──。
『……ミデル。私の声を聞いているということは、私との《約束》を忘れてしまったのね』
それは私の口から零れる声でしたが、私の声ではありません出した。鈴を転がしたかのような美しい声に、ミデル王は両目から滂沱の涙が流れ落ちています。「エーティン」と絞り出すような声が零れた。言葉はさらに続きます。
『確かに妖精界を追放された後で、幸福にも記憶を持ったまま人間に転生したけれど、アレは私がそう願ったから。もう一度、どんな形であれ貴方に会いたかったから。あの時は何もわからないまま追放されてしまったからなの。でも、次の死は違うわ。同じ魂でも私の記憶は復活しない。命は流転する。……だから、あの時言ったでしょう』
「そんなことを……言わないでくれ。エーティン」
『愛しているわ。でも私への思いが時を経て歪んでしまうのなら──。私を忘れてちょうだい。妖精族の寿命は長いでしょう。ふふっ、死ぬ間際もこれを貴方に伝えたと思ったけれど、きっと貴方の事だから忘れしまったか、自分で記憶を捻じ曲げてそうだから、万物叡智に残しておくわ。次に生まれ変わる魂が自由であるように』
ミデル王は手を伸ばします。エーティンにとってミデル王を愛していた。けれど続けた言葉は愛ゆえの残酷な別れでもあった。
『さようなら、私の愛する人。貴方の幸福を願っているわ』
「エーティン。駄目だ。駄目だ。駄目だ! ……私を、独りにしないでくれ!」
ぷつり、と声は消えました。嗚咽にむせび泣くミデル王の声が聞こえる中、私の意識は深く沈んでいきます。眼を閉じる瞬間、『ありがとう』とエーティンの声が聞こえたような気がしました。
***
私は音声の再現が終わった瞬間、思いのほか疲れてしまいアルバートに身を預けたまま眠ってしまった。緊張もしていたのでしょう。しかしなんという失態。オベロン様やティターニア様がいたというのに。
思えば万物叡智は、ミデル王にエーティンの音声を伝えるために私の魂が得た贈物だったのでしょう。単に異世界転生者のチート能力ではなく、意味があったのですね。
きっとエーティンは死ぬ間際、「また転生して出会える」とミデル王に思わせてしまったことを後悔したのだろう。一度目の実績を作ってしまった。それがよりミデル王を暴走させることになると分かっていた。二人とも互いを思い合っていたのに、彼女の死がそれを大きく変えてしまった。
(私が自分の意志でミデル王との決別を口にしたことで、結果的に今回の一件は収束してくれればいいのだけれど)
そんなことをぼんやりと考えていると、次第に意識がハッキリとしてきました。
意識が覚醒した瞬間、ベッドの──というか隣にアルバートが飛び込んできて、超絶目が覚めました。そりゃあ覚めましたとも。心臓が飛び出るほどビックリしましたが!
(デジャブ!? この構図、前にもあったけれど! 今回は起きていらっしゃる)
「サティ、顔色はよくなったようだな」
「アルバート……。私、また眠っていたの?」
「ああ。と言っても一、二時間程度だ」
「そんなに……」
ふと白を基調とした部屋が見える。それにしてもベッドがキングサイズあってかなりでかい。アルバートはベッドに腰かけているものの、私の手をずっと握ってくれていたようだ。温かくてホッとする。起き上がろうとしたのですが、アルバートは制止しました。
「サティ。まだ横になっていたほうがいい。ここはマナが満ちているから、マナを体内に取り込もうとして体温が少し高くなる。その結果、眠くなりやすいんだ」
「そう……だったの」
壊れ物を扱うようにアルバートはそっと私の頬に触れた。亀裂とは反対側の頬に熱が生じる。彼の大きな手は心地よい。
「正直、ミデルの元に行かないか内心不安だった」
アルバートの声は震えており、今にも泣きそうな顔をしていた。本当に出会ってからこの方は表情が豊かになっていく。それを一番近くで見ていることが嬉しかった。
「私はアルバートの番でしょう。それに、私が、……愛しているのは貴方だけよ」
「愛……。いい言葉だな。オレも──愛している」
「!」
なんというカウンター攻撃。体全身に一瞬で熱が駆け巡る。色々悩んで迷って、下手っていたのに、いざとなるとすんなり言葉に出来ました。そこからアルバートの反撃。え、ちょ、破壊力がすごいのだけれど。
「最初に出会った時から気にはなっていたが、この感情がなんという名なのか、ずっと分からずにいた。それが何なのかわかったのは、会議の場でミデルと相対した時だ」
(さらっとすごいことを語り出してない!? え、最初から好意を持たれていた?)
「サティ?」
「で、でも最初は役割が終わったら、屋敷を追い出そうとしてなかった?」
アルバートは目を見開き心底驚いており、「心外だ」というように不満げな顔になる。
「あれは……、オレを恐れて長く続かないだろうと思ったからだ。役割を終わったら解放した方が良いだろうと──」
「あ。そういう意味だったのね……」
「もっとも今はもう手放す気はないが」
「うん、私もアルバートの傍を離れたくない」
ようやく心の中に引っ掛かっていたことが溶けた。そして改めて思う。私はアルバートの傍に居たいと──。
***
オベロン様の屋敷で静養をして三週間後。
(うん、新調してもらった長袖のワンピースは動きやすいし、いいわね)
体内にマナも溜まっていき、頬の亀裂も目立たなくなった。今日はティターニア様と庭園を散歩する約束をしており、様々な色の薔薇が咲き咲き誇っているというので楽しみです。
アルバートは領地に一時的に戻っていますが、夕方にはオベロン様の屋敷を訪れてくれます。私が領土にいなくても森の再興は進んでいるらしく、妖精の数も増え、草木も芽生えていると話してくれた。
ミデル王とはあれから会っていません。解決した──のだったら嬉しいけれど。
「ねえ、──十三番目」
「!?」
開かれた扉の向こうには、トリア姉さんが佇んでいました。
「え。どうやって?」
この部屋に入るには強い結界が張っており、トリア姉さんが妖精王の結界を敗れる筈はないのに。そう声を出そうとした瞬間、「くくっ、ようやく会えたな。十三番目」
その声はしゃがれた男のもので、一瞬にしてトリア姉さんの姿が変わった。
(なにこの圧迫感、殺意は!?)
ゾッと背筋が凍りついた。
そこに佇んでいる男は、見たことはない。禍々しい黒の外套を羽織り、フードを深々と被っているせいで顔はうかがえない。ただ薄暗い赤紫の双眸が私を見つめていた。
「貴方は……!」
「気づいたか、十三番目」
私を十三番目と呼ぶ人物は、元婚約者であるミデル王と彼だけだ。
精霊魔術師レムル──そう即座に理解した。勘のようなものもあったけど、こんな事をするのは彼以外に考えられなかった。どこまでも私たちを物としてしか見ていない男。精神だけトリア姉さんから乗っ取ったのだろうか。
(なんとかしてアルバートに連絡を!)
私は自分の影に視線を落とし、影が揺らぎ獣の目が現れた。「アルバートを呼んで」と心の中で念じると、獣は影の奥深くへ潜って行きました。
「開け、時乃門」
「な」
刹那、漆黒の紋様が部屋を包むように展開し、体が上手く動けない──。
アルバートが到着するまで私に出来ることは時間を稼ぐことぐらいだ。
「ミデル王の依頼? 私をどこかに誘拐する気?」
「率直に言ってお前には死んでもらう。そうすれば因果律、運命の輪を超越した原因をじっくりと調べることが出来るのだからな」
(因果律? 運命の輪? ううん。そんな事より解剖するから死ねって……!)
私は距離を取ろうとするが、レムルは爪が食い込むほど強く腕を掴んだ。痛みで顔が歪む。
「何言っているの? 私はアルバートの番で貴方の呪縛からは──」
「ああ。命令系統はもちろん、呪印まで完全に解除されている。だから自分がここに顔を出す羽目になった! ……が、それはいい。結果的にお前の魂を弄りまわせるならな」
「呪印?」
レムルは下卑た笑みで口元を歪めた。人と言うのは、これだけ醜悪な顔になるだろうか。怒りよりも恐ろしさの方が増す。
「そう。エーティンの魂に刻まれた呪い。ミデルと出会うことによって発動するものだ。今まであの男が会えなかったのは、偶然でもなんでもない。第一王妃の呪いによって死を賜っていたのだから!」
「なっ……」
「何度転生しても魂の呪いは解かれない。あの男が愛しいモノを諦めない限り……っくくく」
残酷な事実に私は目眩を覚えましたが、なんとか踏み留まりました。
「まさか……。私が事故に遭ったのも……」
レムルの言葉には真実味があった。
あの日、私は配達用のバイクでブーケを届けようとした矢先に事故に遭いました。バイクの運転は慣れていましたし、安全運転を心がけていた──それに信号は青。過失はなかった。目の前のトラックが対向車線の乗用車と激突。あれも全て──。
「偶然ではなかった……?」
「ああ、自分がミデルに話した。『貴方様の思い人は異世界にいる』とね。ホムンクルスの中に、その魂を入れるためにも、人間のままで生きていられるのは困っていてね」
悪意をさらっと肯定する。彼は毛ほども後悔も、罪の意識もないのだろう。私は叫んだ。
「なんでそんな酷いことが出来るのですか!」
「楽しいからさ。妖精は疑う事を知らないから特に騙しやすい。実にいい被験者だった。人間よりも奇天外で過激で愉快な連中だと思わないか? 遥か昔、愛を理由に人間に転生したエーティン姫を、妖精界に連れ戻すなんて人攫いよりも酷いだろう?」
私は衝撃が強すぎて言葉が出てこなかった。いろんな人の人生を滅茶苦茶にして、傷つけて──それを笑っている眼前の男は、外道以外の何者でもないだろう。
(それなら、サティとしてミデル王に会った後、トリア姉さんに殺されそうになったのも、呪印の影響している?)
「さて、無駄話は終わりだ。術式が完成する」
「!?」
先程発動した円状の魔法陣が組み上がっていた。幾何学模様は複雑で、完成された魔法陣からすさまじい熱量を発している。
(こうなったら一か八かで、術式を暴発させ──)
「ああ、魔法は使わない方が良い。ここで使えば、その瞬間にマナが内側から膨張し爆ぜる」
「!」
蒸気が一気に吹き出し、私は目を空けている事すらできず目を瞑った。ふとアルバートの姿が脳裏に過りました。





