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第32話 ミデル王との邂逅

 数時間後。

 オベロンの屋敷に訪れた。私たちは室内ではなく、中庭の東屋に案内されました。なんでも屋敷よりここの方がマナが濃いらしいです。確かに周囲の木々が金色の光を帯びていて、体が軽い。

 東屋は緑の佳人(ドライアド)の作り出した緑の苔のふわふわのソファと、オークの木で生み出されたテーブル。家事妖精(ブラウニー)の用意した茶菓子とお茶がずらりと並んでおり、完璧なおもてなしに感動した。

 まあ、感動したのはここまでだったのですが。先に座っていてほしいと言われ、アルバートの要望通り、私は彼の膝の上に座っています。ええ、座っていますとも! 私の心臓が持つかは不明ですが!


(抵抗はしたのだけれど、アルバートのしゅんとした顔を見たらダメだった……。あの顔は狡い)


 そんなこんなで妖精王の中の王、オベロン様と女王ティターニア様がやってきたのだが──。


「あはははっ! 見てごらんティターニア。アルバートがデレている姿なんて滅多に見られるもんじゃないよ!」

「もう、オベロン。笑い過ぎよ」

(想像と全然違う!?)


 緋色のふわっとした癖っ毛の長い髪、紅玉のような瞳、雄々しい鹿の角を生やした童顔の少年はソファから転げ落ちるのではないかと思うほどお腹を抱えて笑っていた。古代ローマの服に似た白と金色の刺繍が目立つ衣服だ。チュニックと呼ばれる絹の生地とこげ茶の革製のサンダル。背中の虹色に煌めく羽根。見た目は子供なのだけれど、それだけじゃない。対してティターニア様は金髪の艶やかな長い髪、金色の瞳。陶器のような白い肌、目鼻立ちが整った美女で、年齢は二十代と大人の姿だ。白いフリルをあしらったドレスを着こなしている。


「アルバート! いいね。うん! 実にいい」

「サティ。説明しなくてもわかるように、あの大笑いしているのがオベロンだ。悪戯が大好きだから気をつけろ」

「う、うん」

「やっほー♪ あー、えっと……」

「は、はじめ……まして……サティと申します」


 私は羞恥心に震えながら、声を出すのがやっとでした。アルバートの膝の上に乗ったのが運の尽き。彼は必要以上に抱き寄せるし密着する。その上、あろうことか頭や頬にやたらキスをしてくるのです。これ以上、私の心臓を速めて殺す気なのでしょうか。


(この上なく確実に、アルバートは私の心臓を破裂させる気だわ!)


 番ならこれぐらいのスキンシップは理解できなくはない。でも展開が急すぎるというか段階を色々飛ばして──ふとそこでアルバートの言動を振り返る。

 一緒に談話、朝のお姫様抱っこ、一緒に乗馬。手を繋ぐ、森での共闘。看病からの添い寝。膝枕イマココ。


(あれぇえーーーーー? 思っていたよりちゃんと段階を踏んでいるぅうう!?)


 アルバートの溺愛ぶりに、嬉しい物のやはり恥ずかしい。慣れていないもの。そんな私の心情を察してか、向かいに座るティターニア様は朗らかに微笑んだ。


「ずっとアルバートの番が気にな──」

「あはははっ、ぶっ、独占欲丸出しのアルバートとか、くくっ……」

(妖精王のツボがよくわからない。終始笑っているけれど……)

「オベロンが煩くてごめんなさいね。……でも愛しい子たちの仲睦まじい姿をみて私も嬉しいのよ」

「あの……いえ……」


 彼女に向けられた視線は穏やかで温かなものでした。慈愛に満ちた笑みに私は心底安心する。静養する間、ティターニア様といろいろ話が出来るなら、是非とも仲良くしたい。


「あの」

「いやー、さすがは死と冬の妖精王の領土。来るのに時間がかかってしまったよ」

「!」


 声の方へ視線を向けると、五十代の初老の男が東屋に訪れた。隻眼(せきがん)の男は厳つい眼帯に、無精髭を生やし、服はフルプレートの甲冑に身を包んでいる。「これから戦場にでもいくのではないか」と、思わせるような装いに私は絶句した。というか、なんだか胸がざわつく。


(誰?)

「……別に。お前を招待したつもりはないのだがな」


 アルバートの声が一段と低くなり、あからさまに眉間に皺を寄せて客人を睨んだ。今にも殴り合いが起こりそうな波乱の空気。なに、なにこの雰囲気。


「アルバート。邪険にするのは君の勝手だが、せめて紹介ぐらいさせてくれないか」

「断る。帰れ」

「はあ。……オベロン、同席しても?」

「うーん。面白いからいいけど、変なことしたら骨折るからね」

(さらっと怖いこと言い出した!?)

「はいはい」


 そういうと初老の男は私を見つめた。真っすぐに、矢で射抜くような強い眼差しに、息が止まりそうになる。男は片膝を着くと騎士のような仕草で私の手にそっと触れ──ようとして、その手をアルバートが弾いた。


「麗しの君、私は妖精丘の王ミデルだ。今日は君の姉であるトリアも連れてきているので、少し話す時間を貰えると嬉しいのだが」

(ミデル王!? え、でもサフィール王国で会った時と見た目が全然違う。それよりトリア……姉さんが……ここに来ている!?)


 思わず拒絶反応が出てしまい、ぶるりと体が震えた。それに気づいたアルバートは私をきつく抱き寄せる。


「妻が怯えているだろう。謁見は済んだんだ、さっさと帰れ」

(凄まじい塩対応!)

「いやだよ。ここは君の領土じゃないだろう。それに話があるのは彼女であって、君じゃない」


 決定権は私にある。そうミデル王は告げました。鋭く値踏みするような視線は正直怖い。けれどこの先、ミデル王やトリア姉さんに怯えて過ごすのは嫌だ。なによりアルバートにも迷惑がかかる可能性だって出てきます。顔を上げてアルバートを見つめ、彼の服をちょっと掴んだ。


「ここでアルバート様やオベロン様、ティターニア様もいるなら、私は構いません」

「僕とトリアの三人じゃダメなのかな?」

(無理っ!! 今更三人になるなんて無理だし、怖いわ。何されるかわからないもの!)


 ミデル王は引き下がらない。その熱を孕んだ瞳は正直怖かったけれど、私はアルバートの番として凛とした態度で言葉を返す。


「申し訳ございません。本来なら私自身が婚約解消に動き、話の場を設けるのが筋だと思います。しかし」

「その通りだよ。最初に貴女が死んだと報告が入った時は心臓が止まるかと思った。それからアルバートの番になったことも、そうだ。どうして私に一言も相談をしてくれなかったんだい?」

(人の話を遮らないで! ……って、ちょ、アルバートが露骨に殺意を出し始めた。抑えて! 抑えて)


 改めてこミデル王と対峙するとわかる。確かに私を深く思ってくれているのかもしれない。けれどその思いは一方的で、押しつけがましい暴力のように感じるのだ。彼の中で私の答えは決まっていて、それ以外は全て聞いていない。()()()()()()()()()()()


「ミデル王は一度も私を見てはいないのですから、信用できないと判断しました」

「私が貴女を見ていないというのか? この私が? ……エーティン。もういいだろう、私の気を引こうとして、その男と番の契約をしたのはわかっている。だから」

「違います。私はアルバートの傍に居たいから、望んで番になりました! 私は夫の傍を離れたくありません」

「──っ」


 すぐ傍でアルバートが息を飲むのが分かった。妻とか夫とかここで初めて口にしたけれど、ものすごく恥ずかしい。けれど本心だ。私はアルバートの番でありたい。ミデル王の表情が引きつり、鋭い視線に身が竦みました。


「はい、はーい。そこまでだよ、ミデル。彼女は確かに君の婚約者だったかもしれないけれど、それはもう過去で、彼女はアルバートの番なのだから、そこは諦めようね」

「オベロン……っ、しかし!」

「サティは拒否した。それが全てだよ」


 さきほどまで笑っていた子供らしさは消え失せており、有無を言わせぬ空気でミデルを黙らせる。

 ミデル王は瞳を伏せると盛大な溜息をもらした。


「わかりました、わかりましたよ。この場で話をするのならいいのでしょう」


 頭を掻きむしりながらミデル王は気持ちを切り替えて、パンパンと手を二回叩いた。それによって唐突に一人の女性が姿を見せた。

 瞳は長い髪と同じ色のエメラルドグリーン、肢体の発育はよく外見は二十代、豊潤(ほうじゅん)な胸、くびれた腰回り、白い肌にクリーム色のドレスを纏っていた。ティターニア様のドレスが清楚だというなら、彼女の背中が開いており、胸元も開けていて大胆で色っぽい大人のデザインだ。

 しかし私が知っているトリア姉さんとは雰囲気が違う。


「サティ……。会いたかったわ」

(うわぁ……)


 はらはらと涙を流しながら東屋に入る。私は身構えたまま震える指先をきつく握りしめた。今まで嫌がらせをされたことが脳裏に過ったからだ。あれだけの事をして、今更泣いて謝って何もかもなかったことにしようとする──。そのことに沸々と怒りが芽生えました。


「私は会いたくありませんでした。今回、面会を許可したのは金輪際、お会いするつもりはないと伝える為です」

「なっ……、酷いわ」


 一瞬、目を見開き顔が醜く歪んだのが見えた。それでもすぐさま顔を両手で遮って泣き崩れる。トリア姉さんは、泣き真似や同情を引こうとする仕草がとても上手い。それで老夫婦や使用人、取り巻きの令嬢たちを味方につけていたのですから。


「私たち家族なのに……!」

「家族だから毒を盛って私を殺そうとしたのだとしたら恐ろしいですね」

「こっのっ……!」


 トリア姉さんが手を挙げた瞬間、庭園に咲いていた薔薇の棘が彼女の動きを止める。ぶすぶすと棘が突き刺さり、悲鳴を上げた。


「あああああ! 痛い、痛い、痛いっ!」

「それで、ミデル。その煩い女を連れてくるのが目的だったのか?」

「それもある」


 トリア姉さんの存在を無視してアルバートは、ミデル王に視線を向けた。彼は道化師のような素振りで私を見て一礼する。


「……元婚約者として、この女から貴女を守れなかったことを謝罪したい」


 次の瞬間、それは五十代の落ち着いた初老の出す声ではなかった。もっと若くて張りのある──耳に残るものだった。淡いエメラルドグリーンの長い髪、彫刻のような整った顔立ち、少し尖った耳のある美青年へと変わった。若草色の美しい蝶の羽根が広がる。服装もいつのまにか甲冑姿から黒の燕尾服を着こなしており、私がサフィール王国で出会った頃の姿に戻っていた。

 頭を下げるミデル王に、私は何か言うとするが声が出ない。彼は私が姉に虐げられているのを気付いていて、わざと煽るような行動ばかりしていた。それを許しはしても忘れない。けれどここで角を立ててもいいことはない。だからこそ、私は謝罪を受けとります。


「顔を上げてください。そのことはアルバートが間に入って解決してくださいました。それにお二人のおかげで私はアルバートと出会えましたから」

「サティ」


 アルバートは甘い声で囁き、頭にキスを降らせる。甘々の反応に恥ずかしくて頬が熱い。出来るならアルバートと仲睦まじい姿を見せてミデル王に、割り込む隙は無いと思わせたい。なので私は羞恥心に耐え、アルバートの頬に自分から、キスをする。結構私にしては奮闘したと思う。オベロン様とティターニア様は「熱々」とか「きゃ」と声が上がる。トリア姉さんは顔を歪めて──隠す余裕はないのかもしれない。


「今日来た本題は、貴女への謝罪。そしてエーティンの記憶は残っているかを聞きたかったからだ」

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