第22話 お屋敷での日常②
(アルバート様の姿は見えない。……もう上がったとか。まあ、だとしたら鉢合わせなくてよかったかも?)
「……黙っているが、どうかした? 湯が気に入らないか?」
六つ目の獣は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「あ、いえ。最高にいい湯ですよ」
頬に触れる黒い毛は温かくて、私は獣の顎を撫でました。耳も少しピクピクして、長い尾は揺れていて気分はいいようです。
「敬語はいらない」
「え」
余所余所しく思われたからか、そっぽを向く六つ目の獣に私は「うん」と答えました。
「……あ。気になったことがあるのだけど、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「この入浴場の天井って最初から壊れていたの? 造り的には室内用に作った気がするのだけど?」
私の問いに、六つ目の獣はどこか懐かしむような顔をしながら口を開いた。
「昔、ドラゴンが壊した。自分だけ浴場に入れないからと暴れた跡だ」
「そ、そこまでして温泉に入りたかったの……」
「ああ。ドラゴンは独占欲が強い。ゆえに番だけ風呂場を利用するのは我慢ならなかったのだろう」
(あ。アルバート様が番でお風呂に入る文化を学んだのは、ドラゴンが関係しているのね)
とはいえ、お風呂に入りたいからって建物を破壊するとかスケールが違う。私は天井のない空を仰ぎ見た。すでに天井を壊してから長い年月が経っている。アイビーの葉が壁に生い茂っており、これはこれで露天風呂的な感覚だと思えば風情がある──と思う。
六つ目の獣の話では風呂を修繕したら、幻獣が少し戻って来たらしい。この湯は魔除けと傷の癒しに効くので、よく様々な幻獣や妖精が足を運んだとか。もはや大衆浴場並みの扱いなのですが、良いのでしょうか。
「…………」
「…………」
沈黙。
会話が続かない。そういう所は主人であるアルバート様とそっくりなようです。会話に悩んでいると、六目の獣が気を遣ってくれたのか話を振ってくれた。
「ドラゴンの番だった花の精霊は風呂好きだった。毎回この湯船を楽しみにしていたので、ドラゴンも一緒に入ると言い出した。……建物を壊したときは、DOGEZAという変わった謝り方をしていた」
(まさか妖精界でDOGEZAという単語を聞く日が来るとは……。そのドラゴンってもしかして転生者だったのでは?)
ちゃぷん、と湯船が波を打って僅かに揺らいだ。ぷかぷかと浮かぶハーブが水面で煌めく。あまりにも穏やかな時間。転生してから色々あったけれど、このお風呂タイムは悪くなかった。
「ふふっ……」
「……なにか可笑しかったか?」
「あ、いえ。土下座なんて言葉ここで聞くとは思わなくて……」
考えてみれば、転生したらホムンクルスで寿命が四年とか製造目的を知った時は絶望しかなかった。それでもなんとか生き残ろうと、必死で足掻いているのは今も状況は変わらないけれど、この屋敷での生活は心地よいと思えるようになった。
「ドラゴンの番は花の精霊と言っていたけど、それは珍しいの?」
種族が違う者同士、報われるのだろうか。人間界にも異類婚姻譚は悲劇で終わることが多い。六つ目の獣に聞いたのもそんな素朴な疑問を持ったから──まあ、好奇心というものでした。
「妖精族はマナの高い他種族から番を選ぶ。他の種族でドラゴンと花の精霊は相性がいい」
「ドラゴンって……私のイメージだと狂暴そうなのが印象深いけど、そんなことない?」
「凶暴なドラゴンは一部だな。ほとんどは森と大地、財宝の防人として生きる優しき者たちだ」
六つの目の獣の話はとても興味深いものでした。
雪が降る少し前にドラゴンは森で寝所を探しに訪れるという。ドラゴンの群れが空を横断する姿は壮観で、ずっと昔に金色のドラゴンが来たときは金の鱗が空に舞ったのだと。ドラゴンの鱗は大地の恵みの種であり、その森に繁栄を与える。だからこそ森はドラゴンに寝床を貸し与える──世界は巡り巡る。そう思わせる話でした。
「妖精界は、みんなそれぞれが自分の役割をもって生きているのね。もっと自由気ままかと思ったけど、他の種族と共存している話を聞くと安心するかも」
「…………」
私がほっこりしていると、六つ目の獣は何か思い出したのか口を開いた。
「……さっきも言ったけれど凶暴で危険なドラゴンもいる。元は人間だったドラゴンは厄介で、方々の町を襲っては金銀財宝を奪って洞窟をねぐらにするなど、横暴な奴だった」
「人間が……ドラゴンに」
「大丈夫だ。そう簡単に人間がドラゴンにはならない」
(そう簡単にドラゴンになられると困るけど……)
そういえば童話や小説だと、神様とか魔女の怒りを買ってドラゴンになったというって話はあった気がする。だとしたら自業自得なのかもしれない。
***
二週間が経過し、私は朝風呂の時間が好きになりました。ええ、なりましたとも。
六つ目の獣とは入浴場でしか会えませんが、お話をするのはとても楽しい。入浴のおかげか体の調子も良好になりました。アルバート様が毎回脱衣所まで抱きかかえるという謎の儀式があるのだけれど、それを除けば天国といえるでしょう。お風呂最高。
(初日からアルバート様の姿も見えないし、私の静養を優先してくれたのかも)
いつも私よりも先にいる六つ目の獣と会う。きっとアルバート様の代わりに私を護衛するために居るのでしょう。
この六つ目の獣はとても物知りで、話を聞くとなんでも答えてくれる。本人は無意識かもしれないが、すぐに尻尾などで反応するので分かりやすい。愛らしい獣なのです。
「あ、そうだ。この領地ってどんな妖精たちがいたの?」
「家事妖精や妖精の護衛役、緑の佳人、森のまとめ手……花の精たち……昔はドラゴンもいた」
「そっか。じゃあ、みんな呼び戻せるようにしないとね」
「!」
私の言葉に六つの目の獣はキラリと目を輝かせた。これは期待の眼差しという奴でしょうか。すみません、そんな大層なことはできません。現状を把握するだけで本当に心苦しいです。
「……策でもあるのか?」
「色々考えてみたのだけれど、まずは領土や森を見てみようとかなって。現状が分からなきゃどう動くかも分からないし……。単に土地の栄養が足りていないなら、肥料を変えたら何か変わるかもしれないでしょう。一応庭の方で試してみようと思っているの」
前向きで──楽観的な言葉かもしれないが、私の言葉に六つ目の獣は心底驚いていた。なにか変なことでも言ったでしょうか。
「……本当になんとかしようと考えているのだな」
「酷いわね。私はこの屋敷が好きなのだから、何とかしたいわ」
いや確かに何も出来ていないけれど、そう思われていたのは心外だった。
だから私は頬を膨らませる。
「それに領土回復に尽力するってアルバート様と約束したもの。約束は守るためにあるのだから」
「ああ……。そうだな」
「……と、今日はこの後、庭の手入れをするから早めに上がるね」
私は頭に載せていたタオルを取ると、体に巻いて湯船を出た。
いつもと変わらないやり取りでしたが、今日は珍しく彼の尾が私の腕を掴んだ。
「ん?」
「……お前は、私が怖くないのか?」
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