第20話 アルバートの視点
改めて領土の状況を説明したが、少女は怯えるどころか前向きにとらえていた。それだけでも驚きに近い。昔、同じようにとある国の令嬢が嫁いできたことがあったが、一日と持たず、逃げ出したことがあった。もうだいぶ前なので国の名前はもちろん、現在の人間たちが覚えているか不明だが。
この領土を守れるのならどうでもいい。
そう思っていたのに──。
「あの、明日もしお時間があるなら、領土を巡ってみたいのです!」
「呪縛から解放されているが、お前の体力は消耗したままだ。それにマナが枯渇している。もう少し静養してからがいいだろう」
「あ。……わかりました」
人造人間は人間よりも魔力が高い。しかし彼女のマナは空に近い。恐らく追手との戦いの中で、マナを使い切ってしまったのだろう。まずは体力とマナの回復、そしてこの屋敷に馴染む方が大事だ。
領土が回復するまでに耐えてくれればいいと思っていたのだが、できるのなら領土問題が解決しても傍に居て欲しい──と思うことが増えてきた。
だがそれは彼女の望むものではないし、私の要望を押しつけるのは駄目だ。
(だいたい、日に日に甘い香りに、傍にいると心地よいマナをただ漂わせているだけではなく、あの屈託のない笑顔、他の妖精たちと和気あいあいとしている姿は女神ではないのか?)
他の妖精たちは談笑するほど親しくなっていたが、私と会話は弾まない。日常会話などいままでしたことがないので、何を話せばいいのか正直わからなかった。腹立たしいことにオベロンに相談したところ招待状を送ってよこして来た。
「それなら一緒にパーティーに参加してよ。僕も会ってみたいし」
「……」
「アルバートはさ、お嬢さんの着飾った姿とか見たくないの?」
(着飾った──姿)
「きっと女神のように美しいと──」
「すでに女神を凌駕する美しさと優しさを兼ね備えている」
そう本心を告げたのだが、オベロンは一瞬固まりすぐさま爆笑した。
「あははははっ。アルバートがそんなこと言うなんて意外だな! ますますあって見たくなったよ」
とにもかくにも彼女をパーティーに連れて行くという話になった。番同伴だと口にしたが、あっさりと承諾してくれた。抵抗、または拒否するかとも思ったが、この反応も予想外だった。しかし同伴を受け入れてくれたことにホッとしている自分がいた。
(彼女は義務としか思っていないだろう。……それでも傍に居てくれるという、ただそれだけのことがこんなに嬉しいとはな)
ドレス姿の娘を見た瞬間、思わず見惚れてしまった。まさに春の女神が顕現したかのような桃色のドレス、体のラインがハッキリと出ており、よく似合っていた。アクセサリーは白と銀と彼女らしい色合いで、春に咲き誇る花を彷彿させる。
ベールで姿を隠してくれて助かった。でなければ私以外の妖精王たちが目を付け、求婚するだろう。少女の放つ温かなマナも、笑顔も自分だけが知っているだけでいい。
このまま自分の屋敷に閉じ込めておきたいという気持ちが膨れ上がったが、それはルール違反だろう。少しでも彼女が自分を見ていて欲しいと思い、衝動的に頬にキスをする。真っ赤になる姿も愛らしい。
「な、なにを?」
「……しては駄目なのか?」
「ダメというか……。あ、もしかして何か加護を?」
「いや。……しかし、そうだな。お前の身を護るためにも加護を強化しておこう」
「え」
彼女の勘違いをいいことに加護もかねてキスをする。唇にしたかったが、そんなことをすればますます屋敷から出したくない思いが強まると思い、額に唇を落とした。
***
パーティー会場では早々にオベロンに呼ばれ、少女を一人にしてしまった。本当は彼女を連れて行きたかったが、どうにもオベロンに引き合わせたくなかった。というかオベロンに居るのだから恐らくミデルもいるのだろう。それなら会わせないように配慮するのも私の役目だ。
いざ彼女を置いてきて、どうにも落ち着かず会議の途中で出てきてしまった。「らしくない」そう思いながらもパーティー会場で少女の姿を探す。
ふと上位精霊に囲まれている姿を見つけた。男でないことにホッとしつつ彼女へと歩み寄る。
「ねぇねぇ、冬の精霊王との生活はどう?」
「やっぱり大変?」
「酷いことされていない?」
「辛くない?」
自分の話題に出るタイミングを失ってしまった。彼女の本心を聞きたくて聞き耳を立てる。
「あ、えっと……」
「貴方からは春のマナを感じるの」
「うんうん。花のいい匂いもするわ」
「とっても綺麗な魂だわ。だから、あの冷血妖精王の傍に居て大丈夫か、心配なの」
「お気遣いありがとうございます。アルバート様はとても優しく大事にしてくださいますよ」
「本当に?」
「ええ」
嫌われていなかったことに安堵し、嬉しさがこみ上げてくる。お世辞かもしれないが、それでも彼女の言葉が心にしみた。
「不器用と言いますか言葉足らずなところはありますが、領土回復にも一生懸命ですし、素敵な方です。あの方の番になれて、よかったと心から思っています」
(そんなことをいう娘はお前だけだ)
今まで誰一人そんな風に私を見る者はいなかった。だが本来の姿になったら、彼女もまた私を拒絶するのではないか。そう思うと怖かった。しかし番として今後も傍に居てもらうためには、受け入れてもらうしかない。そう考え、屋敷に戻るとオベロンから借りた本を読み漁って──まずは本来の姿に慣れてもらうことを思いつく。
そのために思いついた混浴。オベロンの置いていった書物にもスキンシップ向上によいとあったので、コボルドたちに風呂場の修繕を優先してもらった。
(それにしても屋敷内に妖精が溢れ出している。……最盛期ですらここまで賑やかではなかった気がする)
風呂場が完成した時、彼女は私の本来の姿を見てどう思うだろう。
願わくば怯えず、怖がらず受け入れてほしい。そう願うのは傲慢だろうか。





