第2話 転生先は妖精族と魔法の世界でした
(え、な──は?)
次に目覚めると、私は人一人分ほどのスペースのある水槽の中にいました。
(息がっ……って、あれ?)
いつも通りに呼吸が出来ないことに困惑しましたが、魔法によって調合された液体は苦しくありませんでした。知識もないけれどそれが『魔法』だと直感的にわかったのです。
物理法則などが介在しない摩訶不思議な力。この世界に漂う魔法の源であるマナが感知できる。
(魔法……なんだろう。こんなにすんなり受け入れることができているの?)
困惑しているけれど、どこか冷静な自分がいました。こういう転生ものの場合は、貴族の令嬢やらお姫様などが相場だというのに、あいにく私にはそのような幸運はなかった。人ですらない作られた命だ。なんという最下層の身分。男爵令嬢とか崖っぷち貧乏貴族よりも状況が最悪ではないか。
もはや奴隷に近い。
しかし『魔法』や『錬金術』などの知識が私には備わっている。生前の私にはないものです。
(ここは……)
現状を理解するため、周囲を見渡します。世界は薄緑色に見えるのは、この水槽いっぱいにある液体の影響なのでしょう。たぶん。
この部屋、いや錬金術特有の工房でしょうか。広さは学校の教室二つ分で、全長二メートル前後の縦長の水槽が並んでいた。同じ培養液に漬かっているのは似たような顔つきの少女が十二人。みな膝を曲げて丸まるような態勢で眠っています。羊水の中にいるかのような居心地の良さがあるのか、少女たちの表情は穏やかでした。全員、私と同じ作られた命、人工的な生き物だと知っている。
部屋の温度は、この場所を維持するためなのか十五度とかなり寒い。
(ん? あれ。私の知らない知識が流れ込んでくる。これは──)
ふと考えるとインターネットの検索と同じように、知識や情報が湯水のようにあふれ出す。何と便利な。出来るのなら生前に欲しかったものです。
ウトウトと再び強烈な眠気に襲われ、私の記憶はそこで途切れました。
***
「!」
次に目を覚ますと私は馬車に乗っていた。道路設備があまり整っていないのか振動が酷い。気分が悪くなりそうで窓の外を見ようとした瞬間、目を疑いましたとも。
窓ガラスが反射して、私の姿が鏡のように映ったからです。生前とは異なり、翡翠色──いえ薄緑色の長い髪、外見は十五、六歳でしょうか。思ったよりも子供っぽい顔をしているいわゆる童顔の部類に入るでしょう。
(培養液に入っていたのは夢? それとも? というか──私は一体)
「ああ、目が覚めたね。十三」
「え?」
声に顔を上げると人の良さそうな老紳士が私の目の前に座っていた。小綺麗で身なりも整っており、使っている衣服は下ろし立てのシャツに、質のいいジャケットを着こなしているところを見ると、それなりに身分が高い人なのかもしれない。深い皺に年老いた男は柔らかい声で言葉を続けた。
「サティはこれから私たちクワールツ伯爵家の一員として生活していくんだよ」
「伯爵家?」
状況が理解できずあまりの情報量にショートしそうでした。困惑していると老紳士は柔らかな笑みを浮かべて言葉を続けます。
「そう。君はこれまで孤児院で暮らしていたけれど、これからは貴族の一員として生きていくんだよ。もう飢えることも寒さに震えることも無い」
(ええっと……孤児院の生活環境がブラックなのは分かったけれど、それよりはマシな生活ができるってこと……かしら?)
いやまあ、夢(?)で見た培養液に入れられた人造人間よりは、マシなスタートかもしれないけれど、どうして孤児院での記憶は思い出せないのかしら。孤児院にいたような記憶はぼんやりしているのです。不思議ですね。
考え事をしている間に、馬車は目的地であるクワールツ家の屋敷に到着した。
庭は学校の校庭程ぐらいだろうか。庭の手入れも整っており、白を基調としたシンプルな屋敷も立派なもので、リビングルームに入っただけでこの家の調度品や内装を見ても裕福だというのが分かった。
出迎えてくれたのは人の良さそうな老夫人と、エメラルドグリーンの瞳、肢体の発育はよく外見は二十代、豊潤な胸、くびれた腰回り、白い肌、絶世の美女がAラインのドレス姿で現れた。何というか美人だけれど私を見る目が鋭いのは気のせいかしら。状況がよくわからない中で、にっこりと美女は微笑んだ。
「いらっしゃい。十三、私は三カ月前から養女となった三=フォン・クワールツよ。よろしくね」
「はい。……よろしくお願いします」
温かく出迎えられ異世界転生したけれど幸せに暮らす──そんな風に期待していたのですが、現実はそこまで甘くないようです。どうすればシンデレラルートに突入できるでしょうか。そんなことを考え始めたのは私がクワールツ家にやってきて二年が経った頃です。
その頃には、この世界が魔法や他種族と共存しているという常識を獲得しました。そして前世の記憶を持っているのは私ぐらいで、転生者だということを周囲に勘づかれることはありませんでした。サフィール王国は科学ではなく魔法文明が際立ち、生活水準は私の国で言う近代ヨーロッパ、十九世紀の産業革命といったところのようです。
この世界でのエネルギーは、魔力や魔石、そして妖精族の加護によって成り立っており、妖精族の加護を得ることで一族が繫栄する──というのがこの世界における貴族たちの階級シンボルのようでした。
妖精族の番は同族では滅多になく、ほとんどは人か他の種族から選ばれるとか。時に貴族令嬢との縁談を望む声が多いそうです。まあ、でもそれは国家運営においてそう仕向けている気がしなくもありません。貴族の娘一人差し出すだけで一族の加護と名誉というステータスが得られるのですから。サティに妖精族との結婚に憧れるように意図的に噂を流し、美男子や偉丈夫の妖精族が社交界に顔を出すなど、令嬢との接点を積極的に作っているようです。
そんな訳で妖精族との婚姻は令嬢の憧れ──という印象操作している。まあ、国や令嬢自身にとっても不幸になる話ではないのでいいのかもしれません。私としては屋敷にある庭で庭師と仲良くなり、ガーデニングしている方が楽しいのでまったく興味がありませんでした。それがいけなかったのでしょう。