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第19話 妖精界のパーティー

 突然ですが、私は今妖精界の一角を担う世界樹城へ行くための準備をしています。そこでは妖精の王たちが集う《円卓会議》の一人がパーティーを開いたらしく、パートナーとして参加して欲しいとアルバート様に頼まれてしまったのです。

 もちろん私が「ノー」と言えるわけもなく。


 妖精界でもサフィール王国のパーティーと同じように、服装規定(ドレスコード)があるとは思いませんでした。しかも準礼装(セミフォーマル)というパーティーなどで、格式ある結婚式にゲストとして参加するようなコーディネートが必須。昼間ならセミアフタヌーンドレス、夜ならセミイブニングドレスと決まっている。袖がなく胸や露出が多いドレスを用意されたので、できるだけ地味なドレスを選んだのに試着時には桃色のドレスに変えられていたのです。

 何故!

 それも腰回りのラインがハッキリと出るもので華やかな春をイメージしたものでした。アクセサリーは真珠や白を基調としており、豪華。これだけで何カ月食費に困らないだろう。

 伯爵令嬢ではあるけれどホムンクルスの私が、このような上等なものを着ていたら他の女性陣はいい顔はしないだろうか。その辺も考えて私は顔を隠すためのベールを付けてもらうことにしました。用心は大事ですからね!


(ミデル王には会いませんように! 一応、アルバート様が取り計らってくれたから大丈夫だと思うけれど……)


 ミデル王、トリア姉さん、精霊魔術師レムルには金輪際会いたくない。それにトリア姉さんはミデル王に夢中だけれど、アルバート様の容姿を見たら──惚れそうな気がしたのです。もっともここは妖精界。姉が妖精族に嫁がなければ今後出会うことはありません。


「これで、出来上がりです」

「ありがとう」


 ドレスの試着時に手伝ってくれたのは、家政婦(シルキー)と呼ばれる妖精さんだ。綺麗な大人の女性でブラウニーとは異なるメイド服姿で手伝ってくれている。何でもやんごとなき御方に仕えているらしく、今日は私のためにドレスと一緒にドレスアップを一任されているらしい。


(やんごとなき御方っていったい……)


 前にアルバート様の部屋で話し声が聞こえた方だろうか。とにもかくにもパートナー(協力者)として恥をかくことだけは、なんとしても避けなければならない。

 そう気合を入れていると、アルバート様が姿を見せました。


「…………」

(うわぁ……。いつもより三倍増しでイケメンだわ)


 黒のディレクターズスーツを着こなしており、黒のジャケットにグレーのベスト、白シャツ、黒のストライプズボンをサスペンダーで吊るしたスタイルは眼福としか言いようがない。

 改めてアルバート様の整った顔立ちと気品もろもろも相まって「神々しい」の一言に尽きます。これで甘い笑顔でも見せたら卒倒する女性陣が出てくるだろう。うん、トリア姉さんがいないことを願うばかりです。


「ベールで素顔を隠したのか」

「はい。……ミデル王がいらっしゃるのであれば、こちらの方がいいかと」

「……」


 アルバート様はベールをめくると私の素顔をじっと見つめます。これはベールをしていてもあまり意味はないという意味だろうか。心なしかその眼差しは熱を孕んでいるような──いえ、きっと気のせいでしょう。彼は表情が全く変わらないまま一人で勝手に納得して頷いた。


「……そうだな。ベールはあったほうがいい」

「ですよね」

「他に取られたら困る」

「え? 今なにか言いました?」

「そうだな」


 アルバート様の顔が近づき、私の頬にキスを──したのです! あまりにも唐突な行動に私は硬直。ええ、固まりましたとも。

 顔が急激に熱くなりアルバート様から視線を逸らします。


「な、なにを?」

「……しては駄目なのか?」

「ダメというか……。あ、もしかして何か加護を?」

「いや。……しかし、そうだな。お前の身を護るためにも加護を強化しておこう」

「え」


 アルバート様は私が逃げないように腰に手を回し──完全にロックされた体は身じろぎ一つできない。軽く額に触れただけだというのにドキドキします。


(番としての義務だとわかっていても、頬が赤くなってしまうのは彼の顔がいいせいだわ!)


 とまあ、そんなよくわからない言い訳を反芻します。ここぞとばかりに。勘違いしないように心がけていますが、それでもアルバート様の一挙手一投足に反応してしまう自分が悔しい。



 ***



 妖精界のパーティーと聞いた時はピンときませんでしたが、実際に会場となる世界樹城の一角にある屋敷は豪華絢爛、近世ヨーロッパをモデルにした造りのようです。

 世界樹の巨大さにも驚きましたが、城や建築物に目を奪われました。ドワーフたちが粋を凝らして作り上げた金剛石の床はピカピカに磨かれています。金の刺繍をふんだんにあしらった真っ赤な絨毯、見たことも無いような豪華なガラス細工のシャンデリア、内装の一環として宝石が壁にはめ込まれているという──資産価値を考えましたが、数秒後に不毛だと考えるのをやめました。やめましたとも。


 妖精たちのドレスはみな豪華で、露出も多い。中でも上位精霊(ニンフ)たちのドレスはもちろん、若くて美しい女性ばかりです。彼女たちの背には半透明の羽根が光って見える。人間の姿に近い彼女たちもれっきとした妖精なのです。


(サフィール王国の王族パーティー以上に緊張するっ……)

「どうかしたか?」

「いえ。あまりにも場違いな気がして、緊張しているというか……」

「……やはり私といるのは嫌か?」

「え? いえ、そうではなく……」

「なんでもない。いくぞ」

「あ、はい」


 アルバート様はそういうと足を進めた。パーティーは中庭で行われるようで、世界樹城というだけあり、屋根よりも高い大樹がいくつも見られました。

 各テーブルには菓子や料理が並び、飲み物は家事妖精(ブラウニー)たちが運んでくる。開放感あるパーティーを前に、私も少し気持ちワクワクしてきたのですが──アルバート様の周囲だけ葬式のように暗い。空気も重い。挨拶にくる妖精たちもおらず、完全にアウェイです。このままじゃ不味い。


「アルバート様、何か飲みますか?」

「不要だ」


 即否定。会話に終了した。

 空気が悪いのをこれ以上悪化させてはダメでしょう。私は意を決して彼の腕に触れて密着します。伯爵令嬢として、品格と優雅さを総動員しました。せめて番との仲良しアピールぐらいはしておくべきでしょう。それが私の役目なのですから。

 ドキドキしているのは──殿方とこんな風に仲睦まじく歩きたいという願望があるからであって、アルバート様だからじゃない。そう私は心の中で反芻します。


(ううん、アルバート様は素敵な方なのに、怖いと思われるのが嫌なんだわ)

「……」


 密着しても涼し気な表情をしていらっしゃる。うん、分かっていたけれども。でも、こんなことでめげずに声をかける。


「そ、そういえば中庭にある樹木は立派ですね」

「ああ」

「妖精界の樹木は自身が発行しているように輝いて見えます」

「マナが濃いからな」

「じゃあ、私たちのお屋敷もマナが潤えば、こんな風に緑豊かな領土になるのですね」

「……!」


 アルバート様は一瞬だけ息を飲んだ。ホムンクルスに「私たち」と言われて驚いたのでしょうか。一応、今はパートナーとして連れ添っているのだから、この言い回しはセーフだったはず。……たぶん。会話が途切れないように手当たり次第に目に入ったものの感想を告げるばかりでしたが、律儀にもアルバート様は返事を返してくれた。そのおかげで殺伐とした空気が少し和らいだ気がします。

 私とアルバート様は中庭の大樹の前で立ち止まった。


「やあ、待っていたよ。アルバート」

「!」

「久しぶりだな、森の上位精霊(エント)


 間延びした声で喋ったのは樹木そのものでした。森の上位精霊(エント)、数百、数千年生きた大樹が精霊へと昇華すると万物叡智(アカシック・レコード)が説明してくれました。相変わらず《死の森》などの情報は「Error」だというのに。


 この大樹の前だと自然と緊張がほぐれて、空気が和らぎました。楽器を持った演奏者たちが曲を奏で始めたことでさらに場は盛り上がった。こうしてみると人間も妖精もあまり大差ない気がします。美男美女ばかりですが。


(こういう所なら、ダンスとかもするのかしら?)

「おーい、アルバート」


 アルバート様と森の上位精霊(エント)の会話を遮ったのは長身の青年でした。蝶の羽根を生やした青年の服装は緋色の燕尾服でかなり目立っています。人懐こい笑みを浮かべる青年に対して、アルバート様は底冷えするような視線を返しました。友人ではないのでしょうか。


「なんの用だ?」

「睨むなよ、オベロンが今後の事で少し話があってさ」

「そうか」


 アルバート様はチラリと私に視線を向けた。恐らく私は連れていけないのだろう。でなければ、呼びに来た青年の言い回しは違っていたはずです。ここは出来る嫁を演じることに徹するべき。笑みを張り付けて私はアルバート様へと視線を向けた。


「アルバート様、私はここでお待ちしています」

「……わかった。すぐに戻る」

「はい」


 こういうパーティーでの「すぐ戻る」はあてにしない。妖精であっても社交は大事だし、情報共有や交渉もあるでしょう。私は大人しく壁の花になっていればいい。そう結論を出したのだが、悲しいことに世の中そう上手くことは運ばないものです。


「あ、アナタ冬の精霊王の花嫁でしょう!」

「え、あ」

「きゃあ、なんて甘いマナなの~」

「ねぇねぇ、冬の精霊王との生活はどう?」

「やっぱり大変?」

「酷いことされていない?」

「辛くない?」

(す、すごい質問攻め。そしてアルバート様の印象の悪さ!)


 私に話しかけてきたのは上位精霊(ニンフ)たちです。神様にも近しい彼女たちからは甘い香りが漂い、美人ばかりで眩しい。思わず圧倒してしまいます。


「あ、えっと……」

「貴方からは春のマナを感じるの」

「うんうん。花のいい匂いもするわ」

「とっても綺麗な魂だわ。だから、あの冷血妖精王の傍に居て大丈夫か、心配なの」


 これがモテ期──冗談はさておき、嬉しいことに妖精たちに好かれている。てっきり「ホムンクルスがこの場に相応しくない」などバッシングや嫌がらせに警戒をしていたのですが、予想外です。予言にあったように聖女らしいなんらかの力があるのでしょうか。もしあるのなら、万物叡智(アカシック・レコード)の代わりに懇切丁寧に教えて頂きたい。

 私はサフィール王国で学んだ淑女らしい笑みを浮かべて答えます。


「お気遣いありがとうございます。アルバート様はとても優しく大事にしてくださいますよ」

「本当に?」

「ええ」


 見ず知らずの訳あり伯爵令嬢、いや人造人間(ホムンクルス)に居場所を作ってくれた大恩ある方だ。冷たい方でも恐ろしくもない。むしろ──。


「不器用と言いますか言葉足らずなところはありますが、領土回復にも一生懸命ですし、素敵な方です。あの方の番になれて、よかったと心から思っています」


 私の言葉に上位精霊(ニンフ)たちは「かわいい」とか「愛らしい」となぜか私の株が爆上がりしました。なぜに。出来るのならアルバート様の株が上がって欲しかったのですが、思うようにいかないものです。


(でもまあ、険悪な雰囲気にならずに済んでよかった──って思っておけばいいかも?)


 それから私は色んな妖精たちと挨拶を交わしました。みな好意的で優しくて親切な人たちばかりです。サフィール王国のパーティーとは全く違う。牽制し合う令嬢や流言飛語が飛び交い、醜聞を話のネタにするような者はいない。なんて素敵なのでしょう。

 この時、私はアルバート様の評価が低いのか警戒されているのかなど気になりましたが、それを聞く機会は得られませんでした。残念。

 その疑問はいつの間にか頭の片隅に追いやられていきました。



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