第14話 契約の上書き方法
アルバート様はぶっきらぼうだけれど、何かを押し付けることなどしない。自由にやらせてもらえるのなら、ありがたい。元々嫁げるのなら、干渉されないでのんびり暮らしたいのだから、その辺は問題ない。ただ、この土地に身を置くなら、解決しておかなければならない重要なことがある。
「ええっと……最初に話すべきだったと思うのですが、私はサフィール王国の伯爵令嬢でして、ミデル王の妻として迎えてもらう途中で、色々ありまして──追われている身です」
ピクリと眉が吊り上がります。ええ、そうですよね。面倒ごとはご迷惑でしょうけれど、妖精王の一人なのなら、なんとかしてほしい。ミデル王の元には戻りたくない。
「お前を追って来た獣はここに来る事はないし、ミデルが出てこようと私と契約をしている間は文句を言わせない。それは安心しろ」
「え? あ。ありがとうございます。……ですが、このままでいくとサフィール王国では私を国賊扱いして討伐隊を出すかもしれませんし、精霊魔術師レムルやミデル王の件も何とかしなくては行けなくて、その辺のご迷惑をおかけするかもしれないのですが……」
獣は撃退したというが、それだけでは安全ではないしミデル王を何とかしてもらいたい。他力本願で大変申し訳ないけれど、地位や権力的に私ではどうすることもできないのだ。
ただアルバート様が、どのような決断をしたとしても恨みしない。もちろん精霊魔術師レムルに引き渡す場合というなら、その前に全速力で逃げるだけだ。
(この人もまた領土問題で、伴侶的な存在が必要なのね。私を《予言の聖女》と呼ぶのはよくわからないけれど、今のところ私に価値はあるのですから、交渉の余地はある──はず! ビジネスライクでもいいから! 愛とか恋愛要素が無くてもいいので、私を利用してください。私も利用するので!)
拝むようにアルバート様の返事を待っていると、予想外の言葉が返ってきた。
「お前の事情はわかった。その点はこちらでなんとかしよう」
「というと?」
「まずお前の首にルーン文字の呪縛がかかっている。……日に日に眠気が襲うのも、それが原因だ」
「え」
アルバート様の言葉に、私は凍りつきました。追手から逃れるときは覚えていたのに、すっかり忘れていたのですから。自分のポンコツ加減に呆れてしまいます。
「……思考を巡らせると睡魔に襲われるのも、魔法による呪縛によるものだ。契約者を変えれば、お前の体調はよくなるだろう」
「そう……だったのですか」
原因が分かった瞬間、私は力がどっと抜けてしまいました。よくよく思い返せば違和感は合ったのに、色んなことが一変に起こったせいで、思考能力がかなり低下していたのでしょう。そしてまだ大事な言葉を聞き流していました。
「──って、契約者をどうやって変えれば!?」
「……私が加護を与えれば、呪縛は解ける。それを望むか?」
「!」
これ以上ない申し出ですが、「はい」の二つ返事は危険だと思い、口を堅く結びました。昔から言うではないですか「上手い話というのは裏がある」と。なにより彼は私のことを都合のいい道具程度にしか思っていないのですから、役割が終われば捨てられる可能性は十二分にあります。その中で加護とは名ばかりの隷属契約は阻止しなければなりません。
「一つ質問です。その加護というのは、隷属という意味でしょうか?」
「違う。隷属は……やろうと思えばできるが、無理やり働かせるのは好まない。加護はあくまでも眷族として守る、また助ける事を意味する」
「そうですか……」
眷族。それは結局従えるということで、奴隷よりはマシという立場なのでしょうか。臣下とか。
ニュアンスや解釈の問題でもあると躊躇ってしまう。ここは人間社会の常識や倫理観が異なるのです。できるだけ慎重に確認が必要でした。伯爵令嬢という肩書はあるが、実際は人権などあってない人造人間なのですから。
「それが嫌なら……保護か、あとは…………パートナーとして迎え入れることは可能だ」
「!」
パートナーという意味でしょうか。仕事上の契約、アルバート様も私にやってほしいという事があるので、ギブアンドテイクは妥当な気がします。うん。一方的な籠よりも対等な感じがしていい。それに仕事ぶりを見て、自分の立ち位置を確立することができるかもしれない。利用するなら、相手にも利益を提供するのは当然だ。
「領土の復興に微力ながら尽力するなら、やはりパートナーの方が意味合い的に合っていると思います。肩書は大事ですもんね!」
「な」
私の言葉にアルバート様は目を見開き、固まっていた。凄い衝撃を受けているのはなぜでしょう。
「え、あの……? 私、なにか変な事を?」
「いや。……本当にいいのか?」
「はい。パートナーっていい響きだと思います」
「……!」
協力関係が終わったとしても、その功績に免じて仕事先を斡旋して貰えるかもしれない。現状、領土の復興に尽力する間、信頼関係を構築が第一だ。
「……一つ確認するが、パートナーとは……つまり、死と冬の妖精王の花嫁、番になるということだぞ」
「はい! …………え?」
てっきりビジネスパートナーかと思っていたら、まさかの番──つまり求婚。しかも花嫁という単語に衝撃を受けました。よくよく考えればミデル王と同じように、アルバート様だって花嫁イコール聖女のことだって推理でき──ないですね。うん。とにもかくにもこの方も妖精界で起こっている状況を回避するために花嫁がいるという事は何とか理解できました。
つまりは契約結婚というやつですね! ばっちり理解しました。
(領土が安定したら契約が切れたとして離婚。妖精界にいれば、私は必然的に妖精になるはず。となれば、離婚した時には、私も妖精になっているから自由に動ける……?)
「忘れてくれ。私と番になろうとするものなど──」
「いえ、私でよければ番になります」
勢いとはいえ、言った後で自分の大胆さに恥ずかしくなり頬が熱くなる。アルバート様は「こいつ正気か?」といった顔で見返してきました。こっちは後がないのですから、そのぐらいの条件なら受けますとも。
「本気か?」
「もちろんです。アルバート様が番を求めているのは、領土問題を解決するためなのでしょう」
「…………まあ、そうだが」
なぜか妙に歯切れが悪く、「いやだが、傍に居てくれるなど……」とぼそぼそと何か呟いていました。狼狽する姿は、なんだか可愛く思えました。
あ、きっとアレです。ギャップ萌え的な? なにかです。たぶん。
「私はミデル王のもとに嫁ぐと──色々と問題があるので、同じ地位の王に嫁いだ方が都合はいいのです。アルバート様は領土問題が解決できる。私はサフィール王国の国賊にならずに済みますし、お花を育てられるうえに、ミデル王に嫁がなくていい。お互いにいいことだと思います!」
「……そう、だな」
どこか苦々しい声でアルバート様は首肯する。きっと一時でも人造人間なんかと契約結婚したくないのでしょう。けれどいつか追い出される可能性があるのなら、最初から契約として括ってしまった方が気楽なものです。
「あ。もちろん、アルバート様が本当に妻として迎えたい方が出来たのなら、私は新しい職場の斡旋をしていただければ、いつでも出て行きます」
「一時でも私の妻になろうという者は出てこないだろう」
「そうですか?」
アルバート様の外見と妖精王という立場なら、サフィール王国の令嬢たちが目を輝かせる者も多いはずだ。多少不愛想や口下手なところがあっても、それを補う外見と経済力があるのです。サフィール王国のパーティーなどに出たことがないから、そんなことが言えるのでしょう。うん、間違いない。
「冬と死を司るということは、この領土の大半は冬だ。それに耐えられるか?」
「あー、冬備えは毎年大変になるかもしれませんが妖精界はマナが多いですし、生活する上で贅沢をしなければ問題ないのでは? 冬でも森の恵みはありますし。秋の収穫時に頑張れば──」
アルバート様はため息を漏らした。どこか安堵したように見えたのは気のせいでしょうか。
「…………お前は、変わっているのだな」
「そ、そうですか?」
確かに社交界やお茶会など人との繋がりを求める令嬢なら、冬の間引きこもっているのは耐えられないのかもしれない。しかし私は引きこもるのは嫌いじゃないので問題ありません。それに屋敷に庭があるなら、ガーデニングさせてもらえれば万々歳なのです。むしろ田舎的な場所の方が落ち着くのですから。どんとこいです。あー土いじりができるとか嬉しすぎる。
これで契約的な結婚をすれば私としては延命できますし、諸々の問題も一気に解決できます。まあ、領土問題が解決した後は離縁して追い出されるでしょうが、その場合は次の仕事先斡旋もしてもらえそうなので至れり尽くせりです。
アルバート様は思案した結果、諦めというか複雑そうな顔をしつつ口を開いた。
「……では番となることを認める」
「ありがとうございます」
「次に契約をするので、触れるぞ」
「ん? え。触れる?」
ソファから立ち上がったアルバート様は私の傍に歩み寄ります。手の甲に彼の指先が触れ、なんとなくこれが契約の証なのかも、と思いました。そういえば大事な商談などが成立した時に握手するのも一種の契約だと考えれば、さくっと受け入れられました。
そんなことを考えつつ顔を近づけるアルバート様の様子を見ていたのですが──。
「顔を上げろ」
「は、い──!?」
気づけば私は彼に唇を奪われていました。ちゃっかり腰に手を当てており、逃げられないようにホールドまでされています。
「……んんっ!」
何の脈略もなく彼に唇を奪われて「もしかして、これが契約の証なのかもしれない」と思い至るものの、つばむようなキスから深い口づけに、私の思考は完全に停止しました。





