第12話 冬と死の妖精王の視点・後編
獣に追われた少女は疲弊していたが、強い意志を持っていた。生きようと必死なものを見たのは、どれぐらいぶりだろう。人造人間、造られた命は生きようと懸命に足掻いていた。喉を焼かれようと、ルーンの力を駆使して──。
その姿に思わず見惚れてしまった。生命力に溢れて、最後まで足掻こうとするその姿勢はオレにないものだ。
「あれが……《予言の聖女》」
とても眩しく見えた。力強い碧色の双眸。
ああ、確かに春に見るフキノトウや若葉に似た──美しい瞳だ。あの輝きを失いたくない。そう思っていたら、自然と唇が開いていた。
「大地の精霊、力を貸せ。オレ──私だけでは聖女まで殺してしまうかもしれない」
『アイマム』と大地の精霊は宙を旋回しながら、鎌鼬を生み出す。オレは威力を最小限に抑え──獣だけに狙いを絞り放った。
轟ツ!!
獣を葬ったのち、思わず吐息が漏れた。
ふと倒れていた娘と目が合った。怯えというよりは驚きが強かったのだろう。もう少し近くに寄ろうと馬の手綱を引いた。
「お前が《予言の聖女》か」
疑問ではなく「ああ、この者が花の精霊が言っていた聖女か」と納得していたのだが、つい声に出てしまっていたようだ。「人違い……です」と娘はつぶやいた後、気を失ってしまった。ずっと緊張していたのだろう。
オレは馬から降りると、華奢な少女を抱き上げる。
頬は赤く、吐息も荒い。熱は温かく流れている血は、この者が生きているのだという事を如実に表していた。そっと抱きしめると彼女はぶるりと震えつつも、肌をすり寄せて身じろぎする。
「んー」
(………………温かい)
自分の心音が少しだけ早まった。妙に胸がざわつく。じわじわと胸の奥が温かくなる──この感情は一体なんなのだろう。
屋敷に戻り、昔使っていた客間へと向かった。よくよく考えればホムンクルス──人間に近いモノの生体、風習や文化などあまり明るくない。
「仕方ない」
オレは旧知の間柄である妖精界の王オベロンに連絡を入れることにした。
大地の精霊にオベロンへの言付けを頼んだ。彼は数刻でオレのいる屋敷に姿を現した。それから事の顛末を話すと──オベロンは「身が、身がよじれる」とかいって終始笑い転げていた。
(呼ぶべきではなかったか……)
緋色のふわりとした癖っ毛の長い髪、紅玉のような瞳、雄々しい鹿の角を生やした童顔の少年──の姿をしている。本来の姿とは異なるが、彼は「こっちの方が人々は友好的に接してくれるから」という。服装は他の王たちのような貴族の身なりではなく、トガと呼ばれるマントに、古代ローマの服、チュニックと呼ばれる絹の服に、革製のサンダルの軽装だ。
「あはははっ、笑い死ぬ。死と冬の王様がねえ~」
「……笑うだけ笑って構わないが──娘は助かるのか?」
オベロンの指示で使えそうなソファに少女を横にしているが、雨で体が冷えたのか震えている。
「このままじゃ難しいね。んー、どうやら妖精寄りではあるけどホムンクルスは人間に近しいから、ちゃんと体を温めないとダメだよ。まず湯を沸かして、あとこの部屋の暖炉に火をくべる。服も着替え──ってアルバート。キミのところの家事妖精は?」
「……!」
ぺらぺらと話しているが、さすがは妖精王の中の王。オベロンの付き人である緑の佳人と妖精の護衛者がテキパキと必要なものを用意していく。
「昔はいたが今はいない」
「そっか。お嬢さんの世話をキミが出来るとは思わないから、ボクから贈ってあげよう」
「助かる」
***
少女を寝かせたのち、執務室へと場所を移動した。妖精界の現状など話をしたのち、オベロンは口元がニヤける。
「にしても、アルバートにやっと春が来たんだねー。今回は婚礼の先送りって事で」
「婚礼?」とオレは眉をひそめた。なぜその発想になるのか、相変わらずオベロンは意味がわからない。
「彼女は領土の復興に必要なだけであって、花嫁に迎えるつもりなどない」
「ほほう? ではお嬢さんが役立つうちは置いておいて、飽きたら捨てるというのかな、僕の子供は?」
「その方が後腐れなくていいだろう」
「アルバート。君ね……」
にこにこと少年が笑っているが、その気配は鋭いものがあった。だいたいオレは妖精王の子どもではない──のだが、どうにもオベロンもティターニアも妖精界に住むものたちを自分の子供だと口にする。
「彼女を抱きしめて、嬉しそうにしていたんだけど?」
「そうか? 気のせいだ」
「じゃあ、お嬢さんのことは気にならないのかな?」
「ならない。あの少女は花の精霊が告げた《予言の聖女》の可能性がある。客人も同然であり、手厚くもてなすつもりだが──」
「婚礼する気がないと?」
「冬と死の王と結婚を望む者はいないだろう」
「はあ……。じゃあ、お嬢さんがほしいという妖精王が居たら渡しちゃう訳か」
「……そうだ。少なくともオレと一緒にいるよりは、マシだろう」
自虐的な意味ではなかったのだが、オベロンは残念そうな顔で目を伏せた。何か変なことでも口走っただろうか。そう尋ねようとしたが、彼は子供のようにニッコリと笑顔を浮かべた。
「ふーーーーん。そういう感じじゃ全然なさそうだけど。どうしたいかはちゃんと、彼女に聞いてみるといい。ボクとしては、キミがちゃんと自分の気持ちに気付いてからでもいいと思うけど、まあ、それはしょうがないか」
オベロンは娘へと視線を向けて「時間もあんまりないみたいだし」と呟いた。
首にある《束縛》のルーンについて言っているのだろうか。確かに、楽観視できる状態ではないだろう。「少し他の種族の事も学ぶのもいいと思うよ☆」と言ってオベロンはオレの部屋に数十冊の本を置いていった。少々お節介な所はあるが、こういった時に頼りになる。
オベロンが置いていった本を適当に読む。
「婚礼、人生の伴侶、パートナーはイコール番……。ふむ、人間の言葉はなんとも複雑怪奇なのだな」
『でも人間は面白いです』
『ハッピー、たくさん温かい人もいますですぅ』
『温かい。幸せ、毎日たのしいですよ』
いつの間にか大地の精霊が部屋の中を浮遊していた。森を好む彼らが部屋の中に居るのは珍しい。それほど彼女に興味を示したということだろう。さすがは春に好かれた聖女と言ったところだろうか。





