第11話 冬と死の妖精王の視点・前編
季節が狂いだしたのはいつ頃からだっただろう。
騒がしい風で眼が覚めた。襲撃かと思うような風に、重い瞼を無理やり開いて起き上がる。
冬は精霊たちも眠っているので静かだが、その分春と夏と秋は賑やかだったはずだ。少なくとも、季節が狂いだす前はそうだった。
石造りの屋敷は丘の上にあり、そこから自分の領地を眺めるのが好きだ。庭園は様々な花の精が住み着き、山々から流れる命の水はひんやりと心地よい。
鬱蒼と生い茂る森は生命に満ち溢れ、精霊が宿り他の妖精の国の話を聞かせてくれた。特に大地の精霊は、冬の間でも自由に空を飛びまわるので、数少ない話し相手だ。もっともオレは殆ど聞き役だったが。
冬でも咲く花の精霊たちは、季節が狂いだす前にオレに進言してくれていた。
「アルバート様。外見だけでも怖く見られてしまうのですから、せめて一人称だけでも『私』に変えてみてはいかがですか?」
白い花アリッサムやシクラメンやクリスマスローズ、フクジュソウ、ノースポールの花の精霊たちも賛同する。
「私もそう思うわ。王は威圧感が凄まじいもの」
「ねー」
「もっと愛想よくしなくちゃ」
「……なぜそんな面倒なことをしなければならない?」
少し声を低くするだけで、みな怯えた顔を見せる。花の精霊も例外ではない。しかし彼女たちは懸命に言葉を紡ぐ。
「番を得る為でございます」
「そうです。いつか相応しい方にまで怯えさせぬためにも、言葉遣いを少し和らげるように……」
「オレに現れると思うのか」
そんな奇特な存在は現れる筈はない。冬と死を司る妖精王の番など誰が望むというのか。オレを恐れるモノしかいないというのに、番など現れる筈もない。
オレは自分の役割を繰り返せばいい、そう思って疑わなかった。
***
妖精はそれぞれの役割を担う。家事妖精と、コボルトたちは屋敷内を清潔に保とうとせっせと働き、ドラゴンの群れは長旅だった羽根を休め、穏やかに朽ちる場所にこの地を選ぶ。
ドラゴンの最期は森や土に還る。ユニコーンは角が取れると、死期が近いという。安らかに次の命へと繋いで眠りにつく。穏やかに世界と溶け合い巡る。
ここはそういった終わりであり、万物へと巡るための地。
春と短い夏と秋と少し長い冬だった。
オレの役割は冬を管理すること。冬と死を司る妖精王だ。
春と夏と秋はさまざまな妖精と幻獣が住んでいた。ドラゴンやユニコーン、巨人族、美しい緑の佳人、森の守り手、屋敷の世話をする家事精霊、丘の防人の任にあたる妖精の護衛役たちの祝福によって季節が巡る。なにも変わらない──そう思っていた。
そう季節が狂いだした。
いつからかこの領土に春がこなくなり、夏もなくなった。幽世の均衡が崩れたと、他の妖精王たちが《会議の間》で呟いていたのを覚えている。オレはどこか他人事のように、その光景を眺めていた。その後、王の中の王であるオベロンや丘の妖精王たるミデルは素早く行動を起こしたと耳にする。他の王たちも動いていた。それなのにオレは──ただ傍観していた。
冬と死を司る以外、何の力もない。《世界樹の種》を生み出すことは可能でも、そこから芽吹かせることはできないのだ。
なにが足りないのだろう。
その方法をオレは知らない。終らせることしか出来ぬオレが、命を芽吹かせることなど出来るはずもない。時間だけが無意味に流れていく。
季節が狂い、森にケガレが蔓延し始めた。
精霊や妖精、幻獣はこの地を離れ、秋とは名ばかりの枯れゆく景色が続いた。次期にケガレがこの丘を飲み込むだろう。ここの屋敷に花を咲かせていた花の精霊たちも、もういない。
『雨の森で出会うだろう。薄緑色の髪、深い碧色の瞳、ルーンの呪縛に囚われた聖女に』
「予言? これが何だというのだ?」
「アルバート様。その聖女が……春風を運ぶでしょう。心から花を愛する娘。彼女を──どうか、導いてあげてください。そして、この地が……再び、蘇るのを──」
花の精霊はそう告げて還っていった。
万物の巡る環の中に──。
オレはこの地の領主だ。けれど怠惰で眠り続けていた無能な王でもある。望みは薄いが、やれるだけのことはやってみよう。
花の精霊が告げた『予言の聖女』、春をもたらす聖女。『呪縛に囚われた聖女』と聞いて、生気がない者を想像していた。そんなある日、唐突に精霊たちが騒いでいた。
『予言の聖女だと、おもうのです』
『追われていました。トゥービーコンテニュー?ですー』
『早くいかないと死んでしまいまする。助けるとよいですです』
大地の精霊たちの言葉を聞いて、馬を走らせた。息が荒くなったのはいつぶりだろう。
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