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第10話 冬と死の妖精王との対峙

「ん……」


 次に私が目を覚ますと──薄暗い部屋の中で、暖炉傍のソファに横になっていました。生きている、ということに驚きつつも毛布でぐるぐる巻き。さながら手巻き寿司のような状態に困惑しました。


(え。なんです、この状況?)


 どうしてこうなっているのか説明を求めます。万物叡智(アカシック・レコード)がダンマリなのはなんですか! 解せぬ。

 身じろぎすると雨で濡れた髪は乾いており、足や喉には包帯の代わりに祭壇を飾る草(バーベイン)と呼ばれる薄青色の花と、濃緑色の葉を束ねたものが置かれていました。

 起き上がった途端、と首元にあった祭壇を飾る草(バーベイン)が、ふわり、と床に落ちてしまう。


(……って、これだと拾えない!)


 毛布から抜け出すことは出来そうにない。どうなっているのでしょうか。傍から見たら生きのいい魚が陸に上がってもがいている図ですね。ええ、もう淑女的な反応じゃないですけど!

 逃亡者として捕縛しているからこの扱いなのでしょうか。何より、あの黒馬に乗った人が味方かわかりません。


(──それにしても、この祭壇を飾る草(バーベイン)……。たしか……)

祭壇を飾る草(バーベイン)。古くから呪術にも使われ、冥界への入り口を清める草。古代ギリシャとかローマでは、神事や占いなどに使用され、草の汁を体に塗ると願いが叶う、敵との和解、病を治すとか。もっとも薬草としても喉の腫れ──つまり炎症を抑える効果があります』


 タイミングよく万物叡智(アカシック・レコード)の回答は早い。ここは何処なのか教えてほしいものだが、そういった検索は全て『Error』となる。どういう基準で起動するのか未だによくわからない。ある意味、万物叡智(アカシック・レコード)の能力に依存しないように設定されているのかもしれません。だって便利ですもの。

 ふと私はある違和感を覚えました。精霊魔術師レムルが、こんな手当てをしてくれるでしょうか。答えは否。絶対にありえません。


(となると消去法として私を連れ帰ったのは、精霊魔術師レムルとは無関係? ううん、ミデル王やサフィール王国の遣いの可能性はあるかも……)


 安全かどうかは分からない。周囲には暖炉の炎がか細くも赤々と燃えており、ソファはかなりの年代物だが、毛布は新品のように新しい。


(古城または使われていない屋敷かしら?)


 大きな窓は汚れて、カーテンも古臭い匂いがします。石造りで出来た暖炉も古く、(すす)も目立ち、部屋の灯りが暖炉の炎だけだからか、薄暗く物寂しい感じがしました。生活感が感じられず、ここ数年は放置されていたのでしょう。


「目を覚ましたようだな」

「!?」


 低い声に、両肩がビクリと反応しました。声の方に視線を向けると、ドアの傍に誰かが佇んでいました。闇を(まと)った死神のような男の人のようです。琥珀(こはく)色の双眸は、硝子の様に無機質で、なんだか表情が削ぎ落されたような──そんな印象でした。


「あ、が」


 言葉にしようとして声が出ず、咽てしまった。喉に痛みがないのを確認して、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あなた……が私を助けてくれたのですか?」


 かすれた声だったけれど、なんとか声になったことでホッとしました。男はしばし思案した後で、きつく結んだ唇を緩めた。


「結果的にはそうと言える」

「ありがとうございます──?」


 そう呟いている最中に、私は意識が飛びかけました。

 視界がぐらりと歪んで一度意識が遠のいたのです。次に気づけば天井が見え、黒髪の彼がすぐ傍にいました。心なしかものすごく顔が近い。

 良く見たら目鼻立ちが整っており、彫刻のように美しい──のですが眉間に皺を寄せているせいか迫力があります。何というか仁王像にジッと見つめられているような圧迫感があります。あ、仁王像(金剛力士像)が見たことないのなら奈良の東大寺、南大門を訪れることをお勧めします。


(ん? この仁王像じゃなかった。この人、怒っているようにも見えるのだけれど……)

「……回復までには、まだ時間がかかる。今は体を休めるように」


 素っ気ない言葉は色も熱もなく、事務的な言葉でした。

 それから彼は床に落ちている祭壇を飾る草(バーベイン)とは別の──新しく積んできたものを取り換えて、首元にそっと置きました。なんでしょうそういう儀式なのでしょうか。


「ええっと、この花は一体?」


 手当てをしてもらったのに、こんなことを聞いて気を悪くされるかもしれない、と身構えたものの彼は私の言葉に小首を傾げた。


「喉の痛みを和らげるのによいと精霊たちから聞いたが、もしかして用途が異なるのか?」

「ああ、そう……なのですね。私の知識では薬にしていたので……。差し出がましいことを……言いました。すみません」

「いや、謝罪はいらない。人の身なら、そうするのだろう」


 抑揚のない声。

 けれど、それはただ冷たいだけ──ではなさそう。だからでしょうか少なくとも危険はないと思えた瞬間、一気に眠気が襲う。私は重たげな目蓋(まぶた)に逆らえず目を閉じました。


「──ありがとう……ございます」

「……礼はいらない。私もお前に助けてもらいたいことがある」

(私が?)


 眠りに落ちる前に聞こえた言葉が耳に残った。「ホムンクルスの私に何が出来るのでしょう?」そう問い返すこともできぬまま私は夢の世界へと誘われました。


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