第1話 ある花屋店員の末路
子供の頃に両親に連れられて、一面の花畑を見に行ったことがありました。
雲一つない勿忘草色の空。
赤紫色の秋桜が風に揺れて、踊っているように見えたのを覚えています。もし妖精を見ることが出来たのなら、きっと秋の収穫祭を喜んでいるでしょう。
そんな妄想をしてしまうほど、その光景は幻想的で──印象深かったのです。
花の命は短くて、あっという間。
けれど、懸命に咲き誇るその姿は、とてもいじらしくて愛おしい。花は心を穏やかで温かいものに変える魔法だ。「大人になったら、花関係の仕事に就こう」と幼いながらに私は思いました。ええ、思いましたとも。
人に笑顔を届けるようになりたいと──。
二〇一九年七月某日──。
花屋とフラワーアレンジメントの仕事で多忙を極めることになったけれど、大人になった私は夢を叶えることができました。朝は早いし、手荒れは酷い。花の鮮度を保つための気配りは勿論、力仕事も多いし、店の掃除、予約や注文の確認と雑務は山のようにあります。
(花用の冷蔵庫の温度確認は小まめにしないと……)
ふと蕾ばかりのピンクのカーネーションが視界に入りました。カーネーションの花言葉は『無垢で深い愛』だが、色によって意味が異なる。ピンクの場合は『女性の愛』や『感謝』など。切り花としてはこまめに水や手入れをすれば、一二週間は綺麗に咲いて目を楽しませてくれる私の好きな花の一つです。
(薔薇や百合も好きだけれど、私はかすみ草とピンクのカーネーションの組み合わせが好きだわ)
『私たちも貴女が好きよ』
「え?」
幻聴でしょうか。愛らしい声が聞こえてきました。気のせいかカーネーションの周囲が淡く光って見えます。瞬きをしましたが、やはり──光っているようです。忙しさで目が疲れてしまったのでしょうか。
「園田さん、ちょっときて」
「あ。はい!」
店長の呼びかけで作業に戻り、そのまま不思議な出来事はあっという間に埋没していきました。今日は結婚式のブーケを作り、贈り届けるのがメインの仕事です。
ブーケにもいろんな種類があり、今回作ったのは流れるシルエットと呼ばれる縦長のラインが特徴で、格調高いブーケです。使用したのは白いバラ、オスカル・フランソワで、香り豊かでとても花びらが細やかで美しい。
「それでは配達に行ってきます」
「外は雪が降り始めたから気を付けて行ってくるんだぞ」
「はい」
今思えば、これが運命の分かれ道だったのでしょう。
しんしんと雪が降り積もる商店街。
緑と赤のクリスマス模様のイルミネーションが目に留まります。
バイクの運転は慣れていたし、よく通る道だったはずなのに。信号も青、オールグリーン。ただ少し前を走っていたトラックが、急ブレーキをかけた瞬間──目の前の乗用車がぶつかり、私もあわててブレーキを踏んだのだけれど遅かったのです。
バイクはぶつかり、私はそのままアスファルトに叩きつけられました。
体のあちこちが痛くて、呼吸もつらくて苦しかったけれど──倒れたバイクの傍にブーケが転がっていた時の衝撃は言葉にできないでしょう。ええ、できませんとも。
夢の結晶。
後悔。
自信作のブーケを届けたかった。
憧れの結婚式で、自分が作ったブーケを使ってもらう。そんな嬉しい日に、こんなのってあまりに酷い。
『──、──』
誰かが何か言っている。
熱くも寒くもない。意識がぼんやりとして、意識が途切れるほんの僅かな刹那──ガソリンと土煙と焦げ臭いとは別に、甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。
(──あれ……。この花って……なまえ……なん……だったけ?)
***
甘い花の香り。
何故だかとても懐かしいような、思い出せそうで思い出せない花の名前──。
『春が来ない……。このままでは……』
どなたの声でしょうか。誰かが呼んでいる?
真っ暗な闇の中で、悲痛な声だけが聞こえてくる。
『花がなぜ……。何がいけないのだ?』
花が咲かないのでしょうか? 育て方が間違っていた?
それとも環境が悪かったのでしょうか?
ああ、そういえば私も小さいころに育てていた花が上手く咲かない時がありましたっけ……。最後の最後まで私は花のことばかり。
(もし、私で手伝えることがあるのなら、花の仕事に関わることがしたい)
『君は──なのか?』
何と言ったのだろう。
けれど次があるのなら、花の仕事がしてみたい。そう、本当に思っていたのです。
私が私であることを覚えているか分からないけれど、願うくらい罰は当たらないでしょう。
そう思っていたのに──次に生まれた、いや転生した場所は、私と同じ培養液に入れられた水槽がいくつも並んだ人造人間製造工房でした。
お楽しみいただければ幸いです(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡
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