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江戸彼岸桜

作者: 如月蓮太郎

邪魔なやつだ。

本当に邪魔なやつだ。

全くもって邪魔なやつだ。

俺の特等席を奪った。

俺の不可侵的な聖域を犯した。

俺の在るべき場所を滅ぼした。

やつは俺の長椅子という守るべきものを破壊した。

嫌なやつだ。

なんて嫌なやつだ。

どこまでも嫌なやつだ。

今日もあの長椅子で江戸彼岸桜を楽しむために来たというのに。

お気に入りの酒も買ってきたのに。

三日前から塩水に漬けていた枝豆も持ってきたのに。

なぜだ。

なぜこんなことをする。

俺が何をしたっていうんだ。

返せ。

他にも椅子はあるだろう。

そこは砂かぶり席なんだ。

俺の長椅子を奪う女狐め。

どかっと横に座ってやった。

だが女は身震いひとつ起こしもしない。

足元に唾も吐いてやった。

それでも動かない。

凍っている。

顔も体も心も。

女の全てが凍る。

それらが周囲に伝播し空気も凍っていく。

なんだこいつは。

唐突な焦燥と不安に苛まれた。

だがそれらはすぐに怒りへ変わった。

何もしないのなら帰れ。

桜を見る気がないのなら帰れ。

酒を呑む気がないのなら帰れ。

何かを楽しむことができないのなら帰ってしまえ。

止まっていた時が動き出す。

女が口を開いた。

光を朱殷に映す唇を動かし喉から空気を放つ。

──よかった

硬く固まっていた空気を揺らす。

しかし空気に変化は訪れない。

──今日もキレイ

動き出した時間の中で女は凍っていた。

凍てつく刃を自らの喉に突きつけながら女は瞬く。

機械的な動作で首を直角に捻った。

呂色に薄し出された俺と俺は目が合う。

双眸を瞬かせ一瞬俺を鏡世から消す。

そしてまた俺を鏡の世界へ連れ戻す。

──キレイですね

女は俺に呪いをかけた。

立ち上がる。

一礼後に去っていった。

空気は暖かく柔らかい。

むしろ暑いくらいである。

風をひきそうだ。

今日はもう帰ろう。

俺はもうきっと花見の酒を呑むことはないだろう。

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