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天上の黒百合  作者: 小佐内 美星
第四章
37/45

第37話 .Lila 3

.Lila 3


 もう何度も通っている道。電柱、電灯、田んぼ。最初は味気ないと感じていた風景も、煩いよりはずっとましなのかもしれないと思い始めていた。薄暗い道を歩く。楓は最初、迎えなんていらないと言っていたが、実はこうしてわたしが迎えに来ることを喜んでいる。それになんだか、わたしは彼のことが心配なのだ。わたしには翼があるから、なにかあったら楓と飛んで逃げればいい。いつしか楓は文句を言わなくなり、こうして二人で帰宅するのが日課になっていた。


 花畑を通りかかった時、ふと、気の遠くなるような道の先を見つめた楓が、そのまま無感情に口を開いた。


「……あのさ」

「ん?」

「リーラ、お前は帰りたくならないのか」


 風が止む。


 ここに来て、そんなのを聞かれたのは初めてだった。リーラと呼んだのも、初めてかもしれない。いつもは彼がわたしに名付けた「りり」という名で呼んでくる。本当に唐突な楓の態度に、雷を受けたかのように心臓が強く脈を打ち始めるのを感じた。いやな予感を覚えたときの感覚。わたしは思わず立ち止まった。


「……なに。帰ってほしいの?」


 そんな意味はないと分かってはいながらも、語気を強めて言う。繋がっている手をぐっと手前に引いて、歩き続けようとする楓を引き止めた。彼は居心地が悪そうにした。三年前に出会った花畑に沿う道で、二人は立ち尽くしている。


「そんなわけない。そんなことを言いたかったんじゃない」


 楓がこちらを向く。


「俺は、俺にはこうして毎日帰る家がある。お前も、いまはうちに帰っているけど、本当の家じゃないだろ? 俺はずっとお前といるけど、実はなんにも知ってないし、聞かされてない。余計なお世話だと思われるかもしれないが、両親は? 友人は? 聖域に、リーラを待っている人はいないのか? うちの家族もきっとお前の帰りを待ってる。けど、ずっとここにいて、本当に大丈夫なのか。心配になるんだ。……ここにお前と来る度、そう思う」


 彼は花畑を睨む。わたしもつられてそちらを見た。陽がないから、花々の様子はきちんと伺えない。けれど吹いてきた風に対して為す術もなく、傾いているのは見えた。わたしは、楓がそんなことを考えていたということに、唖然とした。楓はいつになく真剣に、いつになく真面目に、わたしに向って本音を言ってきた。


 楓から投げつけられた言葉は、わたし自身、心の片隅に引っかかっていたことだった。わたしにも両親がいる。友人がいる。彼らはきっと、わたしのことをひどく心配しているだろう。当たり前だ、書き置きだけして、飛び出してきたのだから。だから帰らなければならない、顔を見せなければならない、当然のことだと、そう思う。でも普段はそれを、自分自身に対してひた隠しにして、考えないようにしてきた。誰もなにも言わず受け入れてくれるから。楓もまた、なにも言わないのだと思っていた。


「……お母さんも、お父さんも、みんな待ってると思うよ。わたしのこと。忘れていなかったら」


 歩みを止めたわたしが、自分勝手に歩き出す。付いてくる楓の手のひらから伝わる体温が、暖かいのか冷たいのか分からない。


「でもね、わたしは、楓とまだ一緒にいたいよ」


 不安を感じさせるその手を、ぎゅっと握りしめる。楓は立ち止まって、困ったような顔をした。その表情と、その戸惑うような瞳に、わたしの心臓はぐっと締め付けられるような痛みを感じて、絞り出すような声で、まるで縋るように、


「楓はわたしに、帰ってほしいの?」


 と、また聞いた。


 知らず知らずのうちに俯いていたら、楓が屈んで、わたしの顔を覗き込んだ。


「そんなわけないだろ。一緒にいてほしい」


 そう告げる楓の表情は真剣なもので、さっきの掴み所のない表情はどこかへと消えていた。その顔に、整った綺麗な顔に、わたしを見つめる曇りのない黒い瞳から放たれる視線に、わたしは息を呑んだ。これまで楓がこんな風に、わたしに真剣な様子を見せてくれることはなかったから、わたしは言葉を発せなくなった。


 また二人で歩き始めると、そこから家までにはなんの会話もなかった。けれど、二人はいまお互いのことを考えていて、握った手からそれが流れ込んでくるような気がする。


 恋というのは果てしなく面倒で、信じられないほど厄介で、驚くほどわがままなものだ。ころころと、まるで一瞬で過ぎ去る季節のように表情を変えて、心を良い方にも、悪い方にも転がしてしまう。


 わたしは、けれど、それが好きだった。



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