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作者: 蒼もも

※2019.01.19⇒表現の誤りを訂正

※2019.01.17⇒後書き追加

※2019.01.17⇒初投稿

だから空は嫌いだった。


なんだか憎たらしいほどにどこまでも青く晴れたお昼過ぎ、改めて溜息をついている僕がいた。


「ご注文を承ります」

「……コーヒー、おかわりください。アイスで」


今日はいつもより少し早く目覚めてしまった。二度寝をし、三度寝をし、無駄な時間を過ごすことに何となく飽きてきた頃、何気なく起き出し、身支度をして外に出る。身支度といっても大したことはない。いつもの財布といつものスマートフォンを慣れた手つきで小さな肩掛け鞄に突っ込む。


「今日も暑いな」


歩くと汗が滲むのは仕方ない。とはいえ、起きてすぐつけたテレビが言うには33度。全国的に快晴だと言っていた。さすがに暑い。僕の住んでいるここは雨も降らないだろうとキャスターが言っていた。良いお出かけ日和だと、洗濯日和だと、良かったですね等と言っていた。僕も、煩わしい傘を持たなくていいのはラッキーだな、と思った。


特別な約束だとか小洒落た予定だとか、今日もそういった類は特にあるわけではない。いつものように足の動きに身を任せていると、10分後にはいつものドアを開けていた。


カランカラン。

いつもの喫茶店。仕事が休みのときはよく来ている。特段コーヒーが好きだとか、凄くサービスが良いだとか、そういう訳ではないのだが、僕はよくこのお店にいる。1日気が済むまで過ごし、なんとなく家へ帰る。今日も多分そうだろう。


「はぁ……」


溜息、コーヒー、ブラック。流れるように唱えていた。もはやこの流れまでが全て、習慣を通り越して習性みたいなものだ。予定がなければいつの間にかここに居て、いつの間にか黒い液体を啜っている。


習性。さっきさらっと脳を通り過ぎていった言葉が、ふとひっかかる。なんだか動物みたいだな、と思うと、ふふっと間抜けな音が口からこぼれてしまったような気がした。


今日も客はそんなに多くない。つまり座席は選び放題のようなものだ。とはいっても、いつも気づけば同じ場所に座っているのだけれども。

代わり映えのない時間がまた過ぎていくと思っていた。


普通に過ごす毎日は別に不幸ではない、と僕は思う。しかし、なんとなくぼーっと過ごす毎日に自分から身を任せているのにも関わらず、それでもなんとなく過ごすことにもやもやとしたものを覚えている。矛盾しているようなこの感覚が、ぼーっと過ごしている毎日の中だと、度々とやるせなく襲ってくる気がしてくるのだ。そうしてそのうち茹だる夏の暑さと怠さが、考える気力さえも吸い取りどこかへ放り出してしまう。

梅雨もあけてこうも暑く晴れた空が続くと、人間はこう、謎なネガティブにもなってしまうものだろう。空の広さと青さに、僕はどこかに吸い込まれて消えてしまうんじゃないかと。そんな感じでたまに考えては、再びぼーっとしている。そりゃあ人によって多少違うのだろうが、きっと大体は繰り返し繰り返し。そんな感じで人生は出来ているし、そうやってお空は回っているんだろうな。


いつもの僕の席は入口から陰になっている。入ってすぐ角を曲がって席につく。今日もそのはずだった。


見慣れぬ光景。そこに白いワンピースが僕の視界を占拠していた。ちょっと束ねた長めの黒髪が、少し入ってくる風にふんわりなびいている。そこまで認めた次の時にはもう目が合っていたことに気づいた。


「わわっ」


いやいやいや、初対面の方に向かって第一声がわわっとはなんだ。慌てて取り繕った僕のこんにちは。言葉にもなっていなかった。自分はこんな挨拶すらまともにできなかったのか。

ワンピースの女性は僕に気づいた時少し驚いていたようだったが、すぐににこっとしていたと思う。目線を落としていた彼女はおそらく本を読んでいたはずだ。情けなさとそれ以上の気恥ずかしさを憶えた瞬間、もう僕はその場から逃げてしまっていた。


「はぁ……」


意図的に選んだわけでもなく、気づいたらいつもと違う光景が広がる場所で僕はメニューを広げていた。

いつもの喫茶店には変わらない。僕はまだそわそわしていた。何かにしがみつくような気持ちで、思いついたようにベルを鳴らした。


「ん」


しばらくして運ばれてきたいつものコーヒーにさっさと口をつけた。多分、いつもの味。違うのは今の僕の状態と、僕がコーヒーを飲んでいるこの場所。


何気なく周りを見渡してみる。こんなに通っていた喫茶店なのに、やはりそこは知らない景色だった。不思議だ。そもそも、意識的に店内を見渡したのはこれが初めてのような気さえしている。さっきの気恥ずかしさはすっかり忘れていたほど、夢中になって目線をあちらこちらへ飛ばしていた。

いつもの場所よりももっと奥、せいぜい御手洗に行くときくらいしか見えなかった場所。元々席を選んでいたわけではないけれど、なんだか変な感じだなぁと思ったら逆にちょっと落ち着いていた。

4人がけであろう席に、僕が1人ちょこんと座っている。いつもならちょっと広すぎるなと感じるこのスペースに、なんだか居心地の良さを憶えた。謎の違和感がなぜだか今日は僕の表情を緩めていた。


ふわっ。風が流れるのを感じた僕は、壁側の方に目をやる。優しいタッチで描かれた桜の絵が額に入っていた。その側に、あまり大きくない窓があった。ふぅん。いつもの席なら見えなかったなぁと、よくわからない感傷めいたことを思いながら眺め、1口コーヒーをすする。

とめどなく陽の光が入ってくる。嫌な感じではない、少量だが確かに優しい光だった。今日もやっぱり青く晴れている。僕はそのまましばらく窓の外を見つめていた。

ふと気づいたら目の前のカップは空だった。


「……結構時間、経ってたんだな」


そういえばこんなに窓の外を見つめて過ごしているなんて、いつぶりだっただろう。元々ぼーっと過ごすことが多い僕も、さすがになんだか可笑しかった。あぁ、コーヒー、注文しよう。


と、何気なく視線を移すと、いつもの席らしき方角に黒髪の女性が見えた。正確には頭しか見えなかったのだが、多分まだ本を読んでいるのだろうと思った。ほとんど動きのない頭に、僕の後方あたりの窓から入ってくる風に優しくなびく黒髪。僕は目を奪われていた。


「……っと、コーヒーコーヒー」


我に返り、慌ててベルを押していつものを頼む。なんとなく黒髪のほうからは目を逸らしておきたかった。

窓から見えるさっきの空。なんだか恥ずかしいほど青く澄んでいた。横にある桜の絵に目をやる。誰が描いたのかとかよく分からないけど、その桃色が「綺麗だな」と思った。芸術方面に明るくない僕にとっては絞り出してもその程度の感想しか出ない。なんだか今日はそれでもよかった。自然に口から出たことに気づいたとき、なんだかやっぱり可笑しかった。


「お待たせいたしました」


声をかけられるまで店員に気づかなかった。びくっと驚いた自分が恥ずかしくて、なんだかちょっと面白い。


「ごゆっくりどうぞ」

「はい……あ、待ってください」


「ミルク、砂糖、1つずつ、ください」

「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」


あまり言いなれない言葉を唱える自分はちょっとくすぐったい。なんだかそんな気分だった。


ちょうど、いつもの席から女性がゆっくりと立ち上がった。ふわっとワンピースの眩しい白がなびく。こちらの席の方から見えたその黒い髪は、よく見ると陽の光で少し緑がかっていた。

「綺麗だな」と。思わず口から出た驚きと、相も変わらずこの程度の感想力に自分でも一瞬ちょっと苦笑いしたが、今はなんだかそれでもよかった。いつもより変な自分の様子に気づきながらも、変な心地良さみたいなものすら感じている。

僕の囁きは聞こえていないだろうと思っていたが、ふと黒髪ワンピの女性はこちら側へ振り返ったような気がした。なんだか恥ずかしくなった僕は妙に慌てて机に向き直り、コーヒーにミルクと砂糖を注いでそのままばたばたと掻き回していた。僕自身にもわかるくらい、その時赤くなっていくのがはっきり分かった。

コーヒーを口に運ぶ。白さと甘さがなんだか変に面白かった。


ふと窓の方を見る。まだやっぱり青く晴れていた。しかしあれから時間が経っていたんだろう、もうあまり暑く感じない。いつもよりだいぶ優しい苦みのコーヒーを飲みながらしばらく眺めていた。たまに意識に映る額の中の季節外れの桃色が、やっと面白かった。ここの景色も、なんか悪くないな。


カランカラン。

聞き慣れた鈴を鳴らし、喫茶店を出て歩き出した。

快晴だ。やっぱり空は嫌いだな、と思った。

ちょっと涼しくなったのに、まだいつも通り澄ましている空が、やっぱり憎い。変に悩んだり、抗ったり、力尽きたり、そんな自分がちっぽけに吸い込まれていってしまいそうだ。でも今はそんなに気分は悪くなかった。


ぐぅ。考え事の内容とは悲しいほど対照的な音に、つい立ち止まる。よく考えたらコーヒーだけで結構長く過ごしてたもんな。これ以上お腹から間抜けな音が鳴るのは、誰かに聞かれてなくても恥ずかしいな。


「…ご飯何作ろ」


そういえば。昨日冷蔵庫を見たときに、卵が切れていたことを思い出した。あと牛乳も無かったはずだ。まだ暗くなる時間にはだいぶ早い。ついでに書店にも寄れそうだ。ちょっと前まで読んでた漫画、続きはとっくに出てたはず。


「寄ってくか」


再び歩き出す。商店街へ向かう道。だいぶ家からは回り道だが不思議と今日は面倒くさくない。足取りはまだ軽かった。

いつもと違う道から見るこの景色は、やっぱり気持ちのいいくらいに、青い。

あとがき


あおももです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


日常の中で上手く言葉にできない悩みや憂鬱を描きたくて、物書きを始めてみました。

初の小説執筆は2019年1月16日。

ゼロからスタートし、初めて書いた作品です。

不勉強のため何もかも稚拙ですが、第一歩だと思ってがんばります。


よろしくお願いします。



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― 新着の感想 ―
[良い点] >溜息、コーヒー、ブラック。流れるように唱えていた。  この部分の、一文目と二文目の繋げ方が、私の書き方とそっくりで何だか嬉しかったです。 [気になる点] 主人公が女性と目が合って驚かれた…
2019/01/19 03:14 退会済み
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