凡人ですが何か
何事も普通が一番。
よくある言葉だがこれが俺の持論だ。
突出した力を持てば面倒ごとに巻き込まれるだけ。
平々凡々な生活を送るのが人間にとって一番の幸せな事なのだ。
……まあこれは何ら特別な才能も持たない俺の言い訳に過ぎないのだが。
◇◇◇◇◇◇
俺の名前は瀬堂零士。
中小企業に務めるごく普通のサラリーマンだ。
歳は今年で二十四になる。
容姿は至って普通。
道行く女性にキモイと言われない程度ではあるとは自負している。
普通に彼女がいた事だってある。
まあ今はフリーだけどな。
学生時代の成績も平凡そのもの。
これといって得意な科目は無いが、かと言って苦手な科目があるわけでもない。
クラスで特別目立つ事も無かったが、地味過ぎるという訳でもない。
学園物のドラマだったら配役は生徒C辺りだろうか。
だがそんなしがない一市民の俺に突如転機が訪れる。
まあ転機とは言っても自分がこの先どうなるかはもうわかっているのだが。
「……平凡だったが悪くない人生だった」
俺は頭上から降ってきた鉄骨の下敷きになりながら誰に聞こえるでもない小さな声でそう呟いた。
周りに集まったギャラリーの反応を見れば俺が今どんな酷い状態であるかもわかる。
流れ出る血の量を横目に見れば、俺の命が後僅かだという事も。
「……出勤前にガスの元栓閉めたっけな」
徐々に遠くなる意識の中、視界に広がる青空を見つめながら俺は自宅の火の元の心配をした。
◇◇◇◇◇◇
「……おき……い」
遠くの方から声が聞こえる。
あれから俺はどうなったんだろう。
もしかして助かったのか?
「……おきなさい」
声が頭の中で少しずつ鮮明になっていく。
「……ん」
俺は意識を取り戻すとはっと我に返り、上体を起こして周囲を確認する。
するとそこには一面真っ白の何も無い空間が広がっている。
だが先程の声の主の姿はどこにも無かった。
「ようやく起きたわね、地球の民」
突如頭上から声がした。
見上げるとそこには白いローブに身を包んだ女性がふよふよと宙に浮いていた。
金髪碧眼で年齢は二十代から三十代といったところだろうか。
ハリウッド映画に出てきそうな物凄い美人だ。
「うわ、びっくりした!」
「あら、随分と失礼な反応ね。こんな美人を前にして」
「いやいや、人が宙に浮いてたら驚くだろう普通!」
「ふふ、私は人じゃないわ。聞いて驚きなさい。私は神様なの」
「へ、神様?」
その女性は自分を神様だと名乗った。
俺が無神論者だというのもあるのかもしれないが、突然神様だなんて言われてもピンとこなかった。
だがあながち嘘というわけでもないのかもしれない。
もしこの女性の言う事が本当であれば、俺はあの時鉄パイプの下敷きになって死んでしまったのだろう。
生前の記憶を持ちながら、尚且つ神様と対峙しているこの状況……あれ、これってもしかして……。
俺は目の前の女性を注視しながら嫌な予感を感じた。
「……あの、それでその神様が俺に何の用で?」
「あら、随分と物分かりがいいのね。じゃあ単刀直入に言うわ。貴方にはこれから地球とは違う世界に転生してもらうわ。そしてその世界に降りかかる災いを「お断りします」払ってもらい……え?」
俺の嫌な予感は見事に的中した。
――異世界転生
神様から所謂チートと呼ばれる能力を授かり、異世界の危機を救うという今流行りの小説によくある展開だ。
俺は生前こういった小説をいくつか読んだ事がある。
作品によって差はあるが、どの物語の主人公もチート能力を手に入れたが故に多くの面倒事に巻き込まれている。
読む分には面白かったがもし自分がそうなりたいかと聞かれれば答えは「NO」だ。
もし俺が異世界に転生するのであれば、只の凡人として生まれ変わり、普通の生活を送り普通に天命を全うしたい。
世界最強?常に死と隣り合わせの人生なんて真っ平御免だ。
「ま、まだ話は終わってないわ。貴方には……」
「何か凄い能力をくれるんですよね?そんなものは必要ありません」
神様(仮)は自分が言わんとした事を先に言われ動揺を隠しきれていない。
「な、何故私の言おうとしてた事がわかったの?」
「その能力のせいで色々と面倒事に巻き込まれるんですよね?」
「うぐッ……。で、でも力さえあれば金も女も権力も全て自由に出来る世界よ?」
神様(仮)は目を白黒させながら必死に俺を懐柔させようとしている。
というか権力も女も自由に出来るだなんて到底神様の台詞とは思えないわな。
神様ってもっとこう威厳のある感じだと思ったんだが。
ああ、でも俺が読んだ小説に出てくる神様もこんな感じの人が多かった気がするわ……。
「必要ありません。普通にしてください。全部普通で」
「……はぁ~。わかったわよ。もういいわ」
「わかってもらえたなら結構です」
神様(仮)はがっくりと肩を落とし、それと同時に俺に対する興味を一気に失ったようだ。
「でもあなたが異世界に行くのは決定事項よ。それは変えられないわ」
「左様で御座いますか」
「貴方の望みは叶えてあげるからさっさと行きなさい」
「はい、そうさせてもらいます」
すると次の瞬間、神様(仮)は俺に右手を向けて何か呪文のような言葉を発した。
神様が言葉を紡ぎ終えると、俺の身体が一瞬ぽうと光った。
「……はぁ~。また適当に探さないと」
あ、こいつ今適当にって言ったな。
適当に選ばれた上に世界のピンチを救えとか、それを受け入れた転生者の事が今から気の毒で仕方ないよ。
未来の英雄の行く末を案じていると、俺の意識は再びブラックアウトした。