8話 小谷落つ
小谷城に着いた時、すでに城は織田軍に完全に包囲されていた。
城下町はほとんどの住人が退去しており、城も麓の砦なんかは織田に占領されており、落城は時間の問題だった。
「長政様‼︎ 遅くなってしまい申し訳ありません。紅月隊、帰還しました‼︎」
「いきなり呼び戻してしまってすまなかったな。だが、麓の包囲をどうやって突破したんだ⁉︎」
「昨夜の遅くに小谷の城下町に着きまして、夜闇に紛れつつ巡回の敵兵を倒しながら参りました」
あちこちでうろついてたから、ささっと気付かれないうちに倒したよ。
「…それがどれほど難しいか分かって言ってるのか、恵?」
「…そうなのですか?」
「まぁ良い、無事戻って来てくれただけでも充分だ」
うーん、何かまずかったのかな…?
とりあえず、急いで大変そうな所に救援に行かなきゃ‼︎
「それで、長政様。戦況はどうなっているのですか?」
「現在、一番城下町に近い出丸が落とされて二週間が経ったところだ。兵糧の備蓄はあと3年分はあるが、この調子だとおそらく尽きる前に落城するだろうな」
「それじゃあダメじゃないですか‼︎」
「いや、これもきっと定めだったのだろう。織田と我らの戦力差は歴然だった。そして、義兄上は僕の予想以上に強かった」
「そんなに弱気にならないで下さい‼︎ 私達は…」
「そう、私達は貴方の為に戦ってきた。だがそうして守ってきた方がそのような状態では、私は何の為にここに居ると言うのだ」
「暦…」
「そもそも私達をここに…」
「暦、もう止めてくれ。確かに僕は弱気になっているだろうな。だが、相手は3万。こちらは5,000だ。だがそれも、”無理に戦わなくてもいい、これからは各々(おのおの)が決めるように”と指示したので、今ではおそらく半分以下に減っているはずだ」
そりゃまた、よく決断できましたね長政様?
でも……。
「お市様は、今どちらに?」
「この大丸の奥の間に、娘達といるよ」
「…まだ、浅井の城に居るのですね…」
「あぁ、そこでだ。そなた達に、最期の任務を与える。お市と娘達を、今小谷城を囲んでいる秀吉殿のもとまで送ってほしい」
最期…?それってまさか…‼︎
「長政様、死ぬ気なのですか⁉︎」
「いや、そなた達にあれだけいわれてみすみす死ぬ訳にはいかないさ。大丈夫だ、僕は死なないよ。ただ、これからはそなた達も自由に生きてほしいのだ」
「それならば、私は最後の時まで共にいます。
暦、夢、篠、貴女達はお市様を織田まで送り届けて。その後は貴女達の自由に…」
「恵様。我ら一同、これまでも、そしてこれからも」
「いつまでも、貴女の家臣であり続けますわ」
「それに、家臣なだけじゃないよ。あたし達は家族でいたい。貴女の家族でありたいの‼︎」
みんな、ありがとう…‼︎
その夜、暦達は予定通りお市様達を送る為、小谷城を出ようとしていた。
「長政様…」
「お市、今までありがとう。娘達をよろしく頼む。それと…」
「えぇ、秀吉には感謝しています。彼が私達の助命を兄にしてくれたそうですね」
「そうだ。彼宛に手紙を書いてある。すまないが、秀吉殿に渡してくれ」
「父上、父上はどうするのですか⁉︎」
「僕もそなた達が出立した後、小谷をでるよ。また会う時まで、母上(お市)の言うことをしっかり聞いて、良い子にしているんだぞ?」
「父上…」
「茶々(ちゃちゃ)。そなたは一番上のお姉さんだ。初や江はまだ小さい。面倒を見て、母の手伝いをしてやってくれ」
「分かり…ました…‼︎」
「初。そなたには姉も妹もいる。もしも2人が喧嘩になったりすれば、2人の仲介をしてくれ」
「ぐすん、父上…また絶対に、会いに来て下さいよ⁉︎」
「あぁ、もちろんだ。そして江。君には2人も姉がいる。何かあれば2人を頼りなさい。そして、もしも2人が困っていれば助けるんだぞ?」
「うあぁーー、父上ぇぇぇ‼︎」
「ほらほら、そんなに泣くんじゃないよ。可愛い顔が台無しじゃないか。そなたには笑っていてほしいのだ」
「長政様、そろそろ…」
「分かった、暦。最後だが、お市」
「はい…長政様」
「そなたとの日々は僕の宝だ。ありがとう。心から感謝している」
「そういうことをおっしゃらないで。また、会いに来て下さるのでしょう?」
「長政様、先に姫君達を出立させます」
「…気遣いありがとう、暦。…お市、すまない」
「分かっています。ですから、どうかそのような悲しげな顔をなさらないで。あとの事は任せて下さい。またいずれ会いましょう」
「あぁ、また会う日まで」
そういうと、先に織田の陣に向かった姫君達を追って、お市様は小谷城をあとにした。
「長政様、貴方は私がお守りします…」
「ありがとう、恵。思えばそなたとは、お市よりも長く日々を共に過ごしたな。これまでの働き、心から感謝している」
「まだ早いですよ、長政様?まだ私達は生きています」
「…そうだな」
さてと、お市様達はもうここから安全な場所に去った。
ここからは、私達の出番だね。
暦達が織田陣から戻って来てから、私達は城内の要所を巡回していった。
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それから数日が経った夜だった。
「恵様。大丸と長政様の父上が立て篭っている小丸を結ぶ京極丸が秀吉殿に占拠されました」
「…やっぱりそうなるよね。さすが秀吉さん。こっちの痛いところを見事に突いてくるなぁ」
そう、京極丸が落ちれば、長政様と彼の父上殿は分断される。互いの状況も分からずに、個別に敵と当たらなきゃいけなくなった。
とりあえず、まずは長政様に報告ね。
「長政様、京極丸が秀吉殿に占拠されました。父上、久政様の安否は不明です」
「ついに来たか。そなた達は、少し前線の様子を見て来てくれ」
「長政様、ここももしかしたら敵に狙われているかもしれません。天守に一旦逃げましょう」
「そうだな、見張りはそなた達に頼む」
「はい…かしこまりました」
長政様が天守に入って、数刻が経った時だった。
突然天守に火が上がった。
「長政様⁉︎ ご無事ですか?」
そう言い、飛び込んだ私が見たのは。
私宛に、手紙を1通だけ遺して、自害した彼だった。
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〜恵へ
きっとそなたがこの手紙を見つけた時には、僕はおそらく果てていることだろう。
だが、それでもそなた達には生きていてほしかった。
僕が死んでも、きっとそなた達は大丈夫だろうと、今なら心からそう思える。
ところで1つだけ、そなたに謝らねばならない事がある。
暦達のことだ。
彼女らをそなたの家来にしたのは、ただ試験に合格しただけではない。
少し特殊な事情があってな。
訳あってそなたの部下に採用した。
公平でない試験だった事は詫びる。
そして実はそなたにも、そなた自身が知らない秘密があるのだが…。
これは、僕の言っていい事ではないか。
ただ1つだけ言えるのは、彼女らは何があっても、そなたの味方でいようとするだろう。
そして、もしも彼女らが敵となった時は、必ず深い理由があると思う。
その時は、たとえ敵味方だろうと、手を伸ばしてあげてくれ。
浅井長政〜
まだまだ続きますよ( ´ ▽ ` )ノ