18話 賤ヶ岳 前編
大変お待たせしました。
私が長島を攻略して近江に戻った頃には、秀吉殿は長浜城をすでに取り返していた。
そして、畿内の諸勢力も味方につけており、残る不安要素は、四国の長宗我部氏と、紀伊の雑賀衆、あとは東海の徳川などが、柴田殿の味方になり得る勢力と言えそう。
ただ、家康さんはまだ関東にかかりっきりで、
こちらにまで手が回りそうにないようだから、
今はまだそこまで気にしなくてもよさそうかな。
ちなみに中国地方の毛利勢は、しばらく私達の動きを傍観するみたい。
攻めてくる可能性はかなり低いって官兵衛さんも言ってたから、中立といったところかな。
となると、今一番差し迫ってる敵対勢力は柴田殿だろうけど…。
「恵様。美濃にて、またもや織田信孝殿が挙兵しました。現在、稲葉一鉄殿が応戦していますが、さらに北ノ庄から柴田軍本隊も出陣したそうです」
夢がそう報告してきた。
ほらね、そう簡単にはいかないみたい。
長島の攻略は一旦落ち着いたけど、私と入れ替わりで羽柴軍本隊の一部が監視してる。
そして、北近江では柴田軍と、美濃では織田信孝殿の軍勢に対応しなきゃいけない。
さすがに、今の羽柴軍に三方面同時展開はキツイんだけどね。
なんせ兵力的に、まだそこまで余裕がある訳じゃないし、敵は織田家最古参の重鎮だもの。
そんな中、秀吉殿が私達の元にやってきた。
「恵さん、ワシらは、一度美濃に向かうわ。おそらくその隙を突いて、柴田殿はワシらが賤ヶ岳や北近江に築いた砦を攻略して来ると思う。やから、少し危険な任務かもしれんのやけど…」
「私達で、それぞれの砦を守る武将達の援護をすればいいんですね?」
「おう、そういう訳や。すまんが引き受けてくれんか?」
私はちょうど一緒にいた夢をチラッと見て、彼女が首肯するのを確認してから答えた。
「ええ、任せて下さい」
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それからしばらくした頃、柴田陣中では勝家の甥である佐久間盛政が勝家に意見具申していた。
「叔父貴、秀吉は美濃の大垣に向かった様です。今なら、羽柴側の大岩山砦、賤ヶ岳砦を落とす絶好の機会かと‼︎」
「盛政、そうは言うがあのサルは毛利討伐の時も、わずかな日数で備中から畿内まで戻ってきた。もし今回も報せが届いてすぐに戻ってきたなら、ともすればお前は敵陣に孤立するぞ?」
「たとえそうだとしても、今を置いて期は無いと思います‼︎ どうか行かせて頂きたい‼︎」
なおも食い下がる盛政に、勝家は許可を出すしかないようだった。
「仕方ない。出陣を許すが、砦を落としたらすぐに戻ってくるように。深追いはするなよ?」
「はっ、必ず戦果を挙げて来ます‼︎」
そう答えて、盛政は出撃した。
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その頃。
恵は暦達とどうやって砦を守るか相談していた。
「さて、恵様。秀吉殿に砦の守備を任された訳ですが、守るとすればどの砦でしょうか?」
そう夢が問い掛けてきた。
そこなんだよねー。
羽柴側の砦だけでもかなりの数があるから、どこを攻めてくるかで、こちらも配置を変えていく必要がある。候補としては、桑山殿が守る賤ヶ岳砦や、高山右近殿のいる岩崎山かな。
「とりあえず、賤ヶ岳砦に行こう。あそこなら高台になってるから、ある程度は他の場所を見渡せるはず」
「了解しました、恵様」
「そんじゃあ、あたしはいつも通り索敵して来るね‼︎」
「ありがとう、篠」
そうして、賤ヶ岳砦に向かっていた途中。
篠が戻ってきて報告した。
「恵様っ‼︎ 官兵衛軍師や中川清秀さんがいる大岩山砦が敵に攻撃されてる‼︎」
「あそこは官兵衛さんが守ってて、他よりも攻めにくいはずだよ⁉︎なんでまたそこから攻めようとしたんだろ…」
「恵様。賤ヶ岳砦には我が行きます。恵様は夢と大岩山砦に」
「それもそうね。暦、賤ヶ岳砦は任せるよ。夢は私についてきて。篠は暦の補佐をお願い」
「あいさ〜、任せてっ恵様‼︎」
「畏まりました。では参りましょう」
私達が大岩山砦に着いた時、既に砦は陥落寸前だった。
中川殿は、敵に猛攻を受けて討死。
官兵衛さんも苦戦してるみたい。
私は砦に攻撃してる敵兵を背後から急襲して、敵を片っ端から斬り捨てていった。
「…貴殿は紅月殿か。…援軍感謝するが、まだ敵が止まん。…しばらく手を貸してくれ」
合流した私に、官兵衛さんがそう声をかけてきた。
「もちろん。そのつもりで来たからね‼︎」
そう答えつつ、襲い掛かってきた敵兵を袈裟斬りにして、その兵士の背後に隠れつつ斬りかかって来る者を返した刀で逆風で倒した。
そのまま勢いに乗って、敵の集団に飛び込むと、周囲の敵に夢の放った矢が次々と突き刺さり、狙い違わず敵を倒していく。
そうして出来た空白地帯から、こちらに迫って来る兵士の胸を突き、背後から回り込んで斬りかかってくる者を受け流して、体勢を崩したところを斬り捨てる。
やがて、敵将らしい人を見つけた私は、その大男に斬りかかりながら問うた。
「貴方が指示してるのね?私は紅月恵、覚悟なさい‼︎」
「お前が紅月恵か‼︎ 信長公存命の頃から噂は何度も聞いてたが…。俺は佐久間盛政、叔父貴の為に、この砦は頂くぞ‼︎」
そう叫ぶと、彼は大太刀を抜いて応戦し、さらに私を押し込んで弾き飛ばした。
こいつ、めちゃくちゃ強い⁉︎
「まだまだ‼︎ 覚悟しろと言っていたが、お前の方こそ覚悟せよ‼︎」
そう言いつつ、その長大な太刀を軽々と振り回しながら、彼は私の刀を抑えてくる。
私の得意な至近での立ち回りを封じ込めるように、まるで1つの嵐か竜巻のような太刀筋が襲い掛かってくる。
なんて力と速度なの⁉︎
そうこうしてる内に、彼はさらに剣戟を鋭くして襲い掛かってくる。
それらをなんとか凌ぎつつ時間を稼いでいると、しばらくして夢が私に合流した。
「恵様‼︎ 大丈夫ですか⁉︎」
「大丈夫。援護は任せるね‼︎」
「分かりました‼︎」
彼の太刀を避けつつそう言うと、夢の援護射撃が始まった。
すると、盛政が太刀を振り回しながら文句を言い始めた。
「ちょっと待てっ‼︎ 1人に対して2人がかりとか、お前らそりゃ反則だろ‼︎ 」
そう叫んでるけど、そもそも戦場で正々堂々と一騎討ちする事の方が少ないと思う。
私は彼をささっとやっつけて、他の砦も見に行かないといけないから、あまり構ってられないんだよ。
「くそっ、仕方ない。もういいだろ、撤退するぞ‼︎」
彼はそう叫んで、兵士を集めるとあっと言う間に砦から去っていった。
「…紅月殿、救援感謝する。ただ…」
「ええ、彼らが向かった先は岩崎山。高山右近殿が危険ですので、私達はあちらに行ってきます」
「…うむ、よろしく頼む」
こうして私達は佐久間盛政を追って、岩崎山に向かったのだった。
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その頃賤ヶ岳砦では、桑山重晴殿が、柴田側から届いた降伏状に頭を抱えていた。
「桑山殿、恵様の命により救援に参りました。神薙暦と夕凪篠です」
「おぉ、助けに来てくれたのか‼︎ 感謝する‼︎ じゃが、少し悩んでいたところでの…」
そう言うと、彼は暦に降伏状を見せて意見を求めた。
「降伏状、ですか…。日没まで攻撃を待ってもらい、その隙に砦から兵士を撤退させていくのは?」
「ここから撤退せよ、と⁉︎」
「確かにある意味そうですが、切り札がありますので大丈夫かと」
「切り札?」
「ええ、まず1枚目の切り札は、今琵琶湖を坂本からこちらに向かって、丹羽長秀殿が来ており、上陸出来た場合、うまくいけば、この砦から撤退する兵達に合流できます。仮に丹羽殿が合流出来なくてももう1つの切り札があります。それは、恵様達がこの砦にもう少しすれば合流できるかもしれない事。おそらく篠に報せを伝えてもらえれば、恵様ならこちらに来てくださいますからね」
「…なるほどな、ならばその賭けに乗るとするか。全軍に一度砦から撤退するように命じよう」
その日の夕方、予定に従い撤退を開始した桑山旗下の軍に、暦の予想通り丹羽長秀殿の軍が合流。
そのおかげで、賤ヶ岳砦は無事陥落を免れ、反転攻勢に出たのだった。
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恵達の大岩山砦の死守と、暦の作戦が上手くいき賤ヶ岳砦から反撃が始まった事を聞いた秀吉は、この報せを受けてすぐさま軍を引き返し、二刻半程で大垣城から大岩山砦まで戻ってきた。
私も岩崎山を守りきり、次の日の早朝に丁度戻ってきて秀吉殿と合流した。
「恵さん、よう耐えてくれた‼︎ さぁ、反撃開始するで‼︎」
「待ってましたよ、秀吉殿。では私達はまた前線に向かいますね」
「おぅ、やけど無理はせんといてな‼︎」
「もちろんです‼︎」
そう答えて、私は砦から出撃し、昨日まで激戦を繰り広げていた佐久間盛政を追って山中を駆けた。
すると、私達を追って清正がやって来て言った。
「恵さん、俺も一緒に行かせてくれ‼︎」
え、それ本気で言ってるの?
結構無茶な戦い方をするから、清正にはまだ厳しいと思うんだけどな…。
「大丈夫だ、自分の身くらいは自力で守るから。今後の参考にしたいんだ、頼む‼︎」
うーむ、そこまで言うなら断れないか。
「分かったよ。でも、私達はいつも通りやるだけだから、途中でついてこれなくなっても知らないからね」
そう返事すると彼は嬉しそうに笑って、頷いた。
さてと、ちょっとしたお客様が増えたけど、反撃開始といきますか‼︎
少々更新ペースが落ちてます…。
すいませんm(_ _)m