17話 道筋
私達が羽柴軍に来てから、1年程が経った。
私の体調も完全に治ったものの、やっぱり雨や流水は苦手みたい。
理由は分からないけど、気を付けた方がいいかもね…。
そういえば、秀吉殿から頂いた通達書には、私達に与える権限が書かれていた。
内容は…
1.羽柴軍とは別に、紅月恵殿専属の部隊の創設権。
2.戦闘が発生した場合、専属部隊への独自の指揮権。
3.羽柴軍兵士の無償貸与権。
4.羽柴領内での自由交通権。
5.羽柴家の財産の一部の相続権。
6.俸禄は240石。領内で割譲出来る範囲であれば、石高以内で分譲も可能。
といったものだった。
専属部隊の創設というのは、つまり今までと同様に暦、夢、篠を部下として共に行動していいという事だろう。
だが、まさか暦達への指揮権を明記してもらえるなんてね。
長政様に仕えていた頃は、長政様の許可を得てから3人にそれぞれ適任な仕事をしてもらっていたし、光秀殿とはいわば同盟とでも言うべき関係で、彼の部下ではなかったから私が自己判断で指示を出していた。
それが、今回は羽柴軍に所属してはいるものの、実際は独自の指揮権と兵力を持つ特殊部隊のような立ち位置になった。
そして、驚いたのは兵士の無償貸与権。
簡単に言えば、羽柴軍に所属する兵士を、許可さえ貰えれば私の思うように使って良いってこと。
独自の指揮権もあるから、借りている間は、その兵士達も自分の思い通りに使える訳だ。
それ以外にも、なんと羽柴家の財産の一部には、私達にも相続権があるらしい。
もっと掘り下げて言えば、財産の一部はこちらが好きに使っても良いということ。
その上、さらに俸禄までくれるなんて。
太っ腹過ぎて、これ全部本気なのか聞いてみたら「お前さん達は、今まで大変やったからな。こんくらいの優遇はええやろ」だそうだ。
なんせこれで、私達の身分は保証された。
この恩を返すのは大変そうだなぁ…。
と、そんなことをつらつらと考えていた時。
夢が焦った様子で部屋に入ってきた。
「恵様っ‼︎ 大変です‼︎」
「そんなに慌ててどうしたの?」
「越前の北ノ庄で、柴田勝家が挙兵の準備中だそうです‼︎」
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その頃、秀吉は家臣達を呼び出して、軍議をしていた。
「さっき、越前の方を偵察していた者が、柴田殿の挙兵準備を確認したそうや」
「…やはり来ましたか。…柴田に味方する勢力としては、美濃の織田信孝や、関東で徳川家康やその他諸勢力に惨敗して後の無い滝川一益、あとは信長公ご存命の頃より勝家殿に頭の上がらない前田利家殿でしょうか…」
そう黒田官兵衛が答えると、秀吉はそれに頷いて、今後の対応を検討し始めた。
「越後の上杉景勝殿はワシに協力してくれるようやし、美濃の稲葉一鉄殿もワシらの側についてくれるみたいやな。となると、やっぱり心配なんは利家なんやけど…」
そう話しているところに、清正が口を挟んだ。
「利家殿は勝家殿に多大な恩義があるのでしょう?そう簡単には折れてくれませんよ、叔父上」
「だよなぁ、清正。それに、背後の四国には、長宗我部元親がおるし、中国地方の毛利の動きも見張らんと…」
「…下手すれば北陸、美濃、四国、中国の諸侯から包囲されて、多方面に同時に戦線を張らねばならなくなりますね…」
「そうなると、断然ワシらが不利になるんやけどな」
「それは避けねばなりませんね、叔父上…」
彼らはその後も、夜が更けるまで対策を考え、結局結論は出ないまま、翌朝を迎えたのだった。
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そしてその頃。
北ノ庄では勝家が、1年ほど前に結婚したお市様と秀吉の事で話し合っていた。
「勝家、サルはやはり…?」
「はっ、どうやら予想通り、天下を取るつもりのようです」
「…ふふっ、その口調は、こうして結婚してから1年近く経っても変わらないのですね。…私が浅井から織田に帰った時から、勝家にはずっと世話になってばかりです」
「そんなことはございませぬ。わしもお市様や娘達に恵まれて、これまでの人生で一番今は幸せにございます故」
「そう言って下さるだけでも、私はとても嬉しいです」
そう話しながら、2人はそっと手を繋ぎながら今後のことを話した。
「…勝家」
「はい」
「貴方は、サル…ううん、秀吉を試そうとしているのでしょう?」
「……」
「秀吉が本気で天下を取るつもりなのか。その覚悟が出来ているのか。かつて兄を間近で、幼い頃から見守り続けていた貴方だからこそ。秀吉の覚悟を見たいのでは?」
「…やはり、お市様には敵いませぬ。ですが、わしにもまだ夢があるのですよ。それを追い掛けて、せめて次代の者に伝えたいから。わしは挙兵しようと思っとる次第です。ただ、おそらく戦はとても厳しいものになる。お市様は、娘達と北ノ庄を出た方が良いかと愚考致しまする」
勝家がそう言うと、お市様は少し哀しげな顔をしつつ答えた。
「…娘達には、最悪いつでも出立出来るように、荷をまとめておくように伝えてありますよ」
「…そうでしたか。とりあえず、わしはまた、部隊の状況を確認して参ります」
「…えぇ、頼みます」
やがて勝家が部屋を出ていった後。
「勝家、貴方は…私がただ生きていくためだけに貴方のそばに居るのだと思っているのかしら…」
お市様のその呟いた声は、他に誰もいない部屋で寂しく消えていった。
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本調子になった私は、秀吉殿から長島の滝川一益殿を攻めてほしいと言われ、1万の兵を借りて、長島とその周辺の砦や城を落としていった。
流石は羽柴軍の精鋭達。
何度も死線を潜り抜けてきた彼らはとても強く、かつての浅井軍に所属して、浅井滅亡後に長浜城主になった秀吉殿の軍勢に入ったという者も意外に多くいた。
中には、私達の事を覚えていてくれていた元浅井軍所属だった兵士もいて、また共に戦えることをとても喜んでくれていた。
とはいえ、もう浅井にいた頃から10年も経つ。
おかげで、そういった浅井の頃からの兵達は皆、小隊長だとか、中隊長みたいな感じで、歴戦の古強者といった風体だった。
そして、彼らによって率いられた各小隊は、練度がとても高く、精強だ。
おかげで、敵方の城や砦をかなり圧してるみたい。
ただ、滝川軍も、数年前までは関東で激戦を切り抜けてきた猛者ばかりだから、攻防はとても激しくて、こちらにも若干の被害があった。
とはいえ、結果的に滝川軍の砦はほぼ全滅させて、私は一緒にいた夢と共に羽柴軍本隊に合流した。
そしてちょうどその時に、暦も東国から帰還した。
「恵様。東国では徳川家康殿が着々と領土を拡大中です。すでに遠江を完全に制圧しており、甲斐と信濃南部も事実上支配しています。また、相模の北条氏とも相互不可侵の約定を結んでいるようです」
「長い期間ありがとう、暦」
「それだけではありません。奥州と、越後の様子も見てきました」
あぁ、それでこんなに時間がかかったのね。
「まず越後ですが、5年程前にあった家督争い以降、特に目立った動きはなく、早くから秀吉殿と友好を深めている為、ある程度は信頼して良さそうです。そして奥州ですが、こちらはまだかなり激しい戦闘が続いております。その中でも、現在急速に勢力を拡大しているのが伊達氏です。おそらく、数年以内に奥州のほぼ全域を支配下に入れるかと」
「となると、今後天下を統一できる頃には敵になる可能性もある訳ね」
とは言うものの、実際に戦うことになるまで最低でも数年以上かかるだろうし、今は目の前の敵をなんとかしなきゃね。
滝川軍の次は柴田勝政がいる近江の長浜城を落として、勝家殿の近江への影響力を削いでおこう。
残る敵勢力は、長浜城の柴田勝政、美濃の織田信孝、そして北ノ庄の柴田勝家。
かつての織田領を完全に掌握しないと、他の地域に手を出せないからね。
まずは足元を固めよう。
彼らをまず倒し、そして今後の足掛かりにする。
だから。
「まずは柴田殿を倒さなきゃね」
作中にあった単位のお話。
1石は、1人の成人男性が1年間に食べる平均的な米の消費量です。
なので一般兵士の俸禄は約5〜10石程度だとか。
武将になると家族以外にも部下を養う必要があり、また石高で経済力等も表記する為、最低でも1000石くらいは持ってます。